序論 米が高い‼
「表の張り紙に書いてある古古古米ありますか?」と小さい声でおばちゃんが閉店前の店を訪ねてきた。
「ありますよ」と店主の良男が言った。
この店は、十三の飲食街の近くでやっている米屋であり、酒屋であり、タバコ屋であり、おつまみも扱っている店である。
主に十三駅前周辺の飲食店とこの辺りの一般家庭に、米と酒類を卸している店である。
今では少なくなったが、お得意さんを回って注文を取る、御用聞き営業をやっている。得意先に出向き、顔を見せ、言葉を交わす、昔ながらのやり方であるが、今の時代でも生き残っている、親子三代の引き続いている店である。
一般のお客さんも、この辺りであれば電話一本で配達するので、マンションやアパートの人たちにも喜ばれている。
それに、お得意さんは年取った。
この店は安売り店ではないので、少しでも安い米を求める人は、十円でも安いスーパーへ行く。
味は言わない。
みんなお金がない。
「古古古米は、5キロ2000円です。」と良男が言った。
おばちゃんがお金を渡し、米を受け取ろうとするとこけそうになった。
「大丈夫ですか?」
「確か、豆腐屋の山本さんですよね。」と良男が言うと、
「そうです。」とおばちゃんが言った。
続けて、
「ごめんなさいね。昨日まで入院してまして、」と中肉中背で、やや細身で小柄なおばちゃんが言った。
高いお米なら配達をお願いするが、年金暮らしの山本のおばちゃんにとって、安いコメを配達してもらうことは、申し訳ないと思っていた。
「山本さん、直ぐに配達するので、家で待っててください。」と良男が言うと、
「悪いです。得意先でもないのに。」とおばちゃんが言う。
山本さん所へは以前、旦那さんが亡くなるまでは配達していた。
旦那さんが亡くなり、奥さんは広告を見て、安い店で買うようになった。
ひとりになった女性にとって、当たり前のことである。
「山本さん宅の家は、ここから単車で5分もかからないので、家で待っててください。今から店を閉めて行きます。」と良男はニッコリ笑って言った。
次の日、店を開けると、
「表の張り紙に書いている古古古米ありますか?」と若い大学生らしい、色白で、元気のない若者が、店に来た。
「自炊ですか?」と良男が聞くと、
「お金がないので。」と学生が言った。
聞くと、大阪大学の工学部の学生さんで。卒論があるので、バイトができないと言う。
良男が大学生が帰った後、腑に落ちなかった。
長年、この国のために働き、発展を支え、納税して、子供を育て、経済も支えた山本のおばちゃんやこれからの日本を支える若者が、米が食べられない。
日本の主食が食べれない。
真面目に暮らして、主食が食べれない国なんて、おかしい。
異常や!
この国の米問題の考え方が解らない。
前の農水大臣は、米の価格を下げるため、
「テレビで国民に米は下がります。」と何度も記者会見した。
その証拠に、備蓄米を安く放出し、来年の米の生産量を増やすと言った。
次の農水大臣は、米の値段は需要と供給の関係で決まるので、国はノータッチやと言った。
あほちがうか!
これだけ米で、国民が困っているのに。
安い備蓄米を買って、水につける時間を長くしたり、洗い方や、炭酸水を入れたり、いろいろ工夫して、より美味しく食べられるようにしている。
1年で、5キロ2000円の米が5キロ4000円になった。
この意味は、政治家のみなさんは解っているのだろうか?
給料があがらない中で、今月も3000種類以上の物が、値上がりするとテレビで言っていた。
米の消費量は、1人平均年間55キロぐらいなので、55キロを5キロの米袋に入れたとすると、11袋になり、値上がり分2000円を掛けると1人22000円分の金が、財布から出ていく。
財布の中身は同じなのに、減るばかり。
これが夫婦と子供2人の家族なら88000円の支出が年間増えることになる。
回転すしに、10回は行ける。
子供が、どんがけ喜ぶか!
