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くいかえし〜復讐と食事と思い出の話〜  作者: 上尾こたつ
アルメリアな感情
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2、逃走

硬い肉を噛みちぎる音が聞こえる。


 アルメがジャム瓶を取り返す代わりに失ったのは、常備している干し肉だった。

どうやら食べ物が目当てらしいその男を横目に睨みながら、アルメはジャム瓶を鞄の一番奥にしまい、荷物を背負う。

立ち上がると同時に男に目をやるが、男は依然として干し肉を噛みちぎっている。



そろりそろりと足音を小さく歩み始めた。男はこちらを見ていない。


木の影で相手の姿が見えなくなったと同時に、アルメは勢いよく走り始めた。関わり合いたくない一心で森の中を走り回る。障害物がない広野に出るより鉢合わせになることはないだろう。


この森をよく行き来している彼女は、獣道から何まで知り尽くしている。それらをうまく使い、男との距離を取りながら森を抜けようと歩いた。


 一時間ほど歩いたアルメは拍子抜けした。なるべく木の影に隠れながら進んだが、男に鉢合わせどころか追ってくる様子もなかった。


「……お腹すいた…街まで持つ気がしない」

朝食を食べ損ね空腹により力が入らず、アルメは立ち止まった。



「あー疲れた。昼には街に着くのに余計な時間を使った」

ドスっと背負っていた鞄を少し乱暴に地面に置いて、アルメは愚痴をこぼしながら木々の間に落ちている枝を拾い始めた。乾燥している枝のみ選別し、両手で束になるほど集めたら、慣れた手つきで火を起こす。

 

 愛用しているのは魔術語が刻まれた道具で、特殊な黒く細長い棒でナイフなど先の鋭い物と擦り合わせると、火花が散る。

  

魔力が多い人は地面に魔術語を描くなどし火を起こすが、アルメは魔力が全く無いため、市販されている魔術具を用意しなければならない。

もちろんそれらは高価で、生活が困窮していた時は原始人の様に火を起こしていた。


鍋に皮袋に補充していた水を入れ、スープを作る。しかし今朝狩った魔獣の肉の残りは、街で干し肉に加工する分しか残っていない。泣く泣く、白湯とパンを口に入れる。

 

 魔獣はほとんどが分厚い皮か鱗で出来ており、その体積に見合わず可食部が少ない。

もちろんその分厚い皮は丈夫な装備品になるためそこそこの値段がつく上に、鱗や特に硬い皮は金貨に変わる。


食べ物を口に入れたことで、アルメの体は少し回復した。といってももともと大食漢な彼女には当然足りるものではなかった。街まで我慢するか、残りの肉に手を出すか逡巡していると、横から鍋を覗き込む白い髪が目に入った。


驚いたアルメはすかさず飛び退いた。先ほどまで男の気配はしなかった。まるで空間に突然現れた男の赤い瞳に今度は恐怖を感じた。

 

「お前なんだ!魔術師か!」

「……」

「人のことつけ回しやがって、何が目当っ食い物か!さっき干し肉あげたろ、肉も全部食べたじゃないか!」

 男からさらに距離をとり怒鳴るアルメだが、男は動かず彼女を見るだけだ。鳥肌を立たせたものの同時に疲れ果ててアルメは項垂れてしまった。

 

「もういい加減にしろよ、赤の他人に図々し過ぎる、お前にやる分はない、魔術師なら自分で調達できるだろ!」

 男は動かないが不意にその目が横を向いた。焚き火から少し避ける様に置いた鞄、男の視線に気付きアルメは飛び出す様に鞄と男の間に入った。旅をしている彼女にとって生活のほぼ全てが詰められている鞄は、命の次に重要なものだ。


急いで背負おうと鞄の肩紐を持つが、もう片方を男の白い手が掴んでいた。お互いに引っ張る様な形にまた既視感を感じアルメは冷静になった。


伊達に何年も冒険者をしていない。流石に今回の様なことは初めてだが、女一人で旅をしていると不埒な輩にも遭う。大抵は無視するかしつこい者にはその都度手痛い目に遭わせてきた。変わり者と名が通る様になってから、話しかけられる事自体減ったが……


幸いなことにこの男の目当ては食料だ。元々始めに会ったとき鞄ごと持ち去ることができたのにそれをせず食料だけを奪おうとした。

 

「わかった、今ある肉全部やる、」

 

 アルメは鞄を引っ張る力を少し緩めた、男が力を入れていないのを確認すると、鞄の中に入っている皮袋に手をかける、肉が傷まない様に魔術具の袋に入っており、鮮やかなピンクと赤みのさした肉はもちろん魔獣の肉だが問題はないだろう、袋は高価なので生肉を直接投げつけた。

 

「それで私の持っている食料全部だ!」

本当はジャムがあるが、食べたことにした。


肉を受け取った男はしげしげと肉を眺めている。両手で抱えるほどあるが、男の長い指で持ち上げられると少し小さく見えた。

 ガブリ

「ウェッ」

 

男は躊躇なく生肉にかぶりついた。アルメでもしない、ましてや魔獣の肉だ。噛みちぎって飲み込む男の姿は獣のようだった。話し合いは不可能、食べ終われば次もたかられることは間違いない。


 アルメは二度目の逃走を図る、今度は一刻も早く距離を取るため全速力で走り出した。魔術のことはあまり詳しくないが転移なら限界距離があるはずだ。

 

