2ー5 似合って無いね
「見事にゲロったね」
「汚い言い方するな」
乾いたシーツをカゴいっぱいに抱えながら、アルメとローリエは使用人のお仕着せ姿で仕事をしていた。
そう、言わばメイドの衣装で。アルメがローリエを見つけた時、ローリエがアルメを見つけた時、互いが互いにこう思った。
似合わない
「で、ローリエはなんでここにいるの?」
「ギルドから派遣された卒業パーティー用の人員だよ」
「それはオネットがなんとなく言った嘘だったろ」
そう、そもそもオネットはギルドから連れて行かれたアルメを見ていたのだ。騎士達の様子からただ事ではないと思っていたが。まさか、魔術師総会本部を守る防御壁に異常が発生しているとは思わなかった様で、その原因の男の事を話すと、オネットは瞳を輝かせた。
「その様な強力な魔術師がいらっしゃるのですね、ぜひお会いしたいです!」
何かのスイッチが入りかけた少女はハッとし咳払いをすると、今度は真剣な顔をした。
「しかし、それでこの邸宅に身を置く事になったのですね、なんと勝手なのでしょう。ちゃんと雇用内容について確認しましたか?お仕着せを着ているのであればお仕事をさせられるのですよね、お給料はちゃんといただけるか確認をした方がよろしいですよ」
「そっちぃなのね、一応給料はちゃんと出るよ」
「それはよかった、私が卒業までにはアルメさんを必ずここから解放しますので、そしたらぜひ私をギルドに紹介してください」
「冒険者になるんだね」
「もちろんです」
オネットは途端に声を潜める、アルメ達に近づき片手で口元を隠す仕草をして話した。
「実は婚約の件しっかりお相手のご父君とお話したのですが、なかなかに煮え切らない様子で、やはりもしもの時の飛び出し経路を確保したいのです」
「飛び出し経路なるほど、じゃじゃ馬だね」
「まぁ、じゃじゃ馬なんて、褒め言葉ですか」
強いなこの子は、そう思うアルメとローリエはまた一つ目標を掲げた少女の背中を見送った。
「教えない」
「当ててやろう、ギルドから直接情報屋に仕事が来たんだろ、そうだな……騎士団長がいたしそこから来たんだろうな、卒業パーティーについてオネットに確認してたから」
「嗚呼ああああ」
ローリエは聞きたく無いとばかりに叫びながらアルメを追い抜き走り出した。
「あっこけるぞ!」
その日から始まったアルメとローリエの使用人仕事は思いのほか大変だった。
主にアルメがだ。
まず大きな問題はローリエだった。普段ドジなところがあるのは知っていたが、ギルドに行くたびにそれなりに仕事こなしていたので、気にしてはいなかったが、受付で書類仕事をする事と、炊事洗濯と動き回る使用人仕事では勝手が違った。何より働き場所が貴族の豪邸なのだ、置いてある調度品が違う。
ある掃除の仕事を割り振られた時。
「高そう」
「割るなよ」
「はーい」
「否定しろよ」
そんな言葉を交わした後は黙々と作業を開始した、掃除は上から下が基本だ、脚立に乗り、叩きで埃を落とし、カーテンレールの上の埃を拭き取る、そうして次は床だとローリエが脚立から降りる時、普段は履かないメイドのスカートに窓際に飾られた細長い花瓶が引っかかった。
奇跡的にその瞬間を視界に収めたアルメにより、すんでのところで花瓶は受け止められた。
しかし花は飾られていないが水は入ったままになっていた様で、放置された花瓶の水を首元に浴びる羽目になった。
(顔じゃなかっただけよかったと思え)
また洗濯の時。
「ローリエ!それは色落ちするから一緒に洗ったらダメだ!」
「う?」
真っ赤なテーブルクロスと真っ白なシーツ、最悪の組み合わせを一緒に洗濯用の桶に投げ入れた時は背筋がヒヤリとした。
すぐに取り出したので何事もなかったが、しかしその後すぐに、紺色のシーツと白いテーブルクロスを桶に投げ入れたローリエにアルメは拳骨をくらわした。
