2−13 窮屈な
いくどまたっかわからない
いくどよんだかわからない
それでも信じて待ち続けるしか、その娘にはできなかった。
争いが続き、娘はより身を隠して生きてきた。暗く深いその場所は身を隠すにはうってつけ。
生まれてから空腹を感じない娘にとって外に出るほど、恐ろしい事はない。
だから、生きる、と言う事を思えばこの場に隠れるしかないのだ。
しかしある時疑問に思う、隠れ続ける事は果たして生きる事になるのだろうか。
あの人が言った生きるとは違う、生きる事は、もっと自由で、もっと楽しく、もっと明るい。
それを知ってしまった今。娘には今を生きているとは思えない。
ここから出たい、ここから出なければ、ここから出て自由に、思えば思うほど今に不満を持ってしまう。
約束をしたはずなのに。外に出てはいけないのに。始めて抱いたその欲に娘は抗うことができなかった。
大昔、今は古代と呼ばれるその時代。欲を抱いた一人の魔女のただの記憶の話。
*
「君たちが相対した魔女は、十年前にカーシェとしてこの邸に務め始めた」
アルメ達がラシオンに連れてこられたのは、アシヌス邸にあるリーブルの執務室だった。
「十年も前に」
「恥ずかしい話だ。当時はエグレゴア総帥の入れ替えがなされてな。魔術師全体が混乱状態に陥った。うちも例に漏れずに……そのためか、内部の人員調査がずさんになってしまったのだろう」
何が恥ずかしい話なのだろうか、十年前のエグレゴア総帥はリベルテの父の話だ。アルメは目の前で腕を組み、ラシオンの報告を聞き終えた眼帯の男、魔術師総会総帥リーブル・アシヌスの事を“白髪の男”をまるで人として扱っていない様子を見てから、冷徹に見えてならない。
「しかし、防御壁内にどう入って来たか…まぁ予想するに、本体はあの鎧だろう」
「鎧?」
ラシオンが静かに尋ねる、眼鏡は無事取り返し、あの恐ろしい表情は鳴りを顰めている。
「あの鎧は古代の遺産だ、元はアシヌス家に使えていた私兵の物でね、まだ国が一つになる前、経歴四百六十七年から五百七十七年に起きた争いの事は君達も学校で習ったはずだが、その当時は秘密裏に魔女と取引し鎧に強力な守りを施す騎士が多かった。そう言った物は千年以上経った今でも魔術は残り朽ちる事はないからな、資料として、保管していたんだが……」
リーブルの仮説では。鎧を保管していた魔術具の劣化が進み、魔術を封じる力が逆に働いてしまった。それにより古代の魔術が発動し、残っていた魔女の魔術がカーシェを生み出した。
「魔女の…………弟子だったなんて……」
アルメの背後、ピタリと引っ付いているオネットからショックを受けた声が聞こえる。心情をなんとなくだが察知したアルメは、慰める様に、後ろに腕を回し背中を軽く叩いた。
「とわいえ、十年間も大人しくしていたんだ、私が魔女の魔力を察知できたのもごく最近……恐らく使用人から血を拝借して、魔力の保有量が上がったからだろう、本来の魔力は本部の防御壁が感知でき無いほどだったが魔術も碌に使えない状態で良くここまで成長できた物だね」
「関心している場合ですか、ここには貴族席の使用人もいると言うに……」
ラシオンが少し呆れた声で言う、元々総会本部の学園に在学していたからか、いつもより少し砕けた口調で話している。
「すまない、魔女の資料は少ないのでね…君たちが見つけてくれなければ、怪我が出ていたかもしれない。感謝する」
リーブルは穏やかに微笑み、目の前に立つ四人に笑みを向けた。
その後、アルメは、警備の改善作を提示するラシオンの背を見ながら、すでに会話が魔女に関する事から外れて行く事に、何故だか、置いていかれる気持ちになった。
(そっか、カーシェさんは魔女なんだ……)
周囲の冷静な反応。そしてどこか寂しさを覚える現状にカーシェがこの数日でアルメにとって、好意を抱く人物であったと思い至る。
そして十年も潜み、紛れる事を選択していたのに、何故今更そうする事をやめたのだろう。
私はただ、ここから出たいだけ。 そんなカーシェの言葉を思い出す。
「それでは、後日、人員配置の訂正箇所を報告します、のちギルドからも個別に魔術師に協力を仰ぎます、すぐには返事をもらえないかもしれませんが」
「今はエグレゴアの解散で大揉めだからね、在籍している魔術師は、グランとの関与を下手に疑われるわけにはいかない、仕方無いとはいえ、人で不足は苦しいね」
話の区切りが付いたからか。リーブルは背もたれに体重を預け、そんな弱音を吐いた。
「質はとわず、人数を増やせ、と騎士団長が先日おしゃっていました」
報告の際に一切口を開かなかった。アシヤがここで自分が正式に所属している団長の伝言をつたえる。
「内は繊細なんだ、と伝えてくれるかな」
太めの眉にノワールを投影しながらか、リーブルはアシヤに目を細めてそう返した。
「了解しました。それとこちらに派遣した騎士ですが、一週間後には半数ほどこちらに戻したいと」
「……元々、騎士団の管轄をこちらが受けおったんだが……」
「別件捜査と言う経緯で動く予定です。いくらか動きが見受けられたんで」