狙い通り男が追ってくる様子はなく、また他の魔術も使ってはこない。足の速さに、特に逃げ足の速さに自信があるアルメは街に向かってひたすら走った。


ゼエハアと息を荒げる。苦しいが足を止めるわけにもいかない。

一度目に男から逃げた時よりも倍ほどの距離を取ったが、限界範囲がわからないのでひたすら距離を取るしかない。

息が上がり走ったことにより汗がひどい、何より余り食べられていないので空腹が襲ってきていた。


 (しんどい)

なりふり構わずただ足を動かしていたからだろう。

アルメは異変に気づくことができなかった。

森の中は魔獣が生息している、特に人が多い街の近くならなおさら遭遇する恐れは高い。



    その黒い影はアルメを見ていた。魔獣が先にアルメを認知したのは何年ぶりだろうか。

 

 アルメは魔力をほぼ持たない。故に魔力を敏感に感知する魔獣からは隠れやすい。しかし足音や生き物の気配には通常の動物並みにある魔獣だ。当然走れば特に息を粗くしていれば気付かれるのは必然だった。


 (ヤバい)


 アルメの狩は罠によって行われる。故に狙う獲物の対象特定と念入りな準備が必要だった。


 黒い鱗と低く地を這う様に動く様は蛇だ。アルメも自身の体長の二倍程の大きさがなければ、恐怖を感じることはない。

背を向けて再び全速力で逃げた。本来ならばしてはならない行為だ。だが疲れが溜まった状態で対抗策もない。

さらに、ふらついた体は何もないところで躓いてしまう。

 


額から流れた汗が土に染みを作るのを見た。


 アルメの体は倒れることなく、胴を片手で持ち上げる様に支えられていた。

見覚えのある白い腕を伝う様に男の顔を見た、男はこちらを見ていない。


赤い瞳は魔獣を見ていて、魔獣も狙いを変え男を見る。

二つの赤い目は同じ色なのに、違って見えた。


 アルメを支えていない右手がゆっくりと上がり魔獣に向けられる。魔獣は警戒しているのか動かずにいるが正面に薄紫の防御壁が現れた。男の動作は魔力の流れを感じ取れないアルメでも攻撃するとわかる。


 (一人で防御体勢の魔獣を狩る気か)


魔獣の防御は硬い。基本は数名の冒険者が囲み四方からの攻撃で防御を崩し魔獣を討伐する。

アルメの狩方は、防御壁を出す前に不意打ちを狙うやり方だ。


 男の手の平に魔術陣が現れた。同じ紫色のそれは手のひらほどの大きさで、しかし陣の中は見たことないほど緻密に魔術語が描かれている。


「ギュア!!」

 魔獣の悲鳴の様な声が聞こえたと同時に陣から魔術が放たれる。間近で攻撃を見たアルメは体がヒリつく感覚を覚えた。彼女でさえ感じる程の威力だった。


 男の腕から降り魔獣の方へと体を向ける。首を上げてこちらを見ていた蛇の魔獣はその顔だけ吹き飛んでおり周囲には肉片すらない。

長い胴は動くことなく道を塞いでいた。


「すげぇ……」

無意識に男を見ると男もアルメを見ていた。何も感じ取れない男の表情、アルメはこれからどうするか困惑した。いつもなら魔獣の解体をするがこの魔獣はアルメの獲物ではない、しかし男は次の行動に移すことは無くアルメを見るだけだ。


「これは、あれかな、俺が狩ってやったから、お前が捌けみたいな」

「……」 

男は何も言わない、首すら動かさない。アルメは男の返答に期待はせず魔獣の解体に移ることにした。



 日が傾き始め、あたりがオレンジ色になってしまっていた。

「これ食ったらあんたの転移術で街まで飛んでもらうからな」

 


 


 解体している最中、男がまた生肉に食らいついていた。お腹が空いているアルメは何故か羨ましく思いながら解体を進めていたがふとあることを思いついた。


 男の獲物だが、自分が解体しそして調理してやったら自分も食べる権利があるのでは。図々しい考えだが、そもそも男に与えた分の食料をもらっても普通なら文句は言われない。

 アルメは空腹に耐えながら、早く作業を終わらせようと手を動かした。


鱗だけあって硬い。しかし手慣れている彼女は無心で解体用の刃物を動かした。

死骸をひっくり返し、皮が薄い腹の部分を表にする、なくなっている首から腹の中心を尻尾まで真っ直ぐ刃を入れ、鱗を傷つけない様に肉を削ぎ落とし切り離してゆく。


 数十分ほどかけて肉から剥いだ皮は、一枚に剥ぎ取られた。

仕事ぶりに満足したアルメは男を見やると彼はもう生肉を食べていなかった。流石に満腹かと思ったが、手をつけた割にはアルメが最初見た部分以外口にしたわけではないようだ。口に合わなかったのか、ひとかじりした後、男はアルメの作業をじっと見ていたようだ。


「あー暇なら火起こしてくれない?調理したいから」

「……」

「うまい物作るよ、秘伝のタレがあるんだ、それを絡める様にじっくり焼く!」

想像しただけで涎が出てきそうだ。唾を飲み込みあと少しの辛抱だと我慢する。


 男がそばに来ておもむろに手を差し出す、するとボッと炎が現れたがしかしそれは黒く揺らめいていた。

「なんか、黒いんだけど……」


鍋は火に当てた瞬間溶けてしまった。


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