3−11 小さな街の風
カイカームでオネットが全員同部屋を受け入れたのは、他に泊まる宛が無かったのもあるが、泊まる事ができた部屋が、小さくも区切られた部屋付きだったためだ。
荷物置き場だろうその場所を使えば着替えなどそこで済ませる事ができる。
しかし現在泊まっている宿はそう言った部屋はなく。四角い一つの部屋にベットが二つ並んでいるだけだ。
死角が無いそんな部屋で異性の前で着替える事は普通なら躊躇してしまう。
「これでどうかな?」
リベルテが引き取らなかった白髪の男は、現在目隠しをされた状態でいた。
「見えないでしょ」
いい案を思いついたとアルメはオネットを伺うが、少女の表情はいまだ浮かない。
「そうなのですが……あの音とかもあまり聴かれたく無いです……」
「…音か………うーん………まだ早いがあれを使うか」
そう言ってアルメがとり出したのはサイドに白いふわふわの毛玉がついている。耳当てだ。
完全に音を断つわけでは無いが、つけられていると多少の心持ちも違うだろう。
「何だか見てると、不安になる光景ですね」
耳と目をふさがれた男を見てオネットはそう言い。やはり何かを決めた様にオネットは言った。
「やっぱり、リベルテさんを説得して、部屋に入れてもらいましょう」
言うや否や部屋を出てリベルテのいる部屋をノックする。
応答は無かったがしばらくして僅かながらにドアが開かる。その隙間から見える黄金の瞳からは面倒を如実に表した表情をしているのが伝わってきた。
「リベルテさん、………………あの方をお部屋に入れてもらえませんか?」
「……君も魔術師ならわかるでしょう?彼と長時間密室にいると息苦しいんだ」
「その、ですがリベルテさんなら」
「それより君にお願いしたい事があるんだ……」
(露骨に話しを逸らした!)
あからさまな話の転換をしたリベルテはオネットが動揺している間にドアの隙間から紙切れを差し出した。
「お使いに行って来て」
その言葉だけを言うと素早く扉を閉めたリベルテ。扉越しから拒否のオーラを感じるのはオネットの気のせいでは無いだろう。
「引きこもりみたい……」思わず出た言葉は意外にも廊下い響いた。
*
「おっパン屋開いてる」
街でいち早く開店するパン屋が開けば匂いに釣られた様に街の人々が活動し始める。
この街で宿に行きすがら見つけたパン屋も焼き立てのパンの香り漂わせアルメも釣った。
「お腹が空きますね、お使いを終えたらリベルテさんの分も買って帰りましょう」
「そうだな早く終わらせよ」
名残押しそうな声で言ったアルメはオネットの手に開かれたメモを覗いた。がその文字は魔術語で書かれているため、読む事はできない。
「結構な数あるな何が欲しいって?」
「魔術語表、カイサルエーデ、魔術師回想文、カリエス徒労記十九〜二十八巻、アルガレアの波…」
「多い!徒労記って何!」
「とても有名な書物です。著者の経験を交えながら魔術師のノウハウが0から描かれていて。時に冒険書の様に面白おかしく時に論理的に知的でわかりやすくと、子供から大人まで愛読者が多いんです」
「十九〜二十八巻って十巻文、本の厚さによっては大荷物だな」
「ええ、一冊は大体このこのくらいの厚みがあります」
そう言ってオネットは両手を使い拳を縦にした程の厚みを表した。
「あいつどのくらい籠る気なんだ……」
「…とりあえず、図書館の場所を確認しましょう」
「そうだな」とアルメは地図から目を離し何気何しにパン屋の方向を見た。
「ありがとうございました〜」
そうして見えたのは、定員の爽やかな挨拶と共に開けられた扉から出て来た白髪の男。
朝の冷たい風を受けながらも眉を一つ動かさずそれはそれは爽やかに白髪の髪を緩く靡かせる姿は街ゆく人の視線を奪った。
アルメもその姿に釘付けになってしまった。彼の……その両腕に大事に抱えられた紙袋一杯のパンに。
「……コイツ、勝手に初めてのお使いこなしやがった……」
まるで何事も無かった様にアルメ達の元に戻った男は袋から取り出したパンを一つまた一つと食していく。
「……全部一人で食べそうな勢いですけど」
