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くいかえし  作者: Kot
バーベナと孤独
87/101

4ー9 探し人

この男をどうしてしまおうか、リベルテがそう思ったのは一度や二度ではない。


「君は魔獣以下の知能しかないんだね」

グッと腕を引くと、握っている拘束魔術の鎖が彼を締め付ける。

無表情な顔と、何を思っているのかわからない赤い瞳に、魔獣のようだなとバカにしてやりたいが、そんなことを言ってもこの男は表情一つ変えないのだろう。


その顔がこちらを馬鹿にしているように感じ、締め付ける力を強くする。

咎める者はいない。

アルメの元に帰る前に拘束魔術師を透して魔術師抑制をかけた。その陣が男の首に現れている。

オネットは街の騎士団に状況を確認しに行っている。


今ならこの男を殴ってもいいだろう。いつだったか、自分もこの男に殴られたのだ。


そう考えていたリベルテに、声がかかる。


「リベルテか?……」

知らない声だ。老人の声……自分を呼ぶその声に、リベルテは振り返る。


何故か既視感を覚えた。長い杖にローブ姿の老人。魔術師だろう姿自体は、決して珍しい格好ではない。


「あんたは……」


老人の背後には、フローレの街で見かけた魔術師の姿があり、自ずと老人が誰か見当がついた。

「リギー・スリス……」

「良かった……本当にルガルデにそっくりだ」

老人は驚きの顔を緩め、笑った。


「リベルテさん!」

オネットの声が背後から聞こえた。駆けてくる足音に、放心していたリベルテは我に返る。

「オネット……」

一つに括った黄土色の髪を揺らした彼女は、リベルテ以外の存在に気付きそちらを向いた。

アルデラの姿に、彼女も老人が誰か、わかった様で、令嬢らしい綺麗な礼をした。


「はじめまして。魔術師総会に所属しております、オネット・ラスラスと申します。お噂はかねがね伺っております、リギー・スリス先生」


「……ラスラス……シンシア様の……大きくなられた」

「お会いしたことが?」

「一度だけ。あなた様が生まれたばかりの頃に。覚えていらっしゃらないのも無理はありません」

「それは、もったいないことをしました。スリス先生の授業を受けられるチャンスだったのに」

赤子には無理だろう、リベルテは呆れたが、リギー・スリスは面白かったようで肩を揺らした。

「確かに、私ももったいないことをしました」


なごやか……そんな空気があたりを包み、リベルテはため息を吐いた。

「取りあえず、場所を変えようか」

「待て」

リベルテがそう言うと、リギー・スリスの後にいたアルデラが師を庇う様に前に出て、制止の声を出した。

「何?」

「お前が、エグレゴアから本当に逃れたという保証はない」

「……」

「アルデラ君……」

その言葉に、リベルテは眉間に皺を寄せた。

「……どういう意味」

「忘却魔術をかけられていたんだろ。どんな治療を受けたか知らないが、記憶障害は残るはずだ。混在した記憶は思考に変化をもたらす。不安定なお前を先生に近づけさせるわけにはいかない……」


杖を構えて警戒するアルデラを、睨むリベルテ。場の空気は一変したが、オネットは落ち着いた声を発した。

「アルデラさん、それは貴方も同じでは?」

「は?何を言っ」

「先程、騎士団の元に捕らえられた人物が二人いました。事情を聞けば、この街に魔獣を召喚した魔術師だそうです」

「それがどうした? あいつらは俺と師匠が捕らえた奴らだ」

「捕らえ得たということは、あなた方の元に現れたということですね。つまり、身を隠しているリギー・スリスの居場所がバレているということ」

「……」

「私達はあなたの転移魔術を追って来ました。フローレ様の村には他に魔術師はいませんでしたし、一度追った転移魔術は痕跡が薄れますから、二度目の座標転写はできません。私達の後に他の魔術師が転移してはいないのは確定です。ですが、あなたならどうでしょうか? 貴方も昔、エグレゴアにいたのでしょう?」

「なっ……」

「いつからスリス先生の元にいるのかはわかりませんが、先生と慕う素振りをするほどです。子供の頃からそばにいらっしゃったのではないですか? ちょうど、グラン・モルデンがエグレゴアの総帥に就任した時期に」

「……」

「となれば、貴方はスパイとしてそばにいた可能性が高い。スリス先生という、魔術師の中でも最高位の人物を監視、利用するために」

「そんなことはない!」

「ですが、忘却魔術をかけられていたら」

「は?」

「忘却魔術は治療を施して治りません。一度、脳に強い傷を負うのですから。記憶障害の影響で混濁した記憶や感情が混ざり、不安定な状態になる。そうなったら…」


アルデラの背に冷や汗が垂れる。もし、知らぬ間に自身の意に反する行動を取っていたら……

「エグレゴアで従っていた記憶が、リギー・スリスの居場所を伝えた。そうすることもできまです」


「……っは」アルデラの 息が詰まった……


「冗談です、フフッ」

場を裂くように、女はクスクスと笑い、肩を揺らした。

「君ねぇ……」

リベルテが呆れた声を出した。


「すみません。意外にデリケートな方なのですね。今のは意趣返しです」

「意趣返し……貴様」

「落ち着いて、アルデラ」

師に背を撫でられ、アルデラは怒りを鎮めるようにため息を吐く。

「思慮深い方だと思っていたが……本当にラシラス公爵にそっくりだ」

「ぶっ!」

見守っていた老人にそう言われ、にこやかだったオネットは突然吹き出した。

「何? 汚い」

リベルテが引いた顔をしているが、オネットは気にせず、取り出したハンカチで口元を拭った。

「父をご存知で……」

「王宮魔術師長を知らない者はいませんよ。私も、何度かお会いしたことがありましたな。貴方のように、切れのある言葉をいただいたことはしばしば……」


眉を下げてそう言ったリギー・スリスは、ふぉふぉと笑った。

オネットも笑みを浮かべたままだが、さっきよりも引きつっているのがリベルテにはわかった。


「……もうそろそろ移動しよう。申し訳ないけど、近くにゆっくり話せる場所はあるかな?」


一応、父の師匠に当たる人物である。リベルテは、彼なりに言葉を選びながらリギー・スリスにそう問う。


「それなら私たちの家においで。結界も張ってあるから、落ち着いて話せるはずだ」


師匠の提案だからか、アルデラの顔は不服そうだったが、それ以上は何も言ってこなかった。


「そう、それじゃあお邪魔させてもらうよ……」


リベルテは頷いてそう言い、白髪の男を拘束している鎖を持って彼を立たせる。

するとリギーは、驚きを含んだ声でリベルテに尋ねた。


「リベルテ、彼の目を見せてくれ」


慌てて近づこうとするリギーに、リベルテは訝しむ。


「両目……だが、髪色は……それに顔立ちも違う……」


「彼についても、後で話すよ……」


悲壮感を感じさせる声色。

その真意はわからないが、彼に触れようと手を伸ばす老人を止めるため、リベルテは静止の声をかけた。


「あぁ、すまない……」


我に返ったリギーが、そう答える。


拘束魔術をかけられているため、彼はリベルテたちの仲間ではないようだ。

ならば、エグレゴアの人間……赤い目を見るに、多量の魔力を持っているのだろうということはわかるが、その魔力を感じ取ることができない。


ふとアルデラは、フローレの街から帰宅した際の会話を思い出す。

この男の話をしていない……師が見せた動揺に胸騒ぎがして、アルデラは目を逸らした。


その青年には、もう一つ、嫌で仕方のないことがある……



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