2−1 聴いて下さい
第二章開幕
エグレゴア総帥、グラン・モルデン殺害その容疑者として連れて行かれたのはグランの施した結界から一番近い街、西の街タイバンの魔術師総会だった。
容疑者と言っても総帥の悪事は魔術師総会も勘付き始めていたためアルメ達の立場はそこまで危険しされておらず、その対応は犯罪者を相手にしている物ではなかった。
特にアルメは、リベルテからに証言や連行した第三騎士団との関わりもあったため、三日で聴取を受けただけで解放された。
「あの彼らは」
放射線の柱が囲う魔術師総会本部、その白い出入り口までアルメを見送り、もとい監視する様な目を向けていたアシヤにずっと気になっていた事を聞いた。
他でもない彼らこそがアルメが今回の件に巻き込まれた元凶。
グランに父親を殺されたリベルテと何故かアルメに付き纏う白髪の男、聞いた話によればグラン総帥の息子らしいが、実際にグランにトドメ刺したのは彼自身だ。
アルメはあの無口な男が聴取に応えられているのか心配になった。
無言机を叩き飯の催促をする姿。
どうにも子供の姿にされた彼の挙動が脳内で聴取中の彼の姿を作上げてしまったらしく。
少しニヤけたアルメをアシヤはジトリと睨む。
「双方口をつぐんでいる、それに重要人物だお前の様にここから出られる事はない」
そうだろうとアルメは思った。何よりここから出て何をするのか。復讐を終えたばかりのリベルテ、何を考えているのかわからない彼。
特にリベルテは父親やエグレゴアを貶めた人物に復讐を終えたあと、最後に見たリベルテの表情は、晴れた、とは言えない表情。疲れたそんな表情だった。
「あの、白髪の方はたぶん何聞いても喋らないから、早々に諦めた方がいいと思いますよ」
シオシオとアルメはそう言ったのは何より彼のことが気になったからだ何せ言葉を発したところを見たことがない上、アルメから見れば巻き込まれる一番の要因だったが何より一番流されたのは彼ではないかと思った。
何せ、攫われて、攫われて、攫われた男。思い返しても人の後ろを付いていくか、飯を食うか、寝るか
そして攫われるか。アルメは掴もうとしてスルスルと逃れるウナギを思い浮かべた。
「あの男……」
不意にアシヤの雰囲気が変わる。
「毎日毎日、一体何がしたいんだ」
アルメはその瞬間想像の彼の姿が本当であると理解した。そして、今の段階で恐らく一番彼の生態に理解があるのはアルメだ。
「ご飯の催促だと思いますよ。なるべく硬くて噛み切りにくい物を与えておけば、食費の節約になります」
ジト目で自身の記憶の彼を睨むアシヤにアルメもジト目になり応えた。
「フン、問題ない奴の好みは把握してある」
(把握してどうするんだ)
何も解決していないが、アルメが気にするまでもなく騎士団はとっくに彼とのコミュニケーションを諦めていた様だ。
「それじゃあいつ、彼等によろしく伝えてください」
「腹を下すなよ」
「くだしませんよ!」
聴取の際、騎士団はギルドでアルメの事を調べた様で、アルメが変わり者であることがすっかり知られてしまった。今は特に隠しているわけでも無いが、一日一日と騎士の目が変な物を見る様な視線に変化していき、いたたまれなくなった。そしてことあるごとに、アルメの腹の具合を気にする騎士も現れる始めたのだ。ちなみにアシヤもその一人だ。
「言っときますけど、一応女なんで!デリカシーって物を持ってください!」
「すまない、拾い食いはするな」
「してません!!」
プンスカと腹を立てながら、アルメは魔術師総会本部を後にした。
アルメはこの場所がタイバンである事に感謝した、三日とは言え、自由に行動出来ないのは精神的にも身体的にも辛く。早く体を休めたと思っていたいからだ、しかし大きな問題がアルメにはあった。
「王都ってすごかったよ」
寄り道をせずにまっすぐギルドに向かった。タイバンのギルドはアルメにとって拠点と言っていいほど冒険者業の中心になっている場所だ。昼時を過ぎた時間に入れば親友と言える仲の赤髪の娘が、一段と派手な寝癖をつけてアルメに対応した。
「稼いできたんじゃ無いの」
「王都って……すごいぞ」
「散財したのね」
目が死んでいるアルメ。そう今アルメを襲っているのは金欠、そこそこ魔獣を狩った(主にリベルテが)はずだが、アルメはしっかりと自分の取り分しかもらっていないし、そして初めての王都はアルメの金銭感覚を狂わせた。物価問題である。
「よく王都で稼いで田舎に住むって聞いたことあるけど、まじまじと感じた。金貨ってそんなに高く無いんだね」
「一応最高通貨のはずだけど、何を買ったの?」
「焼き鳥、イカ、とうもろこし、ヨーヨー、たこ焼き、焼きそば、綿飴、金魚、りんごアメ、お面に…………」
「エンジョイしてる!」
どうやら充実した観光をしていたらしく、思い出しているのか、ほっぺがツヤツヤになっている。
「よかったね」
「フッ手持ち、銀貨三枚」
何故かキメ顔でそう言いい、そして続けて言った。
「今から晩御飯を買ったら、ゼロ」
「銀行から下ろせばいいじゃん」