「これを連れて歩くのか……」
「あの、アルメさん図書館内は飲食禁止ですので」
それを聞いてアルメはゲンナリとした。図書館前で待たせる事もできるが。いかんせん想定される書物量は多いのだ。彼の両手は空いており、尚且つ綺麗な状態が好ましい。
一度部屋にこの男のパンを置きに宿を戻らなければならない。
それよりもパンを食べ残してこの男は手伝ってくれるのか。
「オネット、先に図書館で借りててくれないか?後で合流するから」
オネットは白髪の男を一度見て。すぐにアルメの提案を受け入れた。
「わかりました、先に向かっていますね」
彼が袋一杯のパンを食すのを待つより、先にオネットが本を借りに行った方が効率が良い。そうオネットも思い一人、街で一番大きな図書館に向かった。
両手に握った杖を後ろ手に持ち、歩く。かすかに吹く冷たい風が髪の毛の間をすり抜け、耳が少し痛むがそれも清々しい朝には心地よいものの一部だ。
曲がりなりにも令嬢。生まれてこの方たった一人で街を歩いたのは片手の指で数える程度しかない。
総会本部内の学園には学校生活に必要な物は全て揃う上。一生かけても読みきれないであろう書物が所蔵されているのだ。外に出る機会は愚か、その気すら余程の事が無い限り起きない。
自身の今までを振り返れば、リベルテのことを引きこもりなどと言う資格は無いと、穏やかな街を歩みながら思う。
街で一番大きな図書館は煉瓦作りの建物で、大きさ以外で言えば周囲の民家とそう違い無い作りをしており、看板がなければ通りすぎてしまう建物だった。
中は一応二回だてになっているが、吹き抜けになっており。見たところ本の所蔵量は多く無い様だった。
「すみません、このメモの本をお借りしたいのですが、ありますか?」
「ん?ああ〜ちょっと待ってねぇ」
受付には年配の男性が一人おり、その気安い口調の接客にオネットは初めて戸惑ったが、何処かゆったりとしたその雰囲気にオネットは新鮮さを覚えた。
奥から子供のクスクスとした笑い声が聞こえ、この図書館は勉学をしに訪れる人だけではなく、街に住む人々の憩いの場所にもなっているのだろう。
「おじちゃん!この本借りたい!」
「はい〜、ちょっと待ってね、それと図書館では小さい声で」
「はーい」
「おまたせ、ごめんねカリエス徒労記は今二十巻から先は貸し出し中になっていてね」
そう言い、老人は長方形のカードを差し出してた。カードにはオネットが差し出したメモに書いていた本のタイトルの横に本棚の位置番号が書かれていた。
図書館を見た感じ受付け以外で司書の姿が見えないのでこの図書館では借主自ら本を探して受付まで持ってくるのが基本らしい。
「わかりました。ありがとうございます」
オネットはカードを受け取り番号を確認した。「魔術語表 16−5」
本棚の側面に大きく書かれている番号を見る「1」「2」「3」それらを追って「16」番号の本棚まで辿りつく。
そして下から5番目の段で「魔術語表」のタイトルを見つけ、本棚から抜き取った。
「魔術語表」はタイトル通り、魔術語とその魔術の特性や成り立ちが書かれている魔術師にとって基礎となる部分が詰められた教科書だ。
見慣れた冊子は年金が入っており多くの人の手に取られて来たのが伝わった。
(次、一番近いのは、アルガレアの波「20ー4」この本、前回も頼まれて借りれなかった本だ……確か転移魔術の構成を法的に一本化して追跡阻害が起きないよにするべきと記載されていた……)
自身も読んだことのある本のタイトルにその内容を思い出しながら、先ほど同じ様に本棚の番号を追う。
(あった)
そうして二冊目の本を手に取ろうとした時。
「あ、」
視界端から伸びた手がオネットの目の前に本棚の空白を作った。
タタタっと駆けていく音にそちらを見れば、本棚の角から赤いマフラーがチラリと見えた。
(まるで逃げていく様な……追って奪う真似はしないのに……)
思わぬハプニングに遭遇し、眉を下げたオネットだったが直ぐに気持ちを入れ変えて次の本を探す。
