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くいかえし  作者: Kot
スイトピーの様な
32/101

2ー6 衣装合わせ

アシヌス邸内の中庭沿いの通路、やっと笑いから回復したリベルテは、中庭に出て等間隔で並んでいるベンチに腰掛けた。


「衣装合わせだよ、今は休憩」

「い、衣装合わせ、ますます現状がわからん」

リベルテは下を向き手をさする仕草をしながら答えた。


「卒業パーティーで僕達のことを魔術師総会に在籍している魔術師達に紹介するらしい」

「?よかったな」

「僕達はエグレゴアに連れ去られた孤児達と同じ扱いになるらしい」

「実際そうじゃないのか?」

「君は僕達に随分同情的だけど、実際は違うよ。」

顔を上げたリベルテは少し口角を上げただけの笑みを浮かべていた。


「君が僕に言った言葉通りだ、僕がした復讐は最終手段だった。グランをカリヤを殺す事ばかり考えて、あいつらに見合った罰を与えるなんて考えて無い。

ただ殺したい殺人犯と同じ思考だ、僕は自分と同じ目に合って来た同期共もみんな殺した、邪魔だったからだ。

 君とは違う、魔獣なんて自然災害。そこから自分が納得できる生き方を実現しているんだ、

君の復讐とは違うよ」


「…お前、後悔してるのか」


「……君は魔獣を食したあと満足できる?」


「少なくともその瞬間は」


「……」


「でも、本当に満足できないから、こんな生き方してるんだと思う」



「リベルテ……」


「ああ!イケメンとサボるな!」


「お前が言うな!」


突然現れたローリエによってアルメの言葉は切られてしまったがアルメ自身、何かを言葉にして伝えることが出来るほどリベルテの心情を理解できていないため、そのまま話を続けることなくアルメは仕事の時間を言い訳にローリエと共に慌ててその場を離れていった。


「お前は着いて来るな!」

もちろんあたり前の様に白髪の男が着いて来るのはもはやお決まり、そんな光景を目にしながら、リベルテは座ったまま空を仰いだ。




 





数時間前

 

ノワール第三者騎士団長に連れられリベルテと白髪の男は魔術師総会総帥本部内にあるアシヌス家本邸に連れて来られていた。

あの騒ぎの次の日何故かリベルテの首にかけられていた魔術抑制の首輪は外され、代わりにリベルテは彼がまた暴れない様にリガール魔術を施す様言われた。リベルテの斜め背後を歩く彼の首には黄金の魔術抑制陣が浮かび上がっている。

「どうして本邸に?」

「流れが変わった」

「流れ?」

リベルテが聴くとノワールは少しの間を置いて簡潔に説明した。

「エグレゴアに在籍している奴らはほとんど貴族席の奴らばかりでな、お前達の身元を引き渡せとうるさい」

リベルテはその一文で納得した。貴族の言葉は重いそれも数が揃えばその重圧には、例え騎士団でも飲まなければならないだろう、現状騎士団管轄で進んでいたグラン関連の調査をどうやら魔術師総会の管轄に変えるようだ。


