第13話 苦肉の策
279年10月中旬。
リービッヒ王宮。
「誤報ではないか?」
ガレスが疑わしげな声を上げた。
急遽招集された元老会議の議場では、元老たちが困惑した様子で顔を見合わせていた。
つい先ほど、コクから急使が到着した。
届けられた報告書には、エル=リージェットの署名があった。
だが、その内容はにわかには信じがたいものだった。
「リージェット将軍からの正式な報告です」
報告官が答える。
「だからといって、何でも信じられるものではあるまい!」
イーワンも声を上げた。
議場には、ミュルス大公オーウェン=フランツベルクをはじめ、王女カレリア、ガレス、イーワン、モンド=ドゥットゥカースらが顔を揃えていた。
「その書状を見せてくれ」
モンドが口を開いた。
報告官から書状を受け取ると、エルの署名を確認し、本文へ目を落とす。
そこには、こう記されていた。
『レミーラ軍が西部山岳地帯を越えて、リービッヒ領内へ侵入』
モンドの眉がわずかに動いた。
さらに読み進める。
その下には、侵入経路が記されていた。
トランシル峠。
「トランシル峠だと?」
「本当にレミーラ軍なのか?」
議場のあちこちから疑問の声が上がる。
トランシル峠そのものが、軍勢の通過を想定できる場所ではなかったからだ。
かつてアーネム帝国が健在だった時代、リービッヒから中央山脈を越え、現在のレミーラ帝国領へと至る旧帝国街道が存在していた。
当時は東西を結ぶ物流の大動脈であったという。
しかし、アーネム帝国崩壊後、その道を管理する者はいなくなった。
山肌を削った道は各所で崩落し、橋は落ち、石畳は土砂に埋まった。数百年にわたってまともな補修など行われておらず、旅人が細々と利用するならともかく、数万の軍勢が通過できるような街道ではない。
問題は道だけではなかった。
「ドグラ族はどうした」
一人の元老が言った。
中央山脈には古くから、ドグラ族と呼ばれる山岳民族が暮らしている。
険しい山々を根拠地とし、外部の支配を何よりも嫌う人々だった。
歴代のリービッヒ王も、彼らを無理に服属させようとはしていない。
それはレミーラ帝国も同じだった。
むしろ先帝カール=ハインツは、ドグラ族との無用な衝突を避けるため、正式に相互不可侵の約定まで結んでいる。
「ドグラ族を敵に回して、あの山を越えてきたというのか?」
「考えにくい」
「国境付近への威力偵察ではないか」
「そもそも、リージェット将軍が確認した部隊はどの程度なのだ?」
まだ情報が少なすぎる。
兵数も分からない。
目的も分からない。
レミーラ側からすれば、荒廃した旧帝国街道を通り、ドグラ族との関係まで壊してリービッヒへ侵攻することになる。そこまでの危険を冒して遠征してくるとは、誰も考えていなかった。
誤報。
あるいは少数部隊による偵察。
その見方が、次第に議場の大勢を占め始めた。
オーウェンも腕を組んだまま、しばらく考えていた。
「まず確認だな」
低い声で言う。
「コクへ伝えよ。敵の兵数、編成、進路を可能な限り確認させる。それまでは不用意に動くな」
書記が命令を書き留めようとした、その時だった。
議場の扉が勢いよく開いた。
「急報です!」
全員が振り返った。
息を切らした伝令が、封書を掲げている。
「コク城、エル様より第二報!」
議場が静まり返った。
封を切った書記が文面を確認し、その表情を変えた。
「読み上げよ」
オーウェンが命じる。
「はっ」
書記は一度息を飲んだ。
「敵軍は現在、旧帝国街道を補修しながら進軍中。騎兵、歩兵、輜重隊を確認。正確な兵数はいまだ不明ながら――」
一瞬、声が止まった。
「推定総兵力、四万から五万」
議場がざわめいた。
「五万だと?」
「そんな馬鹿な!」
「本当に侵攻ではないか!」
先ほどまでの空気は消えた。
威力偵察に五万もの兵は必要ない。
まして道を補修しながら進んでいる。
レミーラ軍は一時的に国境を荒らして帰るつもりではない。明確な目的をもって、リービッヒ領内へ入り込もうとしている。
