第42話 マリクの報告
「ほう、やはりシモン・ガルボの家に入ったか?」
マリクは目の前に控える小男の報告を聞き、予想通りだとばかりに頷いた。
「はい、ご主人様」
小男――それは昨日ルアンがあの港町で見かけた男だった――、は無駄口ひとつ叩くわけでもなく返事をかえす。
ルアンが推察したとおり、この小男はアデリーの街からずっとサラとルアンを監視していた。それどころか二人をセレスティアに向かわせる決定的な役割も背負っていたのであるが、その仕事も見事にこなしていた。つまりは二人にあの指輪の紋章のことを教えた老夫婦、彼らは半ば小男に雇われ、ある意味なにも知らずに二人に情報を流したようなものだった。
とはいえあの指輪の情報だけでサラたちがセレスティアに向かうかどうかは不確定なところ。そこで小男は用心深く二人の行動を探り、誰と会ったか、その人物は誰と繋がりがあるかを逐一マリクに流していた。
公太子夫妻からは例の指輪ならびに少女を闇に葬り去るように言われていたマリクであったものの、自身にそのような意志は小指の先ほどもない。逆にセレスティアにあの二人がやって来たことに満足の笑みを浮かべるほどだった。
「両替商のシモン・ガルボが懇意にしている役人か貴族連中といえば……」
「役人だと商務局のロウ・ハベル、貴族でしたらキルヌー子爵あたりかと」
小男の返答に二~三度頷き、「ああ……」と、マリクはなにやら中空を睨む。
「直接子爵に話を持って行くのはなかろう」
「そのように存じます」
「ならば……」
ニヤリと笑ったマリクは「馬車を呼んでくれ」、と小男に告げたのだった。
△
夜も更けてきた公太子宮の一室で、マリクは頭を垂れて待っていた。「公太子殿下、妃殿下のおなりである」と侍従長に告げられ部屋に通されはしたものの、もうかれこれ十分以上になっている。待たせるのは貴族や権力者の特権とでも思っているのか、マリクはいつも公太子夫妻には待たされていた。が、今日はいつもに増して長い。夜更け近くになっての急な報告に気を悪くしているのだろうとマリクには分かっていたけれど、そんなことを気にする彼ではなかった。
なにしろ元々がややこしいことで知られているイルタシア商人である。他人にどう思われようとマリクが気にすることはない。自分の目的のためには貧乏商人の役をやろうとも、宿無しの素浪人の役をやろうとも、更には貴族から白い目で見られようと平気であった。
やがて更にたっぷりと時間をかけた公太子夫妻が部屋に入ってくる。マリクは片膝をついたまま平伏し、夜の来訪を詫び始めた。
「公太子殿下ならびに妃殿下、夜遅くに貴重なお時間を頂戴奉り、まことに申し訳ございません。両殿下におかせられましては一日に渡る激務でお疲れのこととは存じますが、急を告げる事情ゆえ一刻も早く両殿下のお耳にお入れせねばと、このラグゼル、食事もとらずに馳せ参じた次第」
公太子夫妻が一日激務をこなしていることもなければ、ラグゼルことマリクが食事を抜かして来ている訳でもない。マリクの話している内容で事実に近いのは『急を告げる事情』という部分だけであった、ただしそれも半分以上はウソではあったが。
マリクが口上を述べ終えると、「して、なんじゃ?」と公太子妃が声を出した。ゆっくりと顔をあげたマリクの目に映ったのは、良い具合に赤くなった夫妻の顔。どうやら酒に酔っているらしい。
「エメイラ妃殿下、今夜もますます美しくあられますこと、このラグゼルの眼福にございます。本来であれば明朝のしかるべき時間にご面会させて頂きますのが筋とはいえ、火急の件につきこのような夜半に……」
「ラグゼル……、もう前置きはよい。そちの話は火急の件なのであろう? この夜更けに報告とあらばあの指輪の件、なにか動きがあったか? そうでなければこの夜更けに儂らを呼び出したならば恩賞ではなく罰を与えようぞ」
赤ら顔をした公太子が半分あくびをしそうな様子でマリクに告げた。夕食をとり酒を飲んだ公太子としては、マリクの来訪がなければあとは寝るか女と戯れることしか考えてはいなかった。
「ははあっ! 申し訳ございません。いつにも増しての公太子殿下のお見事なご推察、このラグゼル