1、食うな
大きな体、黒い角、赤い瞳、禍々し姿を持つ魔獣は古代から悪魔の使いだと言われていた。
木々の無い広野をその魔獣は我が物顔で歩く。
朝日が上がる数分前、まだ夜目がきく物達の世界は、薄暗く広い。
その魔獣は休める場所を探しているのだろう、やがて朝日が照らし初めたころ、魔獣の禍々しい身体は逆光で神秘的に見えた。
…しかし、大きな爆破音でそ光景も霧散した。
「よし!」
少し離れた森の入り口から若い女がその死骸に駆け寄り、嬉々として魔獣の身体を見聞する。
女はアルメといい、魔獣の骨や角を剥ぎ取り日銭を稼いでいる。
総じて冒険者と呼ばれる者達の中でも、アルメは変わり者で有名だった。
パーティーに入らず一人で狩りをしている、魔獣以外の狩りや採取をしないなどあるが、極めつけは彼女が魔獣の肉を好んで食べていることだ。
すっかり日が高く登り、魔獣の解体を終えたアルメは森の入口から少し奥にある小川で一息ついた。
皮、骨、牙、角、どれも黒いそれらを、綺麗に並べ、自身の仕事ぶりに満足していると、すぐ近くで火にかけていた小鍋がクツクツと吹き出しながら良い匂いを漂わす。
「ちょうど良いな」
笑みを深め蓋をとり、スプーンでそのまますくい味見をした。魔獣の肉と塩胡椒だけのアッサリとした味付けだが、長時間仕事終わりの身体には染み渡る。
箸を持ち肉にかぶりつくと、しっかりと柔らかくホロホロしている。
柔らかな肉を食したあとは長期保存用の固いパンをスープに浸し食べる。まるで儀式のような手順を終えてアルメは両手合わせた。
…これらがアルメが魔獣を狩った後の一連の流れだが…今日この時は違った。
アルメが煮えた肉を食らっているときその男は現れた。
鍋の中に素手を入れ肉を強奪しようとするその白い手に、アルメは驚き、瞬時に鍋の蓋で男の手を挟み込んだ。
煮えたぎる鍋の中に手を押さえ込まれていても、その男は顔色を変えずにアルメを見る。
目があったその瞳は魔獣の様に真っ赤だった。
見慣れた赤色だ、驚くことはあっても恐怖は無く冷静に男を見る。白髪で肌も白く不健康に見える。煮えたぎる鍋の中に手を入れても顔を歪ませることわなく、まるで人形の様だ。
「お前なんだ?どっから来た」
「……」
当然の質問にも無言で返されアルメは男が浮浪者であると結論付けた。
長年冒険者をしていると様々人に出会う。冒険者は基本訳ありだ、もともと無法者と大差ない者達をギルドが束ね、正当な職業になったのも両手で数えれるほどの年月しか経っていない。
だからか、今、目の前にいる男と同じ特徴の者達を何度か見たことがあった。
(関わりたくないな)
そう思ったが、今の状況から無理であると思いとりあえず鍋の蓋を上げた。
男はそれと同時に鍋の肉奪いカブリついた。ガツガツと勢いの良い食べ方を見て、アルメは既視感を覚えて立ち上がった。
飢餓は地獄だ。アルメはその経験は無いが、ある魔物の討伐で訪れた村では自分の腕に食らいつく子供を目にしたことがある。いくら引き離そうとしてもこちらの存在を無視しつづけた行為に恐怖と苛立ちを感じたのは語るまでも無い。
小川に近づき濡れタオルを絞る、防衛本能からでも男の手を火傷させてしまったのだ。
手遅れとはいえせめて、ある程度冷やすくらいしないと罪悪感が消えない。そう思ったアルメは火傷効く塗り薬もあったなと自分のカバンを見る。
「何やってんだ!お前!」
男がアルメの鞄を漁ってる。怒鳴り声と同時に濡れタオルを男に叩きつければバチンと音が響いた。
しかし男離れることはなく、鞄を漁り続けている。
「お前!人の鞄を漁るな!ぶっ飛ばすぞ!!」
アルメは男の両肩を掴み、引き離そうとするが男は飢えていた人間とは思えないほど力強くびくりともしなっかた。のけぞる様な形で引っ張っていると肉を煮ていた鍋が視界に入る、逆さから見ても鍋の中身はスープすら完食されていた事がわかる。
「この野郎!!!全部食いやがったな!」
本気で殴り掛かろうしたが男が鞄からビンを取り出しているのが目に入った。中身はジャムで果物を砂糖で煮たそれは旅の合間に楽しめる贅沢品だった。
男を殴ることからジャムを取り返すことにシフトする。
立ち上がった男の体は頭一つ大きかったが、怯むことなく飛びかかりジャムを持つ腕に絡みつきジャム瓶を掴んだが、男の握力が強く取り返すことができない。
「食うなああああああ!!!」
悲痛な叫びと共にアルメの苦労が始まった。
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