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悪役令嬢は悪役令嬢らしく振舞うためにじっくり考える  作者: 南蛇井


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11/11

『静止していた歯車、ついに王の間へ』

王城・謁見の間。


三人は並んで立っていた。


悪役令嬢レディアナ・フォン・クラウゼル。

王太子アルベルト。

そして“ヒロイン”と呼ばれる存在、リリエル。


静寂が重い。


玉座に座る国王は、しばし無言で三人を見つめていた。


この数ヶ月――


婚約破棄騒動は起きず、断罪劇もなく、社交界は平穏。

派閥争いも燃え上がらず、令嬢同士の決闘もなく、噂も曖昧。


何も起きない。


それが、逆に異様だった。


やがて国王が口を開く。


「……報告は受けている」


低く、重い声。


「そなたら三人の間で、何も問題が起きておらぬ、と」


沈黙。


アルベルトは真顔。

リリエルは緊張。

レディアナは――考えている。


(“ここで動くべきか否か”)


国王は続ける。


「王太子の婚約者と、聖女候補。

 本来であれば、火種の一つや二つは生まれて然るべきだ」


アルベルト、内心で(わかります)。


リリエル、内心で(ですよね)。


レディアナ、内心で(“然るべき”とは具体的にどの程度か?)。


国王の視線がレディアナへ向く。


「レディアナ。

 そなたは何を考えておる?」


空気が張り詰める。


王の問い。


ここで答えを誤れば――


レディアナの思考は高速回転する。


(“悪役令嬢として正しい回答”は何か)


選択肢A:毅然と敵意を示す

選択肢B:高慢に笑う

選択肢C:感情を否定する

選択肢D:沈黙


(沈黙は戦略か逃避か。

 怒りは演出か本音か。

 嫉妬は開示すべきか否か。

 ここで動けば物語は進む。

 だが動かなければ――)


数秒。


十秒。


二十秒。


国王の眉がぴくりと動く。


「……?」


レディアナは、ゆっくりと口を開いた。


「陛下」


アルベルトがわずかに身構える。

リリエルも息を呑む。


「現在、最適解を検討中でございます」


静止。


空気、凍結。


国王「……は?」


レディアナは真剣だ。


「悪役令嬢として期待される振る舞い、

 王太子妃候補として求められる資質、

 そして一個人としての感情処理。

 三者の整合性を取るため、

 現在、最終判断を保留しております」


アルベルト、顔を覆う。


リリエル、目を見開く。


国王は、しばし沈黙したのち――


「……つまり、何も起こさぬということか?」


レディアナは、迷わず答える。


「現段階では、その可能性が最も高いと存じます」


謁見の間に、重すぎる静寂が落ちた。


国王は深く息を吐く。


「王太子」


「は、はい」


「そなたはどう思う」


アルベルトは、一瞬レディアナを見る。


彼女は真剣だ。

逃げてはいない。

ただ――止まっている。


アルベルトは静かに答えた。


「父上。

 確かに、何も起きておりません。

 しかしそれは――」


一拍。


「誰かが傷つく必要がなくなった、ということでもあります」


国王は目を細める。


リリエルも一歩出る。


「陛下。

 私は……今の関係が、嫌ではありません」


本音。


国王は三人を見つめる。


長い沈黙の末――


「……奇妙な三人だ」


だが、怒りはない。


「しばらく様子を見る。

 だが忘れるな。

 王家の決断は、永遠に保留にはできぬ」


それだけ言い、国王は席を立った。


謁見、終了。


三人は廊下に出る。


アルベルトが小さく笑う。


「……怒られなかったな」


リリエルも苦笑する。


「なんとか、ですね」


レディアナは静かに言う。


「“保留”が延長されました」


アルベルトがふっと息をつく。


「レディアナ」


「はい」


「次に呼ばれたときは?」


彼女は一瞬、視線を落とす。


嫉妬。

期待。

怖さ。

願い。


未定義だった感情が、少しずつ形を持ち始めている。


「……そのときは」


ほんのわずか、微笑んだ。


「もう少し、動けるよう検討いたします」


リリエルがくすっと笑う。


「また検討なんですね」


「最適解は慎重に導くものです」


三人は並んで歩き出す。


まだ何も決まっていない。

まだ何も起きていない。


だが――


“動かない理由”が、少しだけ変わった。


次に国王が呼ぶとき。


今度こそ、歯車は回るのか。


それともまた、静止するのか。


物語はまだ、保留中である。

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