「考えて動け」
「イタイ」
また洗濯ものを干す時、
「あっ」
風に煽られた拍子にシーツがローリエの手から飛び、地面に落ちた。
「あー」
シーツを拾いながらそんな間抜けな声を出したローリエは何事もなかった様にシーツを紐にかけた。
「洗い直せ!」
「えー」
また、乾いた洗濯物をたたむ時、この時は他の使用人もおりローリエは先輩メイドに何度か注意を受けていた。
「角が揃っていないわ、ゆっくりで良いから綺麗に畳んで」
「すみません」
(優しい)
そんなこんなでローリエは野菜の皮剥き以外完璧にこなせなかった。
「皮剥き要因」
「うるしゃい」
シャリシャリと素早くナイフを使い皮剥きをこなす様は手慣れた物だ、それはギルドで培った物なのだろう、そうローリエは慣れればこなせる、要は雑なのだ。
「ゆっくりで良いのよ」
「もっとガッツっと言ってやってください」
昼食の時間、使用人専用の食堂で相席をした先輩に励ましをもらったローリエは完全に甘えが出ており、優しい先輩にデレデレと頬を緩めていた。
「えへへぇ」
「なんだかんだいって、覚えるのは早いから、あと丁寧にできる様にならないとね、少しずつスピードを上げて行けば、完璧なお仕事が出来る様になるわよ」
「優しい」
「アルメちゃんはすごいわね、男手が必要な仕事もこなしてくれて、重い甲冑を運ぶ時は助かったわ」
「いいえ、なんで甲冑を運んでいたんですか?」
「さぁ、なんでかしら?」
新人のアルメ達の教育を請け負ったカーシェさんはタレ目が印象的な優しい女性だ。アルメ達とそう年は変わらない様だが、何事にもペースを乱さず落ち着いて行動する彼女はどこか掴めない印象だが、言わばマイペースなだけだろうと思った。
「そうそう、頑張っている二人に渡したい物があるの」
唐突に明るい声でそう言ったカーシェはエプロンの大きなポケットからラッピングされた袋を取り出した。
「クッキー」
ジャーンと片手に一つずつ持ちアルメとローリエに差し出す。
「ありがとうございます」
思わず頬が上がり、アルメは両手で丁重に受け取った。
「焼いたの、手作り」
「美味しそう」
「いただきます」
「早」
アルメも食後にいただく事を楽しみに、再び食事に向き直った。
ふんわりとしたコッペパンに豆のたくさん入ったスープと鶏肉のソテー。パンはお代わりし放題と、これでお給料も貰えるのだから、とても贅沢だ。
「贅沢だ」
「ここで働く?」
「それはヤダ」
アルメはため息を吐き深刻な顔をした。
「そろそろ、魔獣の肉が食べたい」
「そうだね」
「あと、ローリエの世話はめんどくさい」
「ひどい」
昼食後、そんな会話をしながら中庭に沿った廊下を渡って次の仕事場に向かっていた。
「あ、ちょっと待って」
「?」
ローリエが急に立ち止まり、するとアルメに一言も言わずに何処かへ向かってしまった。
「ちょっ」
アルメは後を追おうとしたがローリエはローリエで情報屋の仕事があるので後を追うのをやめた。
範囲内の声を聞く、いつかにリベルテが言った言葉を思い出し、恐らくよりしっかり声を聞くために近づいたのだろう。
ギルド経由、騎士団関連なら多少抜けても問題無いだろう。アルメは自分の仕事に集中するため、次の持ち場に向かった。
アルメは歩きながら先ほどもらったクッキーをいつ食べるか考えていた。
次の仕事まで時間があるがほんの少し、しかし仕事中に動き回りポケットの中で粉々になってしまうかもしれない、もし他の場所に置いていても他のメイド(ローリエ)に食べられてしまう恐れも想像できアルメはポケットのクッキーを取り出した。
「食べちゃおう」
嬉々としてリボンを解きクッキーを一枚取り出す。
「美味し~」
サクサクとした音を立てるクッキーはバターの風味が口に広がる。
味わいつつもう一枚と手を伸ばそうとしたら、廊下の曲がり角からいくつかの足音が聞こえた。
