第43話 真偽
翌日、ルアンとサラの二人は商務局のロウ・ハベルのもとを訪ねた。もちろんシモン・ガルボの紹介状も持参していたし、二人が商務局を訪れるまでにシモンの使用人が要件を伝えてもいた。
『この両人が持参したる指輪は、違法な手段を用いて手にいれたるものではなし。しかしながら出所不明につき公国政府にて真偽を確かめて頂きたく――』
紹介状にはこのような内容で、公国側に指輪の真偽の確認を依頼する文章がしたためられていた。シモンから紹介状を手渡されたときにルアンもサラもその内容を確認し、これで難癖をつけられたり、色よい返事をもらえなかったりした場合は、シモンには丁寧にお礼を言ってセレスティアを離れてもやむなしと考えていた。
――ところが。
サラとルアンが商務局を訪ねた時、既にその局長であるロウ・ハベルは二人を待っていた。もっと正確にいえば局内の応接室で鑑定人をともなって、指輪の確認の準備を進めていたのであった。
もちろんそれはシモンの使用人が先に商務局に話を通していたことも理由のひとつではあったけれど、それは些細な理由にすぎない。ロウ・ハベルが拙速ともいえるほどの準備をしていた本当の理由は、裏で公太子夫妻の意を受けたラグゼルことマリクが動いていたのであった。
サラもルアンもシモンの紹介状があるので話ぐらいは聞いてもらえるだろう、とは思っていたところにこの事態である。まさかいきなり応接室で局長自らに対応されるとは思ってもいなかった。商売でこういう場面に場慣れしているルアンでさえ多少身を硬くしているのに、サラが緊張しない訳がない。サラは喉をカラカラに渇かしながら、ルアンに続いてぎこちなく自己紹介をした。
「サラ・エルジェと申します……。この度は指輪の件でお世話になります」
膝を折り挨拶をするサラの顔をマジマジと覗き込んだロウ・ハベルは「ほう、なるほどなるほど……」と、なにやら二度三度と深く頷いて二人にソファに座るように手で示した。
「いやあサラさん。シモン氏の使用人からも聞いておりましたが、確かにオラシア大公妃の肖像画に似てますなあ。あなたがその赤い髪を伸ばせばそっくりと言ってもいい」
そう言って顎を触りながらウンウンと頷く商務局長を前にして、サラとルアンの二人はどちらからともなくお互いの顔を見合わせた。
「あの、局長様。ハベル局長様はオラシア大公妃に直接お会いされたことは……?」
ハベルを疑う訳ではないとはいえ、ルアンがおずおずと質問をすると、ハベルは直接会ったことはないと答えた。
「私が商務局に勤めるようになったのは大公妃殿下がお亡くなりになったあとですからなあ、直接この目で大公妃殿下とお目見えしたことはありません。ですが、宮廷に飾ってあります肖像画は何年も見ておりますよ。オラシア大公妃殿下は若くして亡くなられましたから、若い時の肖像画しかありません。とてもよく似ていらっしゃる」
目を細めたロウ・ハベルは再びウンウンと何度か頷く。その様子を見たルアンは不安とも疑念ともいえない、何とも表現しようのない感情を持った。商売でいえば、初めての取引なのにトントン拍子で進む商談はどこか気色の悪さをともなうものがある。それと同じようなもので、この面談が何の障壁もなく進み始めたことが、ルアンにはどこか気味が悪い感じがしたのだった。
「ルアン様……」
そんなルアンの感情を読み取ったのか、サラが隣からか細い声を掛ける。
「いや、サラ。シモンさんが言っていたように、やっぱり君は亡き大公妃殿下によく似ているらしいね」
「はあ……」
曖昧に頷くサラに対してルアンは微妙な笑顔を見せ、「それじゃあ、指輪を局長様に」とその胸に掛かっている首飾りを指さした。
「はい。えっと、局長さん、これがその指輪なのですが……。亡くなった私の母の形見で、母からは何も聞いていませんでしたけれど、いろいろな人からセレスティアに関係があるのではないかと言われまして……」
サラは自分の細い首から首飾りを外し、その中に通してある銀の指輪をへベルの前に差し出す。ロウ・ハベルは「それでは失礼」と指輪を首飾りごと受け取り、目を細めて指輪の側面から内側まで舐めるように見た。
クルクルと指輪を回しながら黙って確認をするのに一分ほど掛かっただろうか、その間サラは隣に座るルアンの左手をしっかりと握り、またルアンもそのサラの手を握り返していた。やがてハベルはフウッと息を吐き出して二人を見る。
「確かに……、この紋章はセレスティア公爵家のものですな。そして、恐らく本物でしょう」
「そう……、ですか」
ハベルに「本物だろう」と言われても、サラにはそれしか言えなかった。もっと喜ぶべきだろうかと思いサラが隣を見上げると、ルアンもまったく嬉しくなさそうに真面目な顔でへベルを見つめている。
「本物ですか?」
ルアンが言った。
「ええ、今から鑑定人にも見せますが――。さあ、君も見てくれたまえ」
ロウ・ハベルは、自分の隣に座る鑑定人と思しき男性に指輪を首飾りごと手渡した。ハベルよりも多少年下に見えるとはいえ、ルアンよりは一回り以上年上だろう鑑定人は、局長の差し出す首飾りを白い手袋で受け取る。
「彼は宮廷のお抱え鑑定士の一人でしてな、宝飾品や銀細工の鑑定を専門にしているのです。公室にもいろいろな所蔵品がございますからな、絵画、書物、それから筆跡など、それぞれ偽物かどうか鑑定するものがおります」
「なるほど」
ハベルの説明を聞いたルアンは、やはりその手際の良さに違和感を覚える。
確かにいわく付きの指輪を持って二人が来ることが分かっていたとはいえ、公室お抱えの鑑定士まで迅速に準備をするだろうか。大商人であるシモン・ガルボはそれほど商務局長に影響力をもつことがあるのだろうかと、様々な疑念とも疑惑ともいえない感情がルアンの胸には湧いてくる。
鑑定人はそんなルアンの思惑など知らぬ様子で、宝石の鑑定に使用するような拡大鏡を目にはめて指輪の鑑定を進める。宮廷のお抱え鑑定士である彼が「本物」だといえば確実に本物である。ルアンは自分の左手を握り、息をのむような表情で鑑定士の手元を見つめるサラを見ながら、「偽物です」と鑑定士に言って欲しいと心の底では思っている自分を発見した。
「バカなことを……」
思わず口に出したルアンの方を「えっ?」とサラが覗き込むのと、鑑定士が鑑定を終え大きく息を吐き出したのはほぼ同時だった。
「これから一応鑑定仲間にも見せますが、本物でしょう。おそらく元の持ち主は亡きソフィリアス殿下」
ほぼ確信を持って商務局長に告げる鑑定人の横顔を、ルアンは呆然と見つめるのみだった。