「どうする」
誰かが言った。
「コクを捨てるのか?」
「リブロフまで退いて迎撃を――」
「いけません」
それまで黙っていたモンドが口を開いた。
ざわめきが止まる。
「コクで止めます」
ガレスが眉を寄せた。
「五万だぞ」
「分かっています」
モンドは静かに答えた。
「ですが、コク城なら守れます」
現在、コクにはエルとギルフォードが率いる一万の兵がいる。
リブロフにはモンド直属のコク侯軍五千。そして首都防衛隊一万五千。
「私の五千を先行させます。続いて首都防衛隊一万五千をコクへ入れてください」
「全軍を出すのか」
イーワンが反応した。
「そうです」
「首都防衛隊がいなくなれば、リブロフはどうする」
「城門を閉ざします」
モンドは机上の地図へ手を置いた。
「コクに三万。十分な兵糧と矢、油を運び込めば、五万のレミーラ軍が相手でも持ちこたえられます」
「その間、首都はほとんど丸裸ではないか」
ガレスが鼻で笑った。
「ノースジョウを忘れたのか」
議場の空気が再び変わった。
ガレスは北を指した。
「そこにはパドゥーラ侯がいる」
アムル=ドゥットゥカース。
ノースジョウには、すでに一万のパドゥーラ軍が進駐している。
さらに後続の一万も向かっていた。
「首都防衛隊を抜いたと知れば、どう動く?」
「動きません」
モンドは即答した。
今度はイーワンが笑った。
「なぜそう言い切れる」
「これまで一度も、パドゥーラ側から手を出したことがないからです」
「信用しろと?」
「信用ではありません」
モンドの声は変わらなかった。
「事実です」
ガレスが顔をしかめる。
「事実?」
「ええ。こちらがあの男をどう思っているかは関係ない。パドゥーラ侯が自分からリービッヒへ戦争を仕掛けたことは、一度もありません」
「ノースジョウには軍を入れたではないか!」
「領主からの保護要請を受けての進駐です」
「そんなものは口実だ!」
「そう考えるのは自由です」
モンドは静かに答えた。
「ですが、今までの行動を見れば、パドゥーラ侯が自ら戦争を望んでいないことは明らかです」
「だから首都防衛隊をすべてコクへ出せと?」
「今、五万のレミーラ軍が領内へ入っています」
モンドはガレスを見た。
「来るかもしれない敵のために兵を残し、すでに来ている敵へ国土を明け渡すのですか」
ガレスが黙る。
「コクを抜かれれば、その先は平地です。敵は一気にリブロフへ迫ることができる。止めるなら、今しかありません」
「私はモンド卿に賛成します」
カレリアだった。
ガレスが振り返る。
「姫様」
「パドゥーラ侯が動く可能性を考える必要はあります。しかし、今はレミーラ軍が実際に国境を越えています。まず、そちらへ対処すべきです」
オーウェンも長く目を閉じていたが、やがて決断した。
「モンドの案を採る」
「父上!」
イーワンが立ち上がる。
「コクを失えば、次はリブロフだ」
オーウェンは息子を見た。
「モンドの五千を先行させよ。首都防衛隊一万五千も進発の準備に入れ。必要な兵糧と物資を優先してコクへ送る」
決定だった。
ノースジョウ討伐のために進められていた軍の集結は中止され、レミーラ軍への対応が最優先となった。
それでも、元老たちの表情から不安は消えない。
首都を守る軍のほぼすべてをコクへ出す。
レミーラ軍五万。
北にはパドゥーラ侯。
その二つに挟まれていると考えれば、恐怖を抱くのも無理はなかった。
席を立とうとしたモンドが、その様子を見て足を止めた。
「皆様」
元老たちが顔を上げる。
「心配なのは分かります」
モンドは地図の上にあるコクとリブロフを順に指した。
「ですが、コクを守り、リブロフを固く閉ざしていれば負けません」
「本当にそう言い切れるのか」
一人の元老が尋ねた。
「はい」
モンドは迷わなかった。
