4−7 目覚めの光景
目を覚ました少年が最初に見たのは、薄暗い天井だった。
僅かに青みがかった月光がカーテン越しの窓から降り注ぐ光景をいつ振りに見ただろう。
体にのし掛かる重み、その暖かさに触れると、昔触った野良猫とにた柔らかさで、自然と心地良く再び瞼が降りかけたがカタンと静かな部屋に音が響いき閉じかけた目を開く。
「起きたかい?」
少年が探すまでも無く音を発した人物が、ベットに横たわる少年に声をかけた。
「すまないね、本当は病院に連れて行きたいんだが……」
穏やかな声は年を重ねた老人の声だ。少年に掛けられた毛布から出ている左手にそっと手を置き何かを確認した老人は。不思議がる少年をよそに何処か慌ただしげだ。
「もう少し休んでいなさい、もっと安全な場所に移動するから……」
紙をめくる音に本を読んでいるのか。目覚めたばかりの少年の頭の中には疑問が浮かび、沈んで行く。
自分は何をしてここにいるのだろう。
ただ、お腹に刺さる痛みと、体から漏れる血の多さに漠然と恐怖して。逃れたいと自分に魔術を使ったけれどうまくいかず。血の抜ける感覚と一緒に訪れる寒気に、気持ちが悪くなった。
……あの時、彼の魔術を阻止したのは何故なのだろう……
いつも自分達に命令する老人と間違えたのだろうか……
………………
…………
……
「熱…………います……」
「……貧……ある……」
「……この年……」
「でも、大丈夫ですよ」
次に聞こえた声は高く、目に入った光は淡く白色だった。
「あ、起きた良いです、気分はどうですか?」
少年の視界に入るのは。グレーの輪郭に縁取られた白い肌と、とても綺麗な空色だった。
「…………はっ、ゴッホ!」
返事を使用として咳き込む。その人は体を横向け咳きをする少年の背をさすり、その手から温もりが伝わって着た。
「喉が乾いているのですね、水を持って来ます。それと何か口に入れる物も用意しますね」
「ありがとうフローレ」
「いえ、私に出来る事ならいつでも、頼ってください」
そう言うとフローレと呼ばれた女性が少年の眠っていたベット近くの椅子から立ち上がった。
女性が部屋を出ると、老人は入れ替わる様に椅子に座り、横になる少年の手を取った。
「魔力も十分回復している。あれから一晩、君は目を覚まさないからとても心配した……すまない」
その老人は謝罪した……途切れ途切れながら少年は自分が助けてられたのだと自覚していたため。その謝罪の意味がわからなかった。
「君のお友達を置いて来てしまった。あの地下には他にも大勢の子供達がいたのに……」
助けてられなかった……その言葉にそれは不可能だと思った。地下にいた子供はあの場にいた五人だけではない。少年も他の子供も元は他の場所にいた。その場所にもたくさん同じ子供がいた。
…………それに、途切れ途切れの記憶ながらも少年は知っている……
……その老人が本当に助けたかった子は別にいる事を……
だが、あの場所から助け出されたのは少年で、そして少年はそのことに罪悪感よりも安堵を覚えた。
……だから、誓った。命を助けられた恩人に、魔術を学ばせてくれた恩師に、どんなことがあっても、側に、命をとして守ると。
……………………………………………………
だからこそ、こんなところで師匠を待たせるわけにはいかないのに……
「おい、そこの肩一回奥に押した方がいいんじゃ」
「いやビクリともしない。貴様進みすぎだろ!普通は無理だとわかるだろうが!」
失態で杖を盗まれ、そしてこのザマ。非常識な小娘により訪れたこの時間は、まさに拷問だ。
(クソ、嫌な予感がしたから一度確認しようとしたのが間違いだった!)
