2−12 隠れられない魔女
月明かりを反射したのは、ひしめく鎖か、砕けた防御壁か、それとも鋼の剣か。
「!?」
その刃は光に包まれ、鎖の群れを切り開いた。
背を向けてアルメ達の前に現れた短髪の青年は、月明かりだけではその髪色はわからなかったが、白い衣服は師団のものだ。
「良かったぁ」
オネットは杖を伝いながらヘナヘナと地面に座り込んだ。助けが来たのだ。
士団員の青年は魔女から目を離さず、アルメ達に声をかけた。
「お前達、そこを動くな」
その声、アルメにはどうしてか聞き覚えのあるものだった。
突然現れた新たな獲物、しかしカーシェには喜びなどない。
隣に立つ鎧と指を絡めて、まるで恋人同士の様な佇まいで青年を見る。
そんな姿をみせられ、青年の太い眉はわずかに顰められたが、構わず接近し高さの違う二人の首を一撃で両断するため、剣を斜めに振り下ろした。
防御壁に阻まれたが、魔力を込めた一撃は鈍い音を立てながらわずかに亀裂を入れた。
魔女は目を見開き、虚ろだった瞳は怒りを宿し、的を睨みつける。
「さすが士団員さんですね」
(へこんでる)
オネットは両手を地面に着き、疲れた声を出すので、アルメは慰めに彼女の背中をさすった。
「《カシェットルーマー》」
(魔術語?)
現代において魔術の詠唱をする者はいない、媒介となる杖や剣に魔術語を刻文する事で、体内の魔力を操作するだけで刻文している魔術を効率的に使用する事ができる。
防御壁を生み出し攻撃に備えながら、再び魔女に接近し剣を振り下ろした。
しかしその姿は目の前から消える、魔力探知を行なっていたが、ヒソヒソと耳元で囁く声が聞こえ、まるで周辺に大勢の人がいる様な感覚によって探知が鈍る。
一旦距離を取るため後ろに下がり、霧を晴らす様に魔力を込めた一撃を放った。
風魔術だが、オネットが先ほど使っていた物と形が変わっており、弾丸ではなく剣を振り下ろした放物線の型で放たれた。
横凪に切ったその攻撃は広範で周囲に舞う魔術を切り裂いていく、やがて何かと衝突した様に相殺したのを見て間髪容れずにその場所に攻撃を繰り出した。
「ック」
当たりをつけたその場所には姿をくらました魔女が騎士に守られ、苦虫を噛み潰したような顔をして、亀裂の入った防御壁越しに青年を憎々しげに睨んでいる。
「壊せていないじゃないか」
再び聞こえた男の声、その声は魔女の目の前の青年から放たれたものではない。
「ラシオンさん⁉︎」
聞き覚えのある声に、アルメは今度こその人物の正体にすぐに気づく事ができた。
しかしその出で立ちにアルメは目を見開いて疑問の声を上げた。
「いつ転職したんですか⁉︎」
「一時的な人員補充だ」
普段見かけるギルドの制服ではなく、腰に剣を下げ、白を基調とした魔術士団の制服のラシオンは眼鏡を上げて不機嫌な声でそう返した。
ラシオンはそう言いアルメ達の姿を目に入れると、魔女と戦っている青年を無視してアルメ達の元に転移した。
「ラシオンさん、ローリエから聞いて来たんですか?」
「いいや、元々ローリエと同時期に士団員の補佐に入った、あいつにもそう伝えていたはずだが…」
「手紙、来ましたか?」
「来てないが」
「……」
アルメは今頃ヨダレを垂らし爆睡しているであろう、少女を思い浮かべ項垂れた。
「傷を見せろ」
「オネットが治療してくれました。今はどこも痛くありません」
ラシオンはその言葉を聞きオネットと言われた少女に視線を向ける。
「魔力を消費しすぎただけです」
両手を地面に突いたままの姿勢でそう言う少女、ラシオンも外傷は無いと判断し、アルメ達に防御壁を施して魔女へと視線を向ける。
未だ防御壁に剣を振り下ろし、魔女を追い詰めている様だが、その防御壁は亀裂を入れるのみで、破かれる様子はない。
ラシオンは剣を抜き、刻まれた全てに魔術語に魔力を通し発動させた。
「下がれ」
言うや否や、攻撃魔術を放つ。斬撃は白く雷を纏っていた。
「おい!」