「コクは簡単に落ちる城ではありません。三万の兵と十分な物資があれば、五万を相手にしても守り切れます。たとえ敵がコクを迂回しようとしても、補給路を脅かされる危険を冒してまでリブロフへ進むことは容易ではありません」
そして、少しだけ声を強めた。
「ですから、何があってもリブロフを捨てないでください」
議場が静かになる。
「敵が近づいたという報せだけで、慌てて逃げることだけはなさらないように。城門を閉じ、備蓄を管理して待っていてください」
「……」
「私たちがコクで止めます」
それは励ますための虚勢ではなかった。
モンドは、本当にそう判断していた。
コクでレミーラを食い止める。
リブロフは城門を閉ざして耐える。
パドゥーラ侯はこちらから手を出さない限り動かない。
それさえ守れば、リービッヒは負けない。
「必ず止めます」
モンドはそう言い残した。
会議が終わると、軍はすぐに動き始めた。
兵糧、矢、油、医薬品。
コク城へ送り込む物資が集められた。
モンドは自らのコク侯軍五千を率い、ヴァンとともに一足先にリブロフを出発した。
一方、首都防衛隊一万五千も出陣の準備を進めていった。
◇
数日後。
リービッヒ王宮。
カレリアは祖父オーウェンの執務室を訪れていた。
モンドがコクへ向かってから数日。
首都防衛隊一万五千は、すでに進発の準備を終えている。
城外には兵が集まり、軍需物資を積んだ荷車も並んでいた。あとは命令一つでコクへ向かうだけだった。
しかし、カレリアの表情は暗かった。
レミーラ軍、推定四万から五万。
それに対して、コクの守備兵はエルとギルフォードの一万に、モンドが率いる五千を加えて一万五千。
首都防衛隊が合流すれば三万になる。
だが、それでも敵の方が多い。
しかも、リービッヒは深刻な食糧不足に陥っている。コク城で敵を食い止められたとしても、戦いが長引けば兵糧の問題が出てくる。
さらに北には、パドゥーラ侯アムル=ドゥットゥカースがいる。
ノースジョウへ進駐したパドゥーラ軍は、増援が到着すれば二万に達する。
この状況で二つの敵を相手にするなど、不可能だった。
「お爺様」
「何だ」
「パドゥーラとの和睦を考えるべきです」
オーウェンは書類から顔を上げた。
「和睦?」
「はい」
「ノースジョウを奪われたばかりだぞ」
「分かっています」
カレリアは頷いた。
「ですが、今はそれどころではありません」
「……」
「レミーラの大軍が侵攻してきた以上、パドゥーラと争っている余裕はありません。ノースジョウを取り戻すために軍を動かせば、コクを守れなくなります」
オーウェンは黙っていた。
「仮にモンド将軍がレミーラ軍を食い止めたとしても、その後にパドゥーラと戦えば、王国は持ちません」
「それで、どうするつもりだ」
「パドゥーラ侯に救援を要請します」
オーウェンの眉が動いた。
「アムルにか?」
「はい」
「それを、あの男が受け入れると思うのか」
「受け入れていただくための方法を考えました」
カレリアは静かに答えた。
「何かあるのか」
「まず、モンド将軍とエルから正式な救援要請を出してもらいます」
「エル?」
「はい」
カレリアは頷いた。
「パドゥーラ侯は、エルからの救援要請を無視できないと思います」
「……」
「モンド将軍も、あの方にとっては父親です。二人から直接助けを求められれば、必ず考えてくださるはずです」
オーウェンは腕を組んだ。
「だが、それだけではパドゥーラの重臣たちが納得するまい」
「その通りです」
カレリアも、それは理解していた。
アムル個人が救援を望んだとしても、パドゥーラという国家が軍を動かすには相応の理由が必要になる。
ましてリービッヒは、つい先日までパドゥーラと戦争をしていた相手だった。
実際に侵攻した。
多くの兵士を殺した。
そして、パドゥーラ侯が最も大切にしていた女性を、その戦争に参加させた。
そんな国を、何の見返りもなく救援しろと言っても、受け入れられるはずがない。
「ですから、私が行きます」
「どこへだ」
「パドゥーラへ」
