3−12 寝落ち
静かな部屋の片隅で青年はベットに腰掛け、自身の手元のに魔術陣を浮かべた。
黄金の魔術語が浮かぶ手のひらを見つめ思考にのめり込むリベルテ。
窓際の机には二冊の手帳が開かれた状態で放置されており、先ほどまで彼が机に着いていた事が伺えた。
「リベルテー」
思考に耽っていると、部屋の外から疲労感を滲ませたアルメの声が、まるで体ごとぶつかった様な広いノック音と共に聞こえた。
リベルテは手元の魔術陣を消し、部屋の扉を開いた。
想像した様に、アルメは大量の本が包まれているであろう本を両手で抱えており、その腕は僅かながらに震えていた。
「遅かったね」
「重い、とりあえず部屋の中に置かせてくれ」
僅かに震えるアルメの両手腕を数秒見つめた後、リベルテは無言で入り口から退いた。
「あー重かった。」
手帳が広げられた机の端に本を置き、腕の疲労を解放するためアルメは腕を伸ばし肩を回した。
「すごい量だけど、これ全部読むのか?」
「別に必要な情報が乗っているのを頼んだだけ……」
「なんだっけ……カァー、徒労記って本すごい借りてたなオネットから聞いたけど、面白いって……あっオネットはまだ本探してる。一冊だけ無かったんだよ」
「そう……お使いありがとう」
リベルテは会話を続けるつもりはない様で、軽い返しと礼を言った後無言で示す様に顔を扉に向けた。扉の入り口には両手で本を抱えた白髪の男がいる。
アルメは視線を落とし、彼の足元が部屋の中にあるのを確認した。
*
そこまで大きく無い街でも探して歩きまわるのは疲労が現れる。残念ながら、二件目の図書館でも「アルガレアの波」を借りる事ができなかった。
一般の有名な本は自ずと発行数が多く図書館で所蔵されている冊数も上がるが、魔術書は専門性が高い物が多く読む人が限られてくるため、発行部数は少なくなる。そして研究堅気に魔術師にとって本を出すことは収入を上げる手段でもあるため、毎月、毎年、新しい本が出版され、有名な本でもすぐに絶版になってしまうのだ。
オネットは早歩きで街を歩き三件目の図書館に行く。小さな街の図書館はどれも小さく街の四隅にポツンと佇んでいる。左右を見渡しながら図書館の文字を探していると、店が並ぶ通りの広場に人が集まっているのが目に入った。
「何かのイベント?」
気になり少し近づけばカランカランと人の輪の中央から音が鳴った。
見ればそこには、エプロン姿の恰幅の良いおじさんがおり、その背後には机がテーブルに座る大柄な男達がいた。
「さぁ!さぁ!皆様心の準備はよろしいですか!先ほどご説明した通り。こちらの大盛り焼肉丼をいち早く完食された方には、こちらの一年間焼肉無料券を差し上げてます!」
わぁー!っと言う感性と拍手が湧く、どうやらお店が主催した食事の催し物らしく。その見慣れない光景にオネットは気になり足を止めた。
初めの笛の音ととも食べ始めた参加者達とそれを囲み声援を送る街の人々、その熱量は学園にあった物とは違い、感じた事がない物で。
しばらく見入ってしまったがハッと我に返りオネットは急いで図書館に向かう。
図書館は通りの広場から少し離れたばしょにあった。扉を開けて閉じれば、先ほどまで聞こえていた歓声の声は閉ざされ。馴染みのある冷たく静かな空気が通り抜ける。
「すみません「アルガレアの波」を借りたいのですか……」
「かしこまりました。少々お待ちください」
しっかりと銀髪を撫でつけた初老の司書に聞けばすぐに調べ出してくれ。初めに訪れた図書館と同様に番号が書かれたカードを差し出した。
「ありがとうございます」と受け取り。本棚に向かう。
オネットも借りたことのある魔術書だ。すぐに目に飛び込んできた背表紙に指をかけてそっと本を抜き手にとった。
(よかった)
並べられた古代語のタイトルを見て探し回った物が見つかり安堵したオネットはすぐに先ほどの司書に貸し出し手続きをお願いし。再び急ぎ足でリベルテ達が待つ宿に向かった。
昼に近づき、達賑やかさをました街の風景に気を取られそうになりながらも進み、やっと部屋の扉の前についた頃には歩き回った疲労感をオネットは感じていた。
「リベルテさんオネットです」