これはおかあちゃんが、黙ってられないレベルある。
そうでなくても、値上げ、値上げで、スーパーの広告でこちらのスーパーほうがマヨネーズ10円安いと言えば、そちらに走り、醤油が10円安いと言えば、そちらに走る。
あげくのはてに、だんなに今日は疲れたので、ご飯作ってと言い、カップラーメンを食べる。
それに、やり場のないおかあさんの怒りは、すべては旦那の給料が上がらないのが、1番の原因であるとして、こずかいカットを言い出す。
手取りが少ないことが問題なのに、旦那の小遣いカットで、問題を解決しようとする。
そこではないです。
だんなはいつも抵抗するが嫁には勝てない。
いつも連帯責任を取らされる。
米屋の店主として、この国の農水大臣に米の生産をどのようにしたいのか聞きたい。
米農家を守る政策をするのか?
国民をみているのか?
ここで需要と供給の関係で、米の値段は、市場に任せますと農水大臣は言えば、農水大臣はいらん。
小さい田んぼや高齢化が進み、担い手のない田んぼを集め、大きな田んぼにして、機械化を進める。
耕作面積を広げ、機械化を進めれば、人もいらなくなり、コストが安くなる。
そうすれば、大量生産で安い米が作れる。
安い国産の米が、作れれば、みんなが喜ぶ。残れば外国に輸出しよう。日本の米は美味しい。
小さい田んばをいくつも集めて一つにするというのは、土地の権利関係が広範囲に渡り、面倒くさいと思うけど、国だったらできる。
これからの米農家の事を考えれば、小農家を集めて、1家の大農家を作るのは、考え方は利に適っていると思うけど、何が悪いが解らない。
農家の数は減るけど、耕作面積は増える。より機械化できる。
場合によっては、法人化して、若者の働く場所にもなる。
農業の効率化の足を引っ張っているのは、政治家かもしれない。
農家のため、消費者のためと言っているけど、結局、自分のために働いているんやね。
ここで国の出番で、
「米農家には高い米を!」
「若者に夢のある仕事であれ!」
「消費者には安い米を!」
実現して欲しい。
国が補助金で差額を払えば、米の値段の話も、後継者の話も、米の売り出し価格の話も、すべて解決できる。
おこめ券を出しても、根本的な解決策にならない。
それなら、わけのわからない補助金をなくせば、米の買取と売り出し価格の差額を払う
ことができる。
何の問題もない。
ただし、差額は直接、生産者に払って欲しい。
米農家に直接、渡さないとあかん。
JAなどに渡したら、経費が高くなり、小売価格も高くなる。
国が差額分を出せば、未来永劫、米問題は起こらない。
国民が喜び、米問題が解決する。
ただこのまま米の高値が続くと、高い米の代わりに、安い、パンや、うどん、パスタ、たこの代わりにかまぼこの入ったたこ焼きを食べる。
それでなくても人口が減って行き、欧米化が進み、米離れが進んでいる。
米の需要が減れば、米農家が困り米屋も困る。
米からパンやうどんやパスタにすべてが変わらないまでも、何パーセントか、
変われば、米農家は、需要と供給と高値を維持するために、減反に向かう。
やっぱり米が好きな日本人は、高い米を嫌い、うどんやパンやパスタも嫌うと、安い外国産の米が入ってくる。
少しぐらい不味くても、備蓄米と同じように、工夫してごはんを炊く。
安全性が解らなくても、米を食べたい。
お金のない、米好きな庶民にとって、他に選択肢がない。
今、良男の店には、日本のいくつかのうまい銘柄米が売られている。
でも、いつか、店頭に、カリフォルニア米産や台湾産、オーストラリア産、中国産と国別で並んでいるかもしれない。
そうなれば、日本で作られた米は高級品になり、人々にとって高根の花になる。米は特別な日しか食べられないかもしれない。
日本の米農家の終わりである。それと日本の米屋の終わりである。