オーウェンは顔を上げた。
「お前が?」
「はい」
「何をしに行く」
カレリアは一度だけ息を吸った。
「輿入れです」
オーウェンの表情が変わった。
「……何だと?」
「私をパドゥーラ侯のもとへ送り出してください」
「馬鹿な!」
オーウェンが声を荒らげた。
「お前も、あの男がエルをどれほど大切にしていたか知っているだろう!」
「存じています」
「そのエルを呼び戻し、挙げ句にパドゥーラと戦わせたのは我々だぞ。そんな我々が今度はお前を妻に差し出すと言って、あの男が受け入れると思うのか!」
「可能性はあると思います」
オーウェンが眉をひそめた。
「……何?」
「パドゥーラ侯は、すでに一国を治める方です。あの方が政治的な婚姻の意味を理解できないとは思いません」
「……」
「パドゥーラ侯はまだ若く、正式な妻もおりません。いずれは後継者をもうける必要があります」
カレリアは静かに続けた。
「その相手がリービッヒ王家の血を引く私であれば、両国を結びつけることができます」
「だが、あの男はエルを……」
「愛しているのでしょう」
カレリアは祖父の言葉を引き取った。
「それは分かっています。今でも、あの子を愛しているのだと思います」
「ならば……」
「ですが、お爺様。パドゥーラ侯は私人であると同時に、公人でもあります」
カレリアは祖父を見つめた。
「ご自身の感情だけで、領国の将来を決めてよい立場ではありません。政治的な理由で妻を迎え、後継者をもうけることが必要になる場合もあります」
オーウェンは黙った。
「私との間に子が生まれれば、その子にはリービッヒ王家とフランツベルク家、そしてパドゥーラ侯の血が流れることになります」
「……」
「その意味を、あの方が理解できないはずはありません」
カレリアの声には確信があった。
パドゥーラは急速に勢力を拡大している。
しかし、その統治者であるアムルには、まだ正式な妻も後継者もいない。
今は本人の才能によって成り立っているとしても、その後のことまで考えなければならない立場だった。
そしてカレリアは、リービッヒ王家とフランツベルク家の血を引いている。
彼女との婚姻が成立すれば、パドゥーラは軍事力や経済力だけでなく、リービッヒ王家との血縁まで手に入れることになる。
将来的にリービッヒを統合することになったとしても、その血縁は大きな意味を持つだろう。
その程度のことを、アムルが理解できないはずはなかった。
「もちろん、婚姻を拒絶される可能性もあります」
カレリアは続けた。
「ですが、最初から望みがないとは考えておりません」
「……それで、お前は構わんのか」
オーウェンが尋ねた。
「何がでしょう」
「あの男がお前を愛さなくとも、妻になるというのか」
「はい」
カレリアは迷わず答えた。
「私は愛情を求めて嫁ぐのではありません。王国を守るために参るのです」
「……」
「妻として迎えられれば、その務めを果たします。子をもうけることも含めて」
オーウェンは孫娘を見つめた。
カレリアは目を逸らさなかった。
「ですが、婚姻の交渉がまとまるのを待っている時間はありません」
「どうするつもりだ」
「私が直接、パドゥーラへ参ります」
「相手の承諾もなくか?」
「はい」
「断られたらどうする」
「そのときは、王女として保護を求めます」
カレリアは答えた。
「パドゥーラ侯は、助けを求めてきた人間を無下に追い返せる方ではありません」
「……それを利用するというのか」
「そうです」
迷いのない返答だった。
「私がパドゥーラへ赴けば、あの方は少なくとも私を保護してくださるでしょう」
「婚姻を拒否されてもか」
「はい」
「それで何になる」
「私の身柄そのものに価値があります」
カレリアは続けた。
「リービッヒ王家の一員がパドゥーラに滞在する。それだけでも、あちらには大きな政治的利益があります」
「お前自身を人質に差し出すつもりか」
「そう考えていただいて構いません」
オーウェンは深く息を吐いた。