魔術師総会も多くの貴族席の者が在籍しているため、これで容易にリベルテ達の身柄の催促もできなくなるだろう。

「私刑にでもしたいのかな」

「ハッ担ぎ上げるって手もあるけどな」

「まさか」

そんなことをしても何の意味もないだろうに、そんな話をしていると、やがて一つの部屋の前に立ち止まり部下の騎士が扉をノックした。


「連れて来ました」


返事もなく扉が開かれ中から姿を表したのは、白い服を身につけた魔術師団員だった。

「申し訳ありません、総帥は現在お取り込み中でしばらくお待ちください」

騎士団長を確認した団員は彼等を中に通しそう伝えるとノワールはまるで家にでも帰って来た様にドカリとソファーに片脚を組んで座った。

「まだ片付いて無かったのか」

ノワールは部屋の入り口に立ったままのリベルテと白髪の男に視線で座る様に合図をした。


「待つ間昔の話でもするか?」

片眉を上げ意地悪そうにそう言った男にリベルテは少し不機嫌な顔を作りその目を見据えた。

「睨むなよ……まぁそうだな……」

ノワールはそこで少し言葉を切ってリベルテを見据えたまま、口角を上げた。

「生きていたんだな」


「喜びが隠しきれていないぞ」

歓喜を抑えた様な声でそう言ったノワールにそに声はリベルテの背後から聞こえた。

突然部屋に現れた男の声、この屋敷で許可もなく転移を使用できる人物は一人しかいない。


リーブル・アシヌス、その眼帯の人物はリベルテの肩に手を置いた。

「待たせてしまったね」

「本当に魔術師は遅い」

「どうにも忙しっくてね、何処かの誰かと違って」

「予定通り行動できる様調整しているだけだが」

 

リベルテの背後から上座の一人掛けのソファーに座った男は微笑みを浮かべていた。


「本題に入ろうか」

リーブルはそう言うと端に控えていた使用人から一冊の手帳を受け取った。


「この手帳に見覚えは?」


よくある革の手帳、使い古された物で、手帳と言うには分厚い。


「ある、これはグランが持ってた物だ」


「……それ以外では?」

そういうリーブルにリベルテは訝しげな視線を送った。


「…………ない」


「中を開いてみろ」

言われた通りに表紙を開いた。その内容は予想通りほとんどが魔術語で記載されており魔術の研究内容だろう。開いた一ページを見た後リーブルに視線を送ると続けて中を確認する様言われた。


違和感はすぐに訪れた。

ぐちゃぐちゃな中身何度も上から描き重ねており、一部読み取りにくい所があるが描き足られた字と最初に描かれていた字は違って見え、さらにその文字は何故だか懐かしく見覚えのあるものだった。


「これはリガール魔術の言語調整文だ」

わずかな文の違いで効果は変わる、リベルテの父も何度も手帳に試した魔術語をメモしていた。


視界に重なる、かつての手帳の姿。


「それは、ルガルデが使用していた手帳だ」

その言葉を聞くまでもなくリベルテは気づいてしまった。


記憶の中、父の手元を覗き込んだ時に見たページ、父はまるで、物語を紡ぐ様に小さな字でページ一杯にメモを取る。幼いながらに次々と描かれていく魔術語を綺麗だと思った。


しかし今開いているページは、上から赤いインクで父の魔術を妨げる様に上書きされていた。


「狂人の思考は理解できないな」


理解ができない、リベルテの頭の中はその言葉で埋め尽くされてしまった。


何故ここまで、リベルテを苦しめるのか。

 

父であるルガルデの死後、リベルテに残っているのは自身の身に宿ったリガール魔術だ。

身に宿るそれは決して自身から離れていかない特別な代物。

しかしどれだけその魔術と向き合っても、父の面影は曖昧でリベルテの記憶にはその姿を表してはくれない。


当然だった。受け継いだなどと言う綺麗な言葉で表して良い物ではない、奪い取った物それがリベルテに残った今のリガール魔術だ。


それ以外父の遺品は無かった。


今手元にある手帳も先ほど見た記憶とはかけ離れ、そして何よりリベルテ自身が父の手帳であると認識できなかったことに心が押しつぶされてしまいそうになった。


「リベルテ……」

言葉を発せず茫然としてしまったリベルテにリーブルは優しく声をかけた。


「君にはルガルデの意思を継いでほしい」


「?」


「聴取を終え、エグレゴアの建物無いもあらかた調べ終え、わっかた事で、グランは国内各地で幾度も実験を行なっていた様だ。そしてその実験場となった場所は現在問題視されている禁足地増加と大きく結びついている」


「禁足地?」

リベルテにとっては寝耳に水の情報だった。魔力の密度が上昇し続けると、魔力の塊の様な現象が起きる、生き物はその地に足を踏み入れれば、強い魔力の圧迫により重度の低魔力症状になる。