「ヤダよ」
アルメはそう言うが次の瞬間、頭を下げ頭の前で両手を合わせた。
「ヤダよ」
「ベットを貸して」
「そっちか!ヤダよ!」
疲れたを取りたいアルメと、友とは言え他人にベットを使われたく無いローリエ。そんな二人のやり取りは。客が来ない時間とは言えギルドの受付で行われていた。
「あの……」
その声はあまりにも小さく、アルメ達の耳に届く事はなかったが、アルメの後ろに待つ人に向きあっているローリエは気付き声を上げた。
「はっアルメ!どいて!仕事!」
「うぁ、ごめん!」
アルメもその声にハッとし急いでローリエの前から飛び退く。
それと同時に後ろの人物を見ると、片手に頭身ほどの長さの木の杖を持ち、足元が少し見えるほどの長さのローブを羽織り深くフードを被っている小柄な人物だった。
その出立は、冒険者界隈では良く見るが、シミや汚れの無い真っ白なローブは艶があり高価に見え、簡素なギルドには少し浮いて見えた。
「お待たせしました、ご用件をお聴きします」
ローリエが笑顔で応対すると、その人物は恐る恐ると言うふうに受付へ近づいた。
アルメは邪魔にならない様に、掲示板に向かう。早く次の仕事を見つけ無いといけない。
「あの……私、冒険者になりたくって」
「承知しました。どなたかの紹介状はございますか?」
「紹介状?」
「ええ、冒険者ギルドの加入するには、ギルドから一定の信頼を持つ方から紹介していただく必要があります」
「しょっ、紹介状持ってません」
「それでしたら、ギルドの方で一ヶ月間、仮雇用をしていただく方法もございますがいかがなさいますか?」
元は浮浪者を更生させる目的のためか、ギルド加入の手続きは面倒だ。見境なく加入させれば、後々大きな問題に発展しかなねいため、加入の際は紹介やギルドでの仮雇用を通して、人格または、精神に問題が無いか確かめる必要がある。
アルメは掲示板を見ながら、懐かしい気持ちになった。自分も紹介状が無く、ギルドで仮雇用をしてもらったからだ。
「いっ一ヶ月ですか……あの早く冒険者になりたいのですが」
声からして女性であろうその人物は。声を振るわせながらそう言った。
年に一、二回ギルドが指定した決まりに従えずトラブルになるといったことがあると、ローリエから聞いた事がありアルメは掲示板から視線を外しローリエ達の方を見る。
何かに焦っている様な雰囲気の女性は手にある杖からして魔術師の可能性が高い、もしもの事があるかわからないが、女性の行動に注目する事にした。
「それじゃ、あそこのアルメさんに、紹介してもらいましょう」
「は?」
何がどうなってその結論に辿り付いたのか。ローリエは半笑いの顔をして、アルメを指差した。
「本当ですか!」
女性は飛び上がりそうなほど嬉しそうな声を上げてアルメを見る。
「ぃいやいやいや」
アルメは素早く受付に近寄ると、ローリエにずいっと顔を近づけた。
「なに言ってんの、そんな勝手な事して良いわけ無いでしょ」
「いやだって、前、どこの誰かわからない人を紹介したじゃん」
「あれは仕方なくじゃん」
「仕方なくっても他にやり用はあったはずじゃん、あ、わかった、あの人はよくって、この人はダメなのね、この面食いめ〜」
「めんどくさくなってんじゃねぇ!」
「あの!」
とうとうローリエの胸ぐらに掴みかかったアルメに、女性は意気揚々と声をかけた。
アルメが手を離し振り返ると、すかさずその手を握り女性はアルメに詰め寄った。フードから見えた、榛色の瞳はキラキラとした視線をアルメに送っていた。
「お願いします!アルメさん!」
「お願いって言われても」
「どーーしても、今すぐ冒険者になりたいんです!」
女性はまたずいっとアルメに体を寄せる。あまりの距離感の無さにアルメはタジタジになりながら気になっていた事を聞いた。
「そっそもそも、お金に困っている様には見えないけど。綺麗な服着ているし、入用ならまずは、売れる物売って見たらどう?冒険者は言うほど直ぐに稼げるもんでもないから」
「お金はしばらくは問題ありません。私、冒険者になって街から出たいんです」
「街から出る方法は、他にもあるけど……」
「いいえ、冒険者になって旅がしたいんです!」
身なりの良い女性の旅がしたいほど、面倒な物はない、おおかた物語に憧れた女性が家族の反対を押し切っての行動なのだろう。そう当たりをつけアルメは彼女を落ち着かせる事にした。
「とりあえず落ち着いて。詳しい理由を教えてもらえるかな」
「詳しい理由ですか……」
「そう、ご家族の事とか反対されていないの?」
「家族……」
家族と言う単語に反応した彼女を見て、やはりとアルメは思った。
一度冷静になれば、とりあえず今回はお引き取り願えるだろうと、そう確信した瞬間。
「聴いて下さるんですか?」
「う?うん」
彼女の声のトーンは以前より落ち着きが無い様に聞こえアルメは曖昧な返事をしてしまった。
「聴いて下さるんですね!」
再びギュッと手を力強く握られ、キラキラの視線を浴びてしまった。アルメは長期戦の予感に苦笑いを浮かべた。