「カレリア……」
「婚姻が成立すれば、両国を血縁で結ぶことができます。成立しなくても、私は王家の人質としてパドゥーラとの関係を保証する存在になれます」
カレリアの考えは明確だった。
アムル本人には、エルとモンドからの救援要請。
パドゥーラの重臣たちには、王女の身柄と、将来的な王家との血縁関係。
その両方を用意する。
今のリービッヒに差し出せるものは、もはや多くなかった。
ならば、自分自身を差し出すしかない。
「……エルはどうする」
オーウェンが尋ねた。
カレリアの表情が曇った。
「……」
「お前も分かっているだろう。あの二人がどのような関係だったか」
「はい」
「それでも、アムルに嫁ぐつもりなのか」
カレリアはしばらく答えなかった。
エルの顔が浮かんだ。
幼い頃からの親友。
誰よりも優しく、自分を信じてくれた少女。
そのエルが、どれほどアムルを愛しているか。
カレリアは知っている。
エルにとって、アムルがどのような存在なのかも。
自分がこれからしようとしていることが、どれほどエルを傷つけるかも。
「……分かっています」
ようやく答えた。
「私は、あの子の気持ちを踏みにじろうとしています」
「……」
「エルの愛情を利用してパドゥーラ侯を動かし、そのうえで私自身が婚姻を申し出る」
カレリアは膝の上で両手を握った。
「ひどいことをしていると思います」
「ならば……」
「ですが、お爺様」
カレリアは顔を上げた。
「今は王国の存亡がかかっています」
その声は震えていなかった。
「コクには何万もの兵士がいます。リブロフには、さらに多くの民が暮らしています。レミーラ軍が進んでくれば、どれほどの人間が死ぬか分かりません」
「……」
「私は王女です」
カレリアは続けた。
「エルの親友である前に、この国の王女なのです」
その言葉を口にするのは苦しかった。
だが、言わなければならなかった。
「今は、手段を選んでいる場合ではありません」
オーウェンは長く黙っていた。
やがて、ゆっくりと口を開いた。
「……アムルはモンドの養子ではあったが、生まれも定かではない男だ」
「はい」
「あのような男に、王家の血をくれてやれというのか」
カレリアは祖父を見つめた。
「お爺様」
「何だ」
「私の祖母とて、決して身分の高い方ではありませんでした」
オーウェンの表情がわずかに変わった。
「……」
「それでも、お爺様は祖母を愛し、子をもうけられたのでしょう?」
「カレリア……」
「その結果、私がここにいます」
カレリアは静かに続けた。
「今さら、パドゥーラ侯の出自を問題にすることに、どれほどの意味があるのでしょうか」
「……」
「それに、あの方は自らの力でパドゥーラを豊かにし、今では五万もの軍を抱える領主です」
カレリアは祖父を見つめた。
「生まれが何であろうと、その実績まで否定することはできません」
オーウェンは答えなかった。
「お爺様。今は王家の血を守ることより、王国そのものを守るべきです」
長い沈黙が続いた。
オーウェンは窓の外へ視線を向けた。
城外には、コクへ向かう準備を整えた首都防衛隊がいる。
西からはレミーラ軍が迫っている。
北にはアムルがいる。
そして王国は、すでに多くの領地で食糧不足に苦しんでいた。
このままでは、たとえ今回の侵攻を退けたとしても、王国が立ち直れる保証はない。
「……分かった」
オーウェンが言った。
カレリアが顔を上げる。
「お前がパドゥーラへ行くことを認めよう」
「お爺様……」
「ただし、婚姻を強制することはできん。それは分かっているな」
「はい」
「アムルが拒否したなら、それまでだ」
「承知しています」
オーウェンは小さく息を吐いた。
「モンドにも書状を送ろう。パドゥーラ侯への救援要請について、エルと連名で書状を出すように命じる」
「ありがとうございます」
カレリアは深く頭を下げた。
これで、ようやく道が開けた。
カレリアはそう思った。




