表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
森口家の六つ子は、神様の後始末係です —龍神さまからのご指名—  作者: 織村蜜柑


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
50/53

第四十四話「風の足」

【前書き】

前回まで:

信玄たちは、龍地で昼餉を取り、そこに人が休み、物が動き、名が残る気配を見た。

梅を食べ、楊枝を挿した種を土へ捨てた小さな出来事は、土地が人の記憶を抱き始める音となる。


水の道は、人の道へ。

龍地は、ただの原野ではなくなり始めていた。


楊枝を挿した梅の種は、翌朝には見えなくなっていた。


雨に流されたのか。

風に転がされたのか。

鳥がつついたのか。


誰にも分からない。


けれど樹玄は、土の前で少しだけ眉を寄せた。


「消えてない」


勘助が地図を広げながら問う。


「種がか」


「違う。音が」


樹玄は龍地の原野を見渡した。


「昨日より、人の音が近い」


その言葉どおり、朝の龍地には数人の村人が集まっていた。

水を運ぶ桶を持つ者。

薪を背負う者。

干した菜を包んだ者。

そして、その中に一人、やけに身軽な若者がいた。


年の頃は十六、七。

日に焼けた肌。

風に乱れた髪。

腰には短い縄と小刀。

肩には小さな荷をかけている。


若者は、武田の兵たちを見ても怯えなかった。


「御屋形様ってのは、あんたか」


周囲の兵が一斉に動きかけた。


だが信玄は手で制した。


「そうだ」


若者は信玄を上から下まで見て、あっさり言った。


「派手だな」


勘助が額に手を当てた。


「おい」

「事実だろ」


若者は悪びれない。


信玄は少しだけ口元を上げた。


「名は」

五風(いふう)

「いふう?」

「風みたいに走るから、そう呼ばれてる。本名は別にあるけど、そっちはあんまり使わない」


四糸乃の筆が止まった。

五風。

その名を紙に置いた瞬間、樹玄がわずかに目を細めた。


「……風の音がする」

「そりゃ、そういう名だからな」


五風は笑った。


「で、あんたら、水を見るんだろ。なら、こっちじゃない」


勘助の目が鋭くなる。


「なぜ分かる」

「水を運ぶなら、通る道は決まってる。重い桶を持って、わざわざ遠回りする馬鹿はいない」


五風は足元の草を指した。


「ここは人が通る。あっちは荷が通る。で、向こうは雨のあとだけ水が来る」

「誰に聞いた」

「見りゃ分かる」


その答えに、勘助の口元がわずかに動いた。


気に入ったのか。

腹が立ったのか。

どちらとも取れる顔だった。


五風は歩き出した。


「こっち」


龍地の原野を横切ると、低い石が三つ並ぶ場所に出た。

その先には、細い道が二股に分かれている。


一方は村へ。

一方は山裾へ。

そして、もう一方は、まだ道とも呼べない草の切れ目として続いていた。


「ここで荷を置く」


五風は石を軽く蹴った。


「水も、薪も、野菜も。人が増えれば、ここで分ける」


信玄が静かに問う。


「なぜ、ここだ」

「風が抜ける。火の煙がこもらない。下へ行けば村、上へ行けば水。あっちは道を直せば荷車も通る」


五風は信玄を見た。


「宿にするなら、ここだろ」


兵たちがざわついた。


勘助は地図に線を引く。


「御屋形様」

「聞いた」


信玄の目は、すでに草の切れ目の先を見ていた。


「水の道。人の道。荷の道」


四糸乃が筆を走らせる。


龍地。

五風、道を示す。

水・薪・荷の分かれ。


樹玄は五風を見た。


「お前、何を聞いてる」

「聞く?」

「風じゃない。人の動き」


五風は少し考え、肩をすくめた。


「止まるとこが分かるだけだ。人がどこで楽をしたいか。どこなら揉めるか。どこなら通るか」


信玄が笑った。


「それが分かる者は、使える」


五風は露骨に嫌そうな顔をした。


「面倒事は嫌いだ」


勘助が低く言う。


「残念だったな。お前は今、面倒の中心に立った」

「最悪だな」

「諦めろ」


四糸乃は迷わずそのやり取りも書いた。


信玄は二股の道の前に立ち、兵へ命じた。


「石を動かすな。まずは草を払え。人が通った痕を消さぬように道を開け」

「はっ」

「水を奪う宿にはしない。人が水を運び、分け、休む場所にする」


風が吹いた。


五風の髪が揺れる。

樹玄の袖が揺れる。

四糸乃の紙が小さく鳴る。


勘助は地図に、新しい印を置いた。


「御屋形様。ここは、ただの休み場ではなくなりますな」

「そうだ」


信玄は龍地の原野を見た。


「ここに、人の流れを置く」


その瞬間、樹玄の耳に音が届いた。


水ではない。

黒でもない。


桶を置く音。

荷を下ろす音。

誰かが笑う音。

誰かが道を尋ねる音。


まだ遠い。

まだ細い。


けれど龍地は、確かに人の声を抱き始めていた。


挿絵(By みてみん)

【後書き】

今回のまとめ:

・龍地に村人たちが集まり始める

・水や荷の通り道を読む若者、五風が登場する

・信玄は龍地を「水を奪う宿」ではなく、人が水を運び、分け、休む場所にすると決める


作者ノート:

今回は、六つ子の前世につながる一人として五風を登場させました。


五風は、水を聞く者ではなく、人の動きや荷の流れを読む者です。

龍地がただの土地から、人が集まり、物が動く場所へ変わるための案内役になります。


水の流れから、人の流れへ。

そして龍地宿の気配へ、少し話を進めました。


キーワード:

五風/龍地/人の流れ/荷の道/宿の始まり/武田信玄/山本勘助/森口樹玄/四糸乃

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