自らの間違いが、今に至る後悔は計り知れない。こんな訳のわからない状況よりもいっそなぶられた方がまだ良い。
アルデラが苦悩している事を知らないアルメは、横であれやこれや言うが全て右から左、全く協力できていない二人では完全に路地にはまった男を助け出すのは程遠いだろう。
…………しかし、その異変はそんな二人の手を止めさせた。
街灯の灯りがあっても頭上か落ちた影の濃さは知らないままではいさせない。
北部は大型の魔獣の出現率は高い。だが顔を上げた先にいた魔獣は今までの比では無い大きさだった。
「急に!どっから来たんだ!」
何の予兆も無く現れた魔獣。驚き声を上げるアルメを横にアルデラはその魔獣の背景に薄れた消える魔術陣の存在に気づいた。
人為的な物。真っ先に頭に浮かび、結論ん付けた男の脳裏に師の姿が浮かぶ。
「師匠!」
身を隠して生きる。その理由を知っているアルデラは目の前で起きている事よりも…………
「おい、どこ行くんだ!杖!」
アルメによって路地に挟まった白髪の男の向こうに投げられた杖の存在を忘れたのか。
焦った姿のアルデラにアルメは静止の声を上げるが。男は振り返る事は無かった。
逃げた男、頭上の魔獣、そして挟まった男。
どうすべきかと混乱する頭でアルメは、ピシリと白髪の男を指差した。
「待ってろ!」
逃げた男、目的の人物を見失うわけにはいかない。
「すぐ助けるからー!」
男をおい走り出したアルメ、白髪は男はそんな背中を無言で見送ったが、真一文字の口はいつもより引結ばれていた。
そして、流れた一拍の静寂ののち………………
「魔獣だぁ!!!」
恐怖の声が響いた。
魔獣の影から逃れるために走り出す人々。その波の中で、冷静に魔獣を見据える人々もいた。
騎士か冒険者か、それとも魔術師かリベルテとオネットも冷静に魔術陣によって現れた鳥型の大型魔獣を見据えた。
「大きいですね」
「あの魔術陣、エグレゴアで見た」
「エグレゴアで?」
「……魔獣の体を肥大化させる……魔力の影響で魔獣化したら体積にも影響が出るのは知ってるよね」
「はい」
「その魔獣化した体に更に魔力を流し込むとああなる」
「そんな研究を何故……」
「興味なかったから、理由なんて知らないけど……この使い方を見るに、兵器でも作りたかったのかな」
旋回する魔獣は、赤い目で見下ろし、どこから襲うか探っている。
「リベルテさん、行きましょう被害が出る前に」
街の悲鳴が大きくなり、オネットは人の波とは真逆に進もうとするが、その腕をリベルテは掴み制止した。
「この街には冒険者が多い、それに見なよ」
リベルテに促されるまま、周囲を見ると人の波を掻きわけ進むのはオネットだけでは無い様だった。
一人目に入れば、二人、三人とその姿が視界に入る。
「多く無いですか……」
「流石北部、街は一つだけだし、魔獣も大型が多いとなると、腕自慢が集まるんでしょ」
「ギャァぁ!!!」
呆気にとられていた時、旋回していた魔獣に鳴き声が耳をつんざく。
「リベルテさん、防御壁を」
「落ち着いて」
魔獣が攻撃体制に入った事を感知し。焦った声を出したが、リベルテは彼女の肩に手を置いてそれをなだめた。
「壁に遮られて無いからって、上がガラ空きな訳無いでしょう」
「ですが、あれだけの大きさわっ!」
話している最中に放たれた魔獣の攻撃は辺りを紫色に染め、暗い夜の雪雲を見せた。
「防御壁」
頭上に浮かぶ、防御壁は攻撃直後僅かにその姿を表したが。何事も無かったかの様に姿が見えなくなった。
「しっかりと機能している。あの程度なら亀裂も入らない見たいだね、そろそろ動くよ」
「え、何処に」
リベルテはオネットの腕を引き、逃げ惑う人々と共に道を進んだ。
「あの魔獣を召喚した奴らは十中八九エグレゴアの残党、その事を知っているのは僕達だけだけだろうし魔獣退治は他の人に任せよう」
「わかりました、そう言えアルメさん達にも伝えた方が良いですかね」
「そうだね、彼狙いの可能性もあるから、身を守ってもらわないと」
リベルテそう言うと。手の平に黄金の魔術陣を浮かべてそれを握り消した。
「いつのまに魔術抑制を?」
「彼の魔力は目立つし、リギー・スリスに警戒されたく無かったからね。これだけの騒ぎになれば、もう隠す必要はない」
魔術抑制陣を解いた瞬間。漏れ出す様な魔力を感知しリベルテはオネットの腰に手を回す。
「転移するよ」
ただ手を繋ぐだけで良いのに、一応リベルテなりに気を使った行為にオネットは違和感を感じたが、瞬いきの間に変わった光景に呆気に取られた。
「何してるの」
「……」
答えるべき者は喋らない。
白髪と赤眼の男は、無表情で狭い壁に挟まった状態でリベルテと目が合った。
「あれ、アルメさんは……あ」
いつも状況を説明してくれる筈の存在がおらず、オネットが周囲を見渡し再び路地を見ると白髪の男は消えていた。
「転移したね、仕方ない元から魔力感知もまともにできる人達ではないし」
自由な彼等に呆れの声を出した。リベルテはオネットの視線に気づきそちらを見ると。存外近い距離にある榛色の瞳がリベルテを見上げていた。
「……手を……」
腰に回されたリベルテの手、万が一周囲にぶつかり巻き込むのを避けた行為だったが、転移した後もローブ越しに触れられた手は今も添えられている。
「……ごめん」
何故かでた謝罪と共にリベルテはゆっくり手を外し、そっと両手を頭の上に掲げ、目を逸らした。