カイサルエーデ、魔術師回想文、カリエス徒労記十九巻、どれも分厚い本は一人で持つにはいささか重い。
ヨイショっと受付カウンターに本を置いて貸し出し手続きをするために年配の受付に声をかける。
「お嬢ちゃんよかったねー、今さっきカリエス徒労記が返却されてね〜」
「本当ですか」
「うん、直ぐに手続きするから、身分証を定時してもらえるかい」
「はい、ありがとうございます」
オネットは魔術師の身分証を取り出し、受付に差し出した。
街を行き来するには身分証が必要だ。その種類は市民登録で得られる身分証だけでなく、仕事で様々な街を行き来する人が持つ身分証も存在する。冒険者には冒険者の身分証、魔術師には魔術師の身分証。他にも行商ギルド。そして貴族席の身分証も存在する。オネットは貴族席の身分を持っているが総会の学園を卒業してからは総会に所属している身分証を活用している。
成り立てだからか。身分証を提示するたびに口元がニヤケそうになってしまう。
「外からの魔術師さんだね、街の滞在期間はどのくらいかな?」
「えーと、四日程になります」
リベルテから聞いていた日数を言うと受付の老人は驚いた声をあげた。
「四日でこの本全部?すごいねー」
オネットも苦笑をしてしまう。
本の種類によるがここにある本はどれも分厚く、幼少期から魔術書の友であるオネットもとても四日で読み切れる量ではない。
「それじゃ四日後、必ず返却してね」
「はい、ありがとうございます」
手続きを終え返された身分証を受け取りカウンターを見る合計十冊以上の本が三つにわけられオネットの胸の高さ以上に積まれている。
「一人で持って帰れる?」
「一応、後から人手がくる予定で……」
「あ、いたいた」
「アルメさん」
ちょどよく、なぜか本棚の奥から現れたアルメ達、どうやらオネットが本を探している最中にはすでに図書館に到着していた様だ。
「お友達がいたのね、良かったねー」
「はい」
少し早歩きで受付に近づくアルメと白髪の男その男の手には本が持ってある。
「借りられるのですか?」
「うん、いつに間にか持っていたから。興味あるなら暇つぶしに借りさせようと思って」
そう言いアルメは男の背を軽く押し受付に誘導っせる。
「この本もお願いします」
「はーい、身分証見せてね」
受付の指示に従い、アルメは男を誘導しながら貸し出し手続きをさせる。
オネットは待っている間一冊だけ借り無かった本のことを思う。カイカームの街でも借りれなかった本、再び無いとなるとリベルテは困るのではと思い手続きを終えた受付に尋ねた。
「すいません、「アルガレアの波」は本棚にある一冊しか所蔵させていないの無いのでしょうか?」
「んー?あれ、そういえばアルガレアの波が無いね、もしかして本棚に無かった?」
「いえ、あったのですがちょうど他の方と重なってしまって…」
「そうなのか、まだ貸し出し処理されていないけど……今は一冊しか内にないんだ……」
そう言い老人は眉を少し下げた。先ほどのオネットより先に本を取った人物がまだ図書館内にいるのだろう、しかし読んでいる最中にしても他の本を物色している最中にしても。すでに手にとってしまっている本を渡して欲しいなど言えない。
「そうなのですか、お手数をおかけしました」
「いえいえ、この街には小さいけれど他にも図書館があるからって行って見ると良いよアルガレアの波なら有名だから必ず所蔵されているだろうから」
「はい、ありがとうございます」
「オネット。この本達、先に宿に持って行くから、他の図書館巡って来なよ」
「いんですか?それなりに重いですよ」
「大丈夫、すいません箱か袋か何かお借りできませんか?」
「うん、風呂敷ならあるよ」
カウンター下から取り出された大きな風呂敷に慣れた手つきで本をそれぞれ包んで行く。
「これで落とさない。うんいけるいける」
しっかりと包まれてた本を両手で抱えて見せるアルメ。
「ありがとうございますアルメさん」
アルメの提案でオネットは二人と分かれて、本探しを続行した。
子供の声が響く街にそれなりに時間が経っていたことに気づき。オネットは歩みを早めた。