ここは貴族の豪邸だ、もしその家族や客人に会ったら怒られそうだと察し、慌ててアルメは中庭の生垣に身を潜めた。
(危なかった、早く食べ終わろう)
足音が遠のく事なくアルメのいた付近で止まったがアルメは次の仕事の時間もあるので気にする事なく次の一枚に手を伸ばした。
コソコソと取り出した一枚を口に入れ咥えたところでアルメの上に濃い影が差した。
恐る恐る上を向くとアルメがしゃがむとスッポリ見えなくなるほどの高さの生垣を上から覗き込む赤い瞳と目が合った。
「うわぁ!」
覚えのある瞳で見下ろされると逆に驚き逃れる様に生垣の影から飛び出した。
「なんでいるんだ!」
立ち上がったアルメにじっとりと視線を送り続ける白髪の彼はその視線をアルメの手元に向けた。
視線に気づいたアルメはすぐにクッキーを背に隠したが彼もそれと同時に動き出し、白い手は必死にアルメの背中に伸ばされた。
「やめろ」
片手で彼を抑えて片手でクッキーを守る、押し合いになる二人を呆れた顔で眺めていたリベルテが声を出した。
「君こそなんでここにいるの?」
「リベルテ、コイツを止め……」
まるでゾンビの様にアルメに襲いかかる彼の顔を肘で押し除けリベルテに助けを求めてそちらを見た瞬間アルメは言葉に詰まった。
「なんかキラキラしてないか……」
リベルテの着ていた衣服は以前の質素なシャツとズボンではなく、いかにも高級そうな光沢のある黒いジャケットにズボン、靴も磨き上げられ太陽の光が反射している。
ジャケットには刺繍もしてあり左肩のみ鳥の片翼の模様が金の糸で描かれている。
まじまじとその姿を見ているとリベルテは目を逸らし気まずそうな顔をした。
「?……うぉ!」
答えが返ってこない上に同じ様な顔を見たことがあり、アルメは疑問に首を傾げたが突然知能を持ったゾンビになった彼が的確にフェイントを取り出し、アルメからクッキーを奪い取った。
「かーえーせー!」
手を伸ばすが届かず、今度は彼がアルメに背を向け、クッキーを隠す様にアルメから逃げ回った。
直ぐにサクサクとした音が聞こえ、アルメは彼の服を掴み阻止しようとしたが触った服の手触りにその行動を止めた。
「お前もかよ」
白いジャケットとズボン、リベルテと同じ様に光沢があり高級だとわかる。刺繍はないが肩周りにレースの様な物が重ねてつけられており、間にキラキラした透明な宝石が縫い付けられている。
「容疑者の待遇じゃないだろ」
「君は似合わないね」
「お前らも!……」
アルメは思わず引っ張ってしまった部分を眺めて、彼から距離を取りながらそう呟くとリベルテがそんな事をいった。アルメは言い返そうとリベルテを見たが未だ目を逸らしたままのリベルテと彼は残念ながら似合っているため言い返せなかった。
「なんでそんな格好してるんだよパーティーにでも出るのか?」
「さぁ」
相変わらずアルメを見ないリベルテ。サクサクと響く無言の音にアルメは彼からクッキーを取り返す事を諦め、仕返しにその頭を叩いた。
「私はコイツのせいでここで働く事になった。罪人でもないし、一時身を置く場所で丁度よかったんだよ」
「いいじゃないか、似合ってるしここに定着したら」
「さっきと言ってる事違う、と言うかお前らこそなんでここにいるんだ」
アルメはリベルテの視線の方に周り込み疑問の答え合わせをしようとするが、リベルテはすぐに顔を別の方に逸らしてしまった。
「お前……」
「いや……」
「笑ってるだろ」
「……ッ」
リベルテは取り繕う余裕がなくなったのか、とうとうアルメに背を向け肩を揺らし始めていた。
唖然とそれを見ていたアルメに再び影が降りる。口の周りにクッキーの食べカスを付けた彼がアルメを見下ろす。その表情は満足した様に見え、無機質な瞳を交わすアルメ達の間にクスクスと抑える笑い声が風と共に通り抜けた。
「この野郎」