既で避けた青年は、太い眉の間に皺を寄せ、ラシオンを睨みつける。
しかしラシオンは気にせず転移で接近し追撃を繰り出す。二度も同じ威力の攻撃を受け、魔女の防御壁は破片を散らし破れた。
ラシオンは剣を握る手に力を込めたまま、魔女目掛けてその切先で首を切る。
しかし鎧によって阻まれ、その威力を止められてしまったが、青年は好機と捉え、魔女の背後に回り込み、斬り掛かる。
「《カシェニード》」
再び聞こえた魔術語、斬り掛かる二人は、足元から魔力を感じ、距離をとった。
その判断は正しく、魔女を中心に地面から針山の如く鋭い刃が二人を襲った。
切り、潰し、避けながら、二人は無傷で距離を取る。
「一つ知りたいんだが」
ラシオンは魔女に声をかけた。こんな時になんだと青年は太い眉の皺をさらに深めラシオンを睨む。
「どうやって本部に入った?」
「どうやって……私はずっと、ここにいたわ」
虚ろにそう言う魔女の答えにラシオンは返事を返さず。再び魔力を込めた剣撃を繰り出した。
魔女も手を掲げ魔術語を唱えようとしたが。無防備に掲げられたその手は青年の剣によって腕から切り離された。
飛び散る血はまるで人間の様なのに、青年達は躊躇なく、魔女の心臓を貫いた。
アルメは魔女と言う生き物を未だに理解出来ないでいる。
リベルテが言った魔力生物と言う単語で聞けば、人と区分する生き物であることはわかるのだが。
目の前で血を流し、息絶えた姿のカーシェはアルメと共に昼食を食べ、アルメ共に仕事をし、他の使用人達と変わりない存在に見る事ができた。
「アルメさん」
わずかに気遣う声色で、オネットはアルメに呼びかけた。
巻き込んでしまったのに。彼女の方が随分と大人びている。
「オネット、魔女ってどうやって生まれるんだろう」
「……魔女の出現の確かな定義付けはされていません。分身体による増殖方法は現象として学園でも習いますが。生まれる、と言う事はないのかもしれません」
「生まれるんじゃないのか卵とか、人からとか」
「軽いホラーですね」
オネットはクスリと笑い、再び口を開いた。どうやら、詳しく話してくれるらしい。
「定義付けはされていないとありますが。魔女の誕生については数多の論文が書かれています。その生態の仮説や理論を構成するために用いられる前例として、ほとんどの論文には動植物の魔獣化が挙げられます」
「魔女もおんなじってこと?」
「あくまで仮説です、もし魔女が魔獣化の一種ならその知能の高さ、人同様の姿をしている事から、元となるのは人と言う結論が出ますが。本当に人が魔女化するなら、今の世界はもっと疑心暗鬼で魔女に対する恐怖心は強いはずです。でも、ほとんどの人は魔女を噂話程度の認識でいる」
「……私も実際に関わるまでは、昔話の中の人物だと思ってたよ」
魔力と密接に関わる、魔術師になる事でようやく身近に感じるもの。
アルメは顔を上げ再び地面に倒れたカーシェを見る、鎧も同様で籠手や胴、兜の部分がバラバラになって転がっている。
二人の士団員が剣を収め、魔女の死を確認すると、青年が剣の魔術語に魔力を込めた。
以前何処かで見た青白い光が宙に舞い何処かへ向かう。
「他の士団員が来るまで話を聞きたい」
ラシオンが近づきアルメ達に話しかけた。ラシオン自体は魔女の存在を知っているため、アルメがこの場にいる経緯を察しその点についての事は軽く頷き、想定通りという顔をしていたが。
アルメがオネットに協力を求めた事に対して、眉間に皺を寄せた。
「学生を巻き込むのはいただけない、しかも貴族の令嬢と知っていたんだろう?」
「すみません、軽率でした」
「あの、本当は学園に徘徊する鎧がいるかだけの確認を頼まれただけで、私が自分の実力を見誤った行動をとってしまったのが原因で、魔女と鉢合わせてしまったんです!」
オネットはアワアワとアルメを庇うため言葉を並べるが、ラシオンは眉間に皺を寄せたまま二人を見下ろす。
「ローリエはどうした?」
「寮にいます。ラシオンさんから手紙が来るのを待っています」
