一人を差し出せ
回廊に足を踏み入れた僕らは長い通路を走っている。
「ロウリー、その右の部屋だ。そこに3階へ通じる転送ポータルが設置されている」
最後尾でナビゲーションをしていたタオが教えてくれた。
宮殿とか公共施設などの巨大な建物にはこのような転送ポータルがついていることが多い。
転送ポータルが設置された部屋は、他には何もない小部屋だった。
部屋の中央には直径2メートル弱の円形の石板が置いてある。
これに乗れば自動的に3階に行ける仕掛けだ。
「おそらく転送先にも課題が待っているんだろうね」
「ええ、気を抜かないようにいきましょう」
アネットは剣の鞘にかけた左手を、開いたり握ったりしている。
タオも懐に手を突っ込んでは何かを確かめるようなしぐさを繰り返していた。
二人ともかなり緊張しているようだ。
「ポータルに乗る前に防御魔法をかけ直しておくよ。六重に張ればトロルのこん棒で殴られても平気だから安心して。みんなリラックスしてな」
「アスター君……」
柄にもなく二人を励ましてしまったけど、アネットの視線が熱い。
僕にとってはトロルの一撃よりもこちらの方が強烈だ。
心臓がキュッとなった。
深呼吸で荒くなる鼓動をなんとか抑える。
「準備はいいかい?」
アネットとタオは無言で頷いた。
試験が始まってからまだ20分くらいしか経っていないけど、僕らの間には絆のようなものが生まれつつある。
「いこう!」
三人が同時に乗るとポータルは青く輝きだし、足元からフワッとした感覚が伝わってくる。
そして一瞬だけ光のトンネルを抜けた感じがすると、僕らはもう別の部屋にいた。
転送先はやたらと広い部屋だった。
3000人が入れると言われるカンタベル大神殿の礼拝堂くらい広い。
ここって同じ試練の館の中なのか?
「変なところに出てきたな?」
タオは地図と部屋を一生懸命見比べている。
僕は警戒しながら自分の意見を言ってみた。
「おそらく、ここは試練の館の外だと思う。いったん外を迂回させる仕様なんじゃないか?」
「ああ。これだけ広い部屋は地図に載っていない。おそらくこの先に3階へ続くポータルがあるはずだ」
タオも僕と同意見のようだ。
「だったら早くそれを探しましょう。ここにとどまるのはよくない気がするわ」
アネットは油断なく周囲に目を走らせた。
ここは窓のない室内で、周囲はぐるりと石壁に囲まれている。
天井はやたらと高くて10メートルくらいはありそうだ。
壁にはいくつかの燭台しょくだいが取り付けられているので暗闇ということはない。
「ヒッ!」
突然叫び声をあげたのはタオだ。
「どうした?」
「いや、あれにちょっとびっくりしただけだ」
壁際で巨大な石像が、ロウソクの明かりにぼんやりと浮かび上がっていた。
体長が5メートルはありそうなオーガの像だ。
オーガは巨大な半月刀を下げてこちらを睨んでいる。
「嫌な予感がする……あいつ、絶対に動き出すよな」
タオの言葉にフラグが立った気がした。
「普通に考えたらそうだよな。あれを倒すか、逃げるかして、先へ進めと言うのが課題なんだろう」
僕らは一歩ずつ慎重に前へ進む。すると――。
予想通りだった。
石像は滑らかに動き出し、地響きを立てて僕らの行く手を塞いだ。
しかもドスの利いた声で僕らに話しかけてくるではないか。
「よくぞここまでたどり着いた。だが、この先には通さん。どうしても通りたければ生贄を一人差し出すがいい」
オーガは剣を床に突き刺しながら要求してきた。
「どういうこと?」
「わからぬか、小娘。お前たち三人のうちの一人を犠牲にすれば、残りの二人は見逃してやると言っているのだ。一人は不合格になるが、二人は試験に合格だ。悪くない取引だろう?」
オーガは愉快そうに笑っている。
なんだこいつ、偉そうに!
僕はムカムカとしてきた。
そうやって仲間の不和ふわを誘うのが目的だろうが、やり方が陰険だ。
犠牲になる人間はとても辛いんだぞ!!
「ふざけるな!!」「ふざけないで!!」
僕とアネットは同時に叫んでいた。
そして僕の手からはストーンバレットが、アネットの手からは巨大な火炎魔法が放たれる。
「せん滅せよ、ストーンバレット!」
「焼き尽くせ! ダブルファイヤートルネード!」
襲い掛かる魔法をオーガは身をよじってかわそうとした。
だが、いち早くタオの投げた薬瓶がオーガの足に命中してその場にとどまらせる。
割れた瓶からこぼれ出た液体は強力な瞬間接着剤のようだった。
「塵芥と還かえれ!」
動けなくなったオーガをめがけて、ストーンバレットを一点集中攻撃した。
オーガは太い半月刀で防御を試みるも、すぐに熱と衝撃でそれは破壊される。
僕らの一斉攻撃は数十秒間続き、ついにオーガは地響きを立てて床に倒れてしまう。
その反響が収まると、辺りは静寂に包まれた。
「終わったの?」
アネットはなおも心配そうに剣を構えていたけど、石像が再び動く様子はない。
突然、室内に煌々(こうこう)と明かりが灯ともり、僕らは身構えた。
新しい敵の出現だろうか?
けれども、現れたのは敵ではなくてノエラ先生だった。
どういうわけかムズカシイ顔をして腕を組んでいる。
大きな胸がさらに強調されて大きく持ち上がっていた。
「はいはーい、試験終了でーす」
先生はすこし不貞腐声で唐突に試験の終わりを告げてくるではないか。
一体どうしたというんだ?
タオのエロい視線がばれたとか?
いや、そんなものは最初からあからさまだった。
だったらどうして?
僕らはノエラ先生の次の言葉を待った。
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