第3話「菖蒲沢」
本作に登場する地名・伝承の一部は、実在のものを参考にしています。ただし、森口家・森口神社・六つ子および作中の神秘設定はフィクションです。実際に訪問する際は、私有地・農地・施設への立ち入りを避け、地域の方の迷惑にならないようご配慮ください。
車は、北へ向かっていた。龍地を抜ける。道が細くなる。人が減る。
「この辺だな」
三樹がハンドルを切る。
「……こんな曲がり方、してたか?」
見慣れた道のはずだった。
だが——少しだけ、ズレている。
「……合ってる」
助手席の六樹が前を見たまま言う。
「上宿、越えたあたり」
「分かってる道なのに、気持ち悪いな」
五樹がぼそっと言う。
「いらないものが混じってる」
「流れに、変なものが引っかかってる」
六樹は視線を動かさない。
「……“残ってる流れ”を見てるだけ」
一瞬、誰も何も言わない。
「それがすげえって言ってんの」
五樹が肩をすくめた。
やがて、車が止まった。
そこから先は、歩きだ。
「ここからは歩きだな」
三樹が言い、ドアを開ける。空気が変わる。
「……重いね」
二葉が小さく言った。
目の前に広がるのは——ソーラーパネル。
一面、黒い板が光を反射している。水は見えない。
「ここが……菖蒲沢?」
三樹が眉を寄せる。
「呼ばれてる場所、ね」
四葉が静かに言う。
一樹が前に出て、地面を見た。
「……流れてない」
二葉が目を閉じる。しばらくして開く。
「水も、気も」
「止まってる?」
三樹。
「違う」
二葉は首を振る。
「——溜まってる」
「流れるはずのものが、逃げ場を失ってる」
四葉が足元を指す。
「本来の水路、全部潰れてる」
ソーラーパネルの下。見えない場所で流れが止まっている。
「だから上から来たやつが、全部ここで詰まる」
視線が北へ向く。八ヶ岳。
「……で、溜まった分が下に落ちる」
三樹が呟く。
「滝坂まで流れてきてたやつだな」
一樹が頷く。
——ぴちゃ。
音がした。足元。でも水はない。
「……聞こえた?」
「聞こえたね」
次の瞬間、地面が割れた。ひびが走り、その隙間から黒がにじみ出る。水じゃない。重く、粘つく。
「来るぞ!」
三樹が前に出る。噴き出した黒が形を取り、人のような輪郭になる。だが——数が違う。
「多っ……!」
「溜まってた分が一気に出てきたね」
四葉が冷静に言う。
「一樹!」
「分かってる」
手を上げる。
「天照御垣」
結界が展開し、歪みを包み込む。逃げ場を断つように閉じた。
「二葉!」
「うん!」
一歩前へ。
「咲耶浄花」
淡い光が内側に満ち、黒が揺らぐ。内側からほどけ始める。
「効きが浅い」
二葉が言う。
「流れがないと、抜けない」
「やっぱりか」
三樹が舌打ちする。
「なら、作るしかないね」
四葉が言う。
「水路」
一樹が短く言う。
「三樹」
「分かってる」
一歩前に出る。結界の外側で止まり、地面を見る。
「ここ、通ってたな」
足で叩き、感触を確かめる。
「四葉!」
「そこ、少し左!」
即座に返る。
踏み込む。叩く。ひびが広がる。
「そこ通る!」
五樹。
「……来る」
六樹。
次の瞬間——じわり、と水が滲んだ。ほんのわずか。でも確かに流れた。
「今!」
一樹。
結界が収束し、二葉の光が水に乗る。流れる。黒がほどけ、崩れ、消える。
静寂。
「……終わったか」
三樹が息を吐く。
「一時的にね」
四葉が立ち上がる。
「また溜まるよ、これ」
「だろうな」
五樹が肩をすくめる。
六樹は地面を見ている。
「……ここ、前は菖蒲でいっぱいだった」
誰も何も言わない。
二葉が隣に立つ。
「戻せるよ。全部じゃなくても、少しずつ」
一樹が頷く。
「……やるしかないな」
そのとき、三樹のスマホが震えた。依頼主。
『あの……さっき言ってた、水の音……今、もっと近くて……』
一瞬、全員が止まる。
三樹が低く言う。
「……場所、動いてないな」
顔を上げる。
「上流じゃない」
一拍。
「——もう一つある」
視線が揃う。
人の方へ。
次の“後始末”が、待っている。