コンコンと軽いノックをして部屋の主に声をかけると、ガチャリと扉が開く。
僅かな隙間しか開かなかった今朝と違い。扉は広く開かれた。
「……遅いね」
「すみません、お待たせしました」
「……まぁいいよ、その本は必要だったし……」
(意外と、優しい返答が……)
もう少し小言を言われるかと思ったがリベルテは一言そう言っただけで、扉の前を退いた。
(なんだか疲れている様な)オネットから本を受け取ることもなく。部屋の窓際に備えつけられている席に着くリベルテはその背から疲労を感じられた。
「お!オネットおかえり」
「アルメさん」
声のする方がを見れば先に帰っていたアルメが軽く手を上げそう言った。
ベットにあぐらをかいて座っているアルメとその向かいには白髪の男も座り二人で男が借りた辞書を開いて見ていた。
「君達、そろそろ自分の部屋に戻ってくれないかな」
席に着いたリベルテが本をめくりながらそう言った。
「帰るよ、こいつが寝たらな」
「ここで寝かしつけをしないで欲しいって何度も言っているでしょ」
「えー」
疲れた声色のリベルテと、聞き飽きたと適当な返答をしたアルメの声にオネットが帰ってくるまでこの攻防が続いていた事が想像できた。
「リベルテさん本はどこに置きましょうか?」
オネットは空気を変えるつもりでそう声をかける、リベルテの机は本の壁出来上がっており、どこに置けば良いものか迷ってしまった。
リベルテは無言で手を伸ばしオネットから本を受け取った。
「その本、カイカームでもお探しでしたよね、今回は無事見つけられました」
「うん、わざわざ探してまわってくれたんだってね、礼を言うよ」
すでに集中している様で。礼と言いながら手元から目を離すことはない様だ。
「確か、転移魔術の構成を法的に一本化する講義書でしたよね」
「まぁ……全体で見たらね」
そう言い、本を受け取ったリベルテは読み慣れた人の手つきで分厚いページをパラパラとめくり必要なページを開いた。
「私も、転移術の解釈をまとめるために読みました。既存させている転移法とその弱点、効率化……この方、確か十数年前まで総会本部で教師をされていた方なんです。残念ながら私が入学した時にはすでに学園を去られた後の様で」
「……うん、あのさ……」
話のスイッチが入りかけたオネットをリベルテは手帳から顔を上げて見る。
リベルテに本を手渡した彼女は振り向けば部屋の一人がけソファーをリベルテの横に移動させてストンっと座った。
「……君も居座る気?」
訝しげにリベルテが尋ねると。
「はい、何かお手伝いできることはありませんか?」と、とても良い笑顔でオネットが尋ねる物だからリベルテは一瞬フリーズしてしまった。
「……無いよ自分部屋に戻りな」
「ですが、私は補佐役として同行しているのです。調査の報告書を作成するのは通常なら私の役目では?」
「ルガール魔術の状態報告もかねているから。君には難しいよ」
まるで子供を相手にするかの様な言葉にオネットはムッとし彼の手元を覗いた。
現在彼が取り掛かっているのは廃村が禁足地になった要因である大規模な魔術構築。
これはオネットも調査中見つけた痕跡の一つだ。
魔術を構築するのに必要な魔力それらは通常は人個人に魔力を使用して発生する。
しかし例外もある。廃村にあった村を守るための防御壁を構築するため大気中の魔力を集めて構成させる仕組み。
無論、只々村を囲むほどの防御壁を構築すれば。周囲の魔力循環に影響が出るが。石碑の魔術を起動させるために魔術を使えば。少しの魔力を使用するのみで済む。石碑を囲う骨組の魔術語は石碑を感知し自動で必要な魔力を送り続ける様構成されている。
小さな村で使われる魔術はたかが知れている。一番大きな魔力を使われるであろう防御壁の構築は欠損が多かったが外部から衝撃を受けた痕跡しか見つからなかった。
であれば他に考えうる事は……
村人が、もしくは村の中で大規模な魔力消費が行われた。
「大気の魔力が大規模に欠損すると魔力同士が補う様に密集する。今回の廃村が禁足地となった主原因はその様に捉えられます」
「そうだね」
