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第42話 幼稚な主

――――――太原国(たいげんこく)晋陽(しんよう)




「我が君!! 司馬瑜(しばゆ)殿をどうなさるおつもりか!?」




 田甄(でんしん)は司馬瑜誅殺の噂を聞きつけると、直ぐさま司馬騰(しばとう)に詰め寄っていた。


「無論殺すまでのこと。謀反を企む輩などいらぬわ」


「我が君よくよくお考え下さい...........司馬瑜殿は建国以来の忠臣にございますぞ。若き頃は琅琊武王(ろうやぶおう)に仕えて長江を渡り()を滅ぼし、先の諸侯王の争いでは一貫して先帝の味方をしておりました。これは正しく忠臣の鏡というべきお方、これを誅殺するは愚の極みと云えますぞ!!」


「――――――謀反人を野放しにすれば我の首が危うくなるわ!! 何故奴を庇う? それとも貴様も謀反の片棒を担いでおるのか!?」


司馬騰は佩いている剣の柄を握り締める。


「我が君!! ここ数年で変わられましたな!! 疑心にかられて誰構わずお疑いになるようでは何もかもお終いでございますぞ!! (えん)恵王(けいおう)(せい)の謀略にはまり楽毅(がくき)を更迭いたしました。(ちょう)幽繆王(ゆうぼくおう)郭開(かくかい)の佞言を信じて李牧(りぼく)を誅殺しました。どうかこの先例を鑑みてくだされ」


「我は敵に騙されているというのか!?」


「左様!! これは明らかな謀略でございます。敵は四方からの攻め込まれて追い詰められているのでしょう 奴らは武力では敵わないと見て謀略を用いたのです」


「.............ッ」


 ぐぬぬと歯ぎしりする司馬騰、どうやら頭では理解しているらしいが、前言撤回することは自身のプライドが許さぬらしい。


「我が君、もはや奴らに対抗出来るのは司馬瑜殿のみなのです。それを排除してしまったら誰が指揮を執りましょう」


「.............いや彼奴を排除するには今しかないのだ。敵の謀略が却って我に追い風となった。これを利用しない手はなかろう!!」


「は?」


「この戦で彼奴が胡賊(こぞく)共を討ち滅ぼした場合その名声と勢いは我を凌ぐだろう!! そしたら我はこの地に必要の無い人間になるであろう..............それでは我が困るのだ。我は并州(へいしゅう)の主にして司馬越(しばえつ)の弟だ!! 司馬瑜ごときにデカい顔をされては不快なのだよ!!」


 余りにも幼稚で醜い彼の考えに田甄は愕然として目の前が真っ白になった。


 同族の司馬穎(しばえい)と争っていた時彼はこんな頓珍漢ではなかった。もっと知性があった...............しかし司馬穎が没落して司馬騰による并州支配が確立すると権力欲と自己顕示欲が爆発した。



もっと兄に認められたい――――――


  朝廷で孤立したくない――――――


    他の連中より自分が一番――――――


 認められたい、捨てられたくない、忘れ去られたくないの一心で華美な調度品を買い漁り、各地から美女を集め、将来自分に害になりそうな人物を遠ざけ又は死に追いやり、そして気がつけば醜悪極まりない存在と化していたのだった.............


 手の施しようがない化け物と成り果てた主人を田甄は幾度となく見限ろうとした。

 しかし無理だった。何故なら化け物になる前の有能な司馬騰を知っているからだ。更に仕えたからには最期までという気持ちもあった。


「.................ならぱお聞かせください。司馬瑜殿を誅殺したあと誰を大都督に任じるのです? 司馬瑜殿を超える逸材が居られるなら誅殺しても結構かと思いますが...........もし居られぬならぱ再考した方が宜しいかと」


その言葉に司馬騰は佩いていた長剣を外すと田甄に突き出した。


「後任は貴様だ。直ぐに書状を持って司馬瑜のもとに行くがいい 吉報を待っているぞ田甄」


「............恐れ入りながら我が君、この田甄10万規模の大軍を指揮した経験がございません。故にそのよう大任はお受け出来ませぬ」


「ならば此度の実戦で大軍を操る術を身につけるがいい」


そう言い残すと司馬騰は奥の部屋へ消えていった。


 田甄は鎧を着て長剣を腰に佩き、馬に跨がると弟の田蘭(でんらん)と2千の兵を引き連れて汾水(ふんすい)を南下していった。

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