言うなれば地上に存在する無酸素空間。当然人は住めず古くから禁足地と言われて来た。


 

「君は十年間、ほとんどの時間をエグレゴアの地下に閉じ込められていたから知らないだろう」


「それは……言い様だね、僕は自主的にそうしていた、リガール魔術《僕の身に宿る魔術》を解明する事はグランの……望みだったから」


「それでも今の君にとってはそれが事実だ」

「……」


「幸運な事に禁足地は基本、人や動物の流れが無い場所で発生する。大気中の魔力が循環しないからだ、しかし数年前からその禁足地は小さな村や廃村後に存在を確認された」


「それは……」


「元々絶対値は少ないが確認されただけでも今までの三倍、そのほとんどの場所はグランが実験を行なっていたであろう位置と類似している」



「その言い回しだと確実性は内容に聞こえるけど」


「グランの研究資料、地下内部にあったであろう実験の証拠は何者かに燃やされてしまった」


「……!」


「微かな魔力の痕跡、それと出来る限り復元を試みた結果、以上の結論を出した」


「それとリガール魔術はどう繋がるの?」


「ルガルデは禁足地の魔力循環を改善する魔術を生み出している……と言いたい所だが、まだ改善の余地ありと表立って好評していない」


「そもそも、リガール魔術はほとんど未完成だ」


「そうだな、しかし全ての魔術は機能面に置いては問題ない、課題は発動させるそのものにあった」


「魔力量……」


「こればかりは個人差が大きいからな、ルガルデはより最小の魔力で発動出来る様に苦難していたな、贅沢な悩みだ」


「父さん以外使えなかったのも、リガール魔術を発動する魔力量のコントロールが原因でしょ、実際僕も……魔術によっては一つを発動させるので精一杯だ」

リベルテは改めてリーブルと視線を合わせた、どこか反抗的な目は青年の心情を語っている。

「そこで僕にリガール魔術の解析をしろと、フッ、解放されても何も変わらない」


グランの下にいた時、リベルテがどう言った扱いを受けていたか知っている。十年間自身の身に宿るそれに向き合い、幾度もなく失敗して来た。

青年の心は魔術に対して諦めと苛立ちを持ち、自身に対し怒りと失望が生まれてしまった。



それらは魔術師なら誰しもが抱く感情だ、しかしリベルテの場合前提が違う、リーブルは青年の本心を知るため、回りくどい言い方をするのをやめた。

「リベルテ、お前は父の思いを汲みたいと思わないのか?」


「父さんがやり残した事ならいくらでも引き受ける、でも僕は父さんじゃない………………時間の無駄で終わってしまうかもしれない」


「それでも、それだけの意味が君にはある、リベルテ改めて本題を伝える」


リーブルは指を二つ立てた。


「一つ、グランが作り出したであろう禁足地に向かいその改善を行うこと。

 二つ、その場所で実際に何が行われたか、明確に明らかにする事。

 この二つができるのは、リガール魔術を発動でき、グランの下にいた君だけだ」


「……僕に、拒否権はないでしょ」


「欲しいのか?」


「いや、いらない」


「今は私の一存だが、グランの駒使いであった君に対する罰は奴の罪を全て白日の元に晒す事」


「……」


「今更そんな事必要あるのかと思ってるんだろう、必要だよ、被害者の心を救い、今もなお己の身を保守しようとする共犯者どもを吊るし上げる事が出来る」


リーブルは笑みを浮かべていたがその表情は憎々しげで怒りが見えた。


「……それでいつから動けばいい?」


「幾人かの魔術師と共に向かってもらう、そのために君を総会所属の魔術師に紹介しないといけない」

 

リーブルはそこで初めてリベルテの隣に座る白髪の男に視線を向けた。

白髪の男、実はリベルテよりもその身の置き所が不安定だ、戸籍も一週間ほど前に登録された冒険者ギルドの身分証があるのみでそれ以外ではリベルテや他の調査の結果エグレゴアの地下の一室で魔術移送実験により長らく昏睡状態であった事まではわかっているが、しかしその他の情報の信憑性は薄い

何よりその無機質な二つの赤い瞳が、その内にある魔力が、男を人として、リーブルは認知できなかった。


リーブルは男の考察に入りそうな思考を打ち切り、意地悪そうな笑みを浮かべて二人を指差しこう言った。

「そこで、君達にはもうすぐで行われる魔術師学園の卒業パーティーに出席してもらう」


「はい?」


そこからは流されるがままだった。

部屋を移され、様々な衣装に囲まれた。口元が引き吊りながらもなんとか目の前の婦人に笑みを向ける。


「まぁ、主人の言っていた通りどのお衣装もお似合いになりますよ、さぁ今度はこちらを……」

次から次へと衣装を持って来てはリベルテを着せ替えるのはアシヌス婦人、四十を超えてもその快活な表情と立ち姿は若々しいが、年相応の世話焼きな部分も加わり、リーブルから彼等の事を聞いた婦人は自らパーティーの衣装選びを引き受けた。


時間がないのもあるので既製品だが、わざわざお針子を呼び寄せ、サイズとできる限りのアレンジをするのだと刺繍やレースなどがのったデザイン本を片手にデザイナーと長く話あっている。


その間リベルテと彼はマネキンの様に立ちっぱなしで、もはや虚無の領域えと向かっていた。

そして数時間後ようやく衣装案も形になり始めた頃、一旦休憩を取る事になったが、お喋り好きな婦人は嬉々としてリベルテ達に語り始めた。


「お疲れ様にございます、見目麗しいお二方の衣装を任せていただくなんてデザイナーもとても喜んでおられました」


リベルテは笑顔を浮かべるだけだった。婦人がどこまで承知しているのかわからない上に下手に気に触る様な態度を取ると後で面倒ごとを増やすかもしれないからだ。


「お二人の身の上を聴き大変心を痛みました。とても優秀な魔術師であられるのに窮屈な思いをなさっていたとか、ですがアシヌス家はどんな事があってもこれからは手厚い支援を致します、どうぞ我が家だと思って気を楽にしてくださいな」


婦人はリベルテ達をソファーへと座る様に案内するとそこで二冊の大きな薄い表紙の本を取り出した。


「せっかくこの屋敷に滞在されるのです。パーティーまでにぜひ子達も挨拶したいと申しておりますの、こちらは次女のルーシと三女のアンナ」


一見本だと思っていた物は釣り書きだった様で、開かれた二冊には婦人によく似た若い女性の写真が載せられていた。

(休ませる気ないな)


頬が吊りかけたリベルテと再び口を開こうとした婦人の間にお針子に指示を出していたデザイナーが話かけて来た。


「お話中申し訳ありません、先程お連れの方がお部屋を出ていかれたのですがおとめにならなくて宜しかったでしょうか?」


リベルテが見渡すと確かに白髪の男はおらずどうやら、衣装替えから解放された途端何処かに行ってしまった様だ。


休憩と言っても衣服はそのままなので、裾や襟には、サイズのタグが付けられており、お手洗いに出る時や用事が入った時には着替える物だが、男は何も言わずに部屋から出て行ったので、デザイナーは同様している様だった。

 

「ああ、僕が連れ戻してくるよ、こころあたりはあるから」


魔術抑制陣をかけているので、転移術は使えないだろう。まだそう遠くない位置にいる男はリベルテにとって婦人の話から逃れる絶好の機会だった。


お針子が元々着ていた服を持って来たがタグもそう目立つ物ではないし、着替えるのも面倒なのでリベルテもそのままの格好で部屋を出た。


部屋を出れば長い廊下の数メートル先を歩く白髪の男の姿が目に入る。

幾つか曲がり角があるが迷いなく一つを進む姿はリベルテの予想通り。


リベルテは直ぐに男に追いついたが連れ戻す事をせず休憩の間しばらく彼を観察する事にしたのだった。


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