3−17 糸の世界
着かされた席で食事をさせられている。
自分の意思に反して口に運ばれるそれに、吐き気が込み上げる。ようやく手が止まった時、頭上からその声が聞こえた。
「綻びが……何かが入って来た……」
すぐ近くで感じて嫌な魔力がスッと薄くなるのを感じ、オネットはチャンスを逃すまいと。
魔術語を唱えた。
「クペフィル」
パチンと耳元で音がし。魔術が正確に発動したのがわかったがあ同時にゴッソリと魔力も持って行かれてしまった。
(魔術の発音式……今じゃ効率が悪いからって修練するだけ無駄って言われてたけど。役に立つ日が来るとは……)
倦怠感と気持ちの悪さ、それらを抱えたままオネットは立ち上がる。魔術の呪縛から解放されたとはいえここから動かなければ意味が無い。
久々に開けられた視界にはオレンジの光と食べかけの食事が目に入った。少し当たりを見渡せば数人の人影があり皆一応に先程までのオネットと同様に食事をしている。
(……これだけの人をあの転移で攫ったの……なんて魔力量……)
席からゆっくりと離れて軽く全体を見渡せば。自身の席の近くに扉がある事に気づいた。
ドアノブに手をかけて軽く撚れば鍵が掛かっていない事を確認できた。
軽く深呼吸し心を落ち着かせる。転移後も混乱しながらも解読した敵の正体と魔術。
自身の魔力量から。もし敵と遭遇し場合のシュミレーションを思い浮かべ。オネットは扉を開いた。
真っ直ぐ続く廊下。部屋とは違い白い光のランプが灯してあり心無しか安心してしまった。
周りを警戒しながら。一歩一歩進むと。先程通った道をぐるぐると行き来している事に気づく。
「同じ場所……思ったより狭い空間を使用しているんだ……」
何かが入って来た……そう聞こえた、あの状態で転移術を追ってこられるのは、リベルテ達以外にいない。
長い廊下は直線で歩いた距離から考えて建物が円形の構造をしているとは思えない。入って来たリベルテ達の存在を全く感知できない。
「階が違うのかも知れない。きっと……」
今オネット動き周れるのも魔女の目が一つ二つ壁の向こうリベルテ達に向いているからだろう。
オネットは静かに己の髪を結んでいる髪紐を解く。鮮やかな緑色の髪紐には。よく見なければわからないほどの魔術語が記されている。
「お守り程度の魔術ですが……」
魔力を流し込みやすい様に右手に巻きつけ結び、そっと壁に手を当てる。
探索魔術をリベルテ達が入ってこれたであろう出入り口その僅かな綻びがないか探りを入れる。
魔女の使う魔術は特殊だ。魔術語を直接発することで発動する仕組み。理論を無視してしかし何か一つの事柄を主軸に構成された魔術。
まるで一人一人にある個性と言った物が魔女には存在していた。
この建物もそう言った魔女が作ったであろう個性が見受けられる。
(魔力量から言って。人を上回るはずなのに……あらかじめ完璧を避ける様な……)
魔女について学ぶたび、人が争う手立てをはじめから用意されている様なそんな異質差をオネットは感じていた。
オネットの脳裏には無数に編まれた糸が思い浮かばれた。
(均一でそれでいて複雑。こんな魔力の構成は見たことない)
少しでも綻びが無いか少し急ぎながら辿っていく。体は動いていないはずなのにどうしてか迷子になってしまった気分で。自然不安も生まれ始める。
(同じ構成の連続で少しでも意識をそらすと、わからなくなる)
集中し辿っていくと構成部分、その糸が張る様な感覚を覚えオネットは慌てて壁から手を離した。
(気づかれた!?)
空気が変わったのがわかった。明らかに何かがこちらに向かってくる。
隠れる場所など思い浮かばないが。ダメ元でドアノブに手をかける。
が瞬間ドアノブが解けだらりと長い毛糸がオネットの手で力無く垂れ下がる。
「何これ?」
糸の様だと思っていたが。本当に毛糸だったとは思わなかった。手を離し廊下の中央に避ける。廊下全体が歪み、このままだと飲み込まれてしまうと判断したオネットは右手に魔力を込める。
(結界魔術!)
緑色の髪紐はオネットの手から離れ。オネットを囲む様に広がり。小さな結界を張った。
オネットが結界を張った瞬間足元の床板が破け長い金属がオネットの結界に当たり火花を散らした。
驚きバランスを崩しながらも目を凝らしそれが何か確認すると。淡く輝く黄金の鎖がオネットの瞳を照らした。
「見つけた」
その鎖の先には当然使用者である魔術師がいる。幾重もに鎖そのどれもが黄金に輝きを放っているが。一際目を引く黄金がオネットに手を伸ばす。
「えぇ!」
伸ばされたその手、結界でか囲われたオネットにその手は触れる事が出来ないはずだった。
しかしその手はオネットが張った結界をまるで卵の殻でも割るかの様に勢いのついた軽い衝撃で割りそのままオネットの胸ぐら掴んで引っ張り上げた。
「結界解いて!魔力の無駄だよ!」
「もう意味を無していません!」
「君髪が長い!」
「すいません!」
ほんの数秒で起こったその出来事魔術士団の団員と違いリベルテ男性にしては華奢な体躯だと思うが片腕オネットを荷物の様に抱え込み。もう片腕で鎖を掴み上えと上っていく。
オネットは抱え込まれながら。靡く髪をまとめ上げて髪を一つにまとめると。再びリベルテの苦情にならない様に抑えた。
「何処へ向かっているのですか!」
「さぁ!ただ構築スピードが速いからこっちも壊しまくっているだけだよ!」
「なんですか!それは!」
「消耗戦……いや、構築戦かな」
浮上する圧になんとか全体を見渡す。
リベルテが出した黄金の鎖、それらは下から伸び上がる様に上って言ったそれは途中途中で崩れたドアノブと同じ様に解れていく廊下の空間を破き壊していくのが見えた。
「これ……他の方達……大丈夫ですか?」
「何!聞こえない!」
目まぐるしく舞う鎖同士がする合う音と耳たぶにぶつかる風の音で互いの声は聞きづらい。
「誘拐せれた他の方!大丈夫でしょうか?!」
「あぁ、そっちはもう構築済みだから……」
「何ですか!きゃぁ!」
突然鎖が止まりリベルテとオネットは再び長い廊下に導かれた。
そっとオネットを下ろしたリベルテは自身も足を下ろしたコツンと長い廊下靴音を響かせた。
「怒っていますね」
「そうだろうね、獲物を全部奪われて、頑張って作った毛糸のお城も穴だらけにさせられたんだから」
心無しかオネットが最初に居た廊下よりも薄暗いこの場所は、けれども隣にリベルテがいるからか。
不安や恐れを一切感じ無い。
「あの方は弟子ですか?魔女ですか?」
「さぁ、基本見分けはつかないから、ここの魔女。弟子を作りすぎて本体の方の力もだいぶ弱くって、まぁ数の暴力って言葉もあるし。分散させるのも悪くは無い手だね」
ぼんやりと遠く、しかしこちらを視界に入れた廊下の向こうの存在からは警戒と怒りが感じられた。