「ですが、小さな村でその様な大規模な魔力消費を行う可能性は低い。もし魔術師が在住しており、なんらかの魔術を発動させたのなら。総会本部の記録に記載されているはずです、ですがそういった記載は事前調査の段階ではありませんでした」
「……」
「今回改めて廃村を直接調べる事ができ、確認した魔術の痕跡は大まかに二つありました。
転移魔術と炎魔術です、禁足地は魔力の塊ですから六年間もその圧力の中にあれば、多少の魔術の痕跡は消えてしまいますが、この二つに痕跡は発見できました。応用に応用を重ねてこの二つの基礎魔術が残ったのなら。使用された魔術はかなり改良を重ねた物。それらをなぜ小さな村で行ったのか」
オネットは自身の世界に入り考察を口に出していると。リベルテはスッと自身の手元にあった用紙を差し出した。
「その考察言葉にするだけで勿体無いからここに書いてくれる?」
突然差し出されたそれをオネットは両手で受け取るとリベルテは手元を動かし始めた。
「……机……そっち側の本どけて使って良いから……」
小さな声で言われた言葉にオネットは少しずつだがリベルテの信用を得ている事を実感した。
*
夜も更けた時間。ペンを走らせる音が鳴り止んだ部屋に響くのは静かな三つの寝息だった。
リベルテはそんな睡魔の住う部屋から逃れるために。部屋の窓を開けて、自身の身体を冷たい風に晒す。
僅かに吹く風によってまとわりつく毛布の様に暖かな空気を取り払われると。ボンヤリとした視界が晴れる。
途中報告書は書き終えた。徹夜をする予定だったが、オネットが自身の考察を横で長々と話始めたから中断させるために手伝わせたのだ。
彼女の考察は間違っていない。卒業したばかりだが。魔術に対する知識量は総会本部の修了課程以上学んでいる事がわかる。実戦にもある程度対応できる。
気が強く、貴族の箱入り。この二つを併せ持つ物にろくな人間はいないと思っていたが。
オネットにはそれとは別の要素があることに気がついた。
アルメと話す穏やかな口調からそう感じたのか。それとも魔術の事を話す時の子供の様な姿にそう感じたのか。
「「ルガルデに似ている」」
リーブルの言葉を思い出す。
リベルテは窓を閉める。体が冷えて、ぼやけた思考が働いた。
机に戻り報告書の字が乾いているのを確認すると。それらを封筒に入れ封蝋をする。
明日の朝イチ早便で出せば。明後日には総会本部に着く。魔術で遅れるが基本緊急性のない物にそういった事をする人はいない。緊急時と区別するためだ。
机の上の開いている本を閉じ軽く寄せると。ロウソクの光が絹の様に細い光の糸を視界に映す。
寝息を立てる彼女は、机の隅で腕枕をして眠りについている。
報告書を書き終えた彼女は、一言二言リベルテに話しかけたが。集中しているリベルテの耳にその言葉は耳を通り抜けてしまった。
そうして気が付けばいつに間にかリベルテの横で眠っていたのだ。
リベルテはため息を一つ吐く。このまま放置したいが翌朝、風邪を引かれたり、体が痛いだの言われるも面倒だ。
寝こけた人間の介護などした事はない。少し椅子をずらして、オネットの体を魔術で軽く浮かせて、少し雑にベットに投げ。
衝撃で起きたの彼女の体がモゾモゾと動くが、横向きに寝返りを打っただけで起きたわけではない様だ。
「これで起きないって」
少し引いた。危機管理能力が幼児以下だ。
丁度深い眠りに入っているのか。それとも夢の世界に夢中なのか。
なけなしの良心を使いオネットの体に毛布をかけてやり、その穏やかな寝顔から視線を外す。
二人部屋のベットは二つしかない。
片方を見ると、よく出会って数週間の人間と同じベットを使えるなとリベルテは思った。
それぞれの手足がそれぞれを押し除ける様に乗り上げている。おかしな状態。
彼を寝かしつけたら部屋に戻るのではないのか。気が付けばアルメすら自身を寝かしつけてしまっている。
一応、借り物なので気になって、側に開かれた図書館から借りた本を閉じ机の上に置く。
部屋の空気は冷たい風を飲み込んで。再び毛布に包まれる様な暖かな空気が漂う。
眠くは無い。眠りたくは無い。
しかし穏やかな寝顔を見ると。己の心中に言葉にできない感情が湧いてくる。
羨ましい。
投稿頻度遅くなってしまいました。
徐々にスピードを上げていける様に頑張ります。