これは自分が聞いて良いのだろうか。忘れられている感じがヒシヒシと伝わって来て。そろそろ声を上げるか、このまま退場するか、アルメが迷っていると。ヨロヨロとオネットがアルメに背から抜け出た。
「人で不足でしたら、ぜひ私に協力をさせてください」
まるで幽霊の様に、二人の男の間を通り抜けオネットはリーブルの前に現れた。
視界に突然入り込んだ少女、それも自身が避けている事柄を思い出したリーブルは、苦笑しながら言葉を選ぶ様に話始めた。
「……オネットくん、改めて協力ありがとう、しかし、学生である君の危険な行為を見過ごすわけにはいかないな、後日反省文を提出してもらうから、今日は下がっていい」
「ええ、喜んで提出しに来ますとも、この邸宅にお招きいただけるのであれば」
「……」
「理事長、いえアシヌス閣下、あれから一週間経つと言うのに、父からの手紙は一向にこないのです、流石の父でも自身の娘を推し売りしている勢家からの手紙を蔑ろにする事は無いはずですが……
もしや、閣下ともあろうお方が、手紙を出し忘れた、と言う事はありませんよね?」
先ほどまでアルメの背に隠れていた少女は、
まるで陸に上がった魚の様に、
まるで餌をねだる猫の様に、
まるで般若を彷彿とさせるオーラを放ちながら、リーブルに詰め寄る。
「今は自分の行動の何が間違えか考えるべきではないか?心配しなくても忘れてはいない、また、時間が取れ次第話そう」
リーブルはそう言い、オネットを寮に帰る様に促したが。オネットも今帰れば、また話をうやむやにされたまま、放置されると悟り、是が非でも帰らぬと再び口を開こうとしたが、先にリーブルが再び言葉を発した。
「すまないが彼女を学生寮まで、送ってくれないか」
「ちょっ!」
言われるや否や、オネットは斜め後ろから肩を掴まれ、体を反転させられた。
アシヤは少し可哀想な者を見る様に、眉を下げているが、オネットの体を押す力強く、その容赦のなさに今の状態でいくら言葉を募ろうと話合いはできないと悟り、オネットは不機嫌な表情で自らドアノブに手をかけた。
「一人で帰れます。理事長、反省文は後日、必ず、こちらに提出しに来ますのでお時間をいただきたく存じます」
そう言い、深々と礼をして退出したが。オネットの丁寧な言葉から有無を言わせぬ圧を感じたのは、言葉を向けられた、リーブルだけでは無いだろう。
アルメは最後交わされた視線を思い出す。その不服をありありと表した表情からは、現状がどれだけオネットには窮屈で息苦しい状態なのか、わかってしまった。
結局拒否されても言われたことを実行するアシヤは、オネットを送るため共に部屋を退出した。
部屋はアルメ、ラシオン、リーブルとなり、見晴らしの良くなった、光景にリーブルは、誰にも聞こえないほどの、ため息を吐いた。
「君達も、改めて協力を感謝する、後日報酬をギルドに送ろう」
アルメとラシオン、二人を交互に見てそう言ったリーブルは魔女の話をしていた時よりも随分と疲れた顔をしていた。
ラシオンも、お世話になった人物のそんな表情を見て心中を察し、軽く頷いて礼を述べた。
「了解しました。また、何かあればいつでも呼び出しに応じます。今日はこれで失礼します」
テキパキと言った感じに部屋を出るラシオン、アルメも後に続くこうと足を一歩前に出すが。どうしてか、言わなければならないと思い、リーブルに向き直った。
「何かな?」
リーブルはそんなアルメの挙動を見て、疲れた顔をしているが、まるで子供に接する様に笑みを浮かべて優しく尋ねてた。
「ぁあの、カーシェさん……ただここから出たいだけって言ってました」
リーブルはその言葉に少し、驚く、カーシェの事はすでに片付いた事として認識していたからだ。
「ここは広くて、沢山の人が働いて、魔力も多いのに、潜んで生きるんじゃなくてここから出たいって
…………きっと人によっては……窮屈なんだと思います……」
辿々しく紡がれた事は、その最後の言葉にアルメの伝えたい事は詰まっていた。
言い終え、アルメは無言でお辞儀をし部屋を出た。
「窮屈……か……」
それはリーブルにも理解できるものだった。
*
とぼとぼと邸宅から続く廊下を通り使用人寮に帰るアルメ、ラシオンは先に出ているので、リーブルの執務室から出た時はすでにその姿は見えなかった。
もし会っても向かう場所は違う上に、途中までの道で小言を言われ恐れしかないので、別に良いのだが、モヤモヤとした感情を誰かに聞いて欲しい感情があり、このまま寮に帰っても眠れる自身がなかった。
(ローリエの寝顔次第で、叩き起こすか決めよう)
そんな、酷い事を考え思いつき、アルメ達が借りている部屋のノブに手をかけた。
「ギブッギブ!」
中を開けば、ローリエは現在進行形で、ラシオンに怒りの寝技を決められており、その顔はいつもの寝顔よりも悲惨なものになっていた。
数秒確認を済ますと、アルメはそっと音をさせずに扉を閉めた。
不思議なことに、扉を閉めれば中の悲痛な声は聞こえない。そんなことに気づいて数秒後、心なしか重くなった足を動かし、人がいない寮のロービにあるソファーを目指す。
長い夜は、まだまだ続く様だった。
白目 ヨダレに鼻提灯 バレエーション豊かなローリエの寝顔です。