寝ているとは言わなかった。火に油を注いでしまうから。
「送ったのはいつだ?」
「二日前です」
「俺宛の手紙はギルドから士団員寮に送ってもらう事になっている、二日前なら既に届いているはずだが」
「……」
何も言えないアルメ、ラシオンはため息を吐き眼鏡を上げる。
「はぁ、まぁいいどうせギルドの配達番号を間違えたんだろう、宛先もギルド名ではなく俺宛に書いたから、今頃その間違った家に手紙が届けられているかもな」
「それって、大丈夫なんですか? ここに魔女がいるなんて街中に流れたら」
「大丈夫だろう、普通に考えれば知らない名前宛の手紙は郵便局に返すだろうし……あいつの書く文章を解読できる奴はそうそういないだろう」
アルメはそれを聞いて、納得した。ローリエの文は歪だ、元々タイバンの街から近いとは言え、地方の訛りが強く残る土地。尚且つ勉学があまり好きでは無いローリエは、村の教会で開かれていた教室も積極的に参加して来なかったそうで、ある程度文を書けるが、主語が無かったり、述語が街では使い馴染みの無いものだったりと、ローリエの手紙は完全に暗号と化してしまっているのだ。
「……そうですね」
「手紙は後で、どこに送ったか本人に聴く」
ラシオンが唐突に中庭の入り口に視線を向けた。つられてアルメ達もそちらを見れば、明かりが近づき、数人の白い隊服に身を包んだ士団員が現れた。何人かは寝起きなのか、寝癖の様に髪が跳ねていたり、隊服のボタンをかけ間違えていたりしている。
「お疲れ様です、後ここは我々が行います。」
「ええ、お願いします」
ラシオンはそう言いアルメ達に目線を向けた。
「彼女達は、ギルドが雇った捜査人です、邸内に魔女がいる可能性が出たので、真偽を確かめるため派遣しました」
ラシオンの説明にオネットは驚いたが、せっかくの気遣いに水を差さないために口をつぐんだ。
軽く報告を済ませたラシオンとアルメ達は中庭を後にする、その前にもう一人の青年がラシオンに声をかけた。
「そいつらも。連れていくのか?」
「ああ、アルメは使用人だった魔女の様子も知っている」
魔女と戦闘している最中の青年は常にアルメ達に背を向けていたためわからなかったが、その正体は第三騎士団員、アシエだった。
転職したのか、などとは言うまい。
ラシオンと同じ人員補給のためにその白い隊服に袖を通しているのだろう。何より一度同じ言葉をかけたラシオンが近くにいては、ボキャブラリが貧相だと思われかねない。アルメは余計な言葉を言わずに、助けてもらった礼を伝えるだけにとどめた。
「転職はしていない」
「はい、さすがに察せます」
しかし、どうやら言われたかったらしいアシエは、アルメを見るなりそう放った。
「お前は、このまま士団員の調査に協力しろ、俺は今から二人を連れて報告に…」
「なぜ、お前が行く必要がある?先に俺が到着した」
そんな会話にも構わずラシオンはそうアシエに言うが、アシエはその命令口調が気に食わなかったのか、ラシオンに反論した。
「魔女の確認はギルドが請け負った仕事だ。その件と、ついでに討伐報告をする。お前が来る必要はない」
「…………」
ラシオンの言葉に、アシエは食い下がる事はなかったが。次にとった行動に、アルメ達は驚いた。
「フンッ」
アシエは何を思ったのか、ラシオンのかけていた眼鏡を奪い。そのまま中庭から走り去ってしまった。
(えっ子供⁉︎)
アルメ達が驚きで声を出せないままでいると、ラシオンは数秒おいて低く深いため息を吐いた。
そして急いで後を追うことをせず、ラシオンはゆっくりと歩き始めた。
「前、見えますか?」
「見えるが、何だ?」
わずかにこちらに向けられた目はいつも以上に鋭く、声にはより怒りを感じる。
「いえ、すみません」
普段からギルドに出入りしているアルメがその声を聞いて萎縮しないわけがなく。
ラシオンに連れられ、歩いた夜のアシヌス邸までの道のりはとても肩身が狭い物となった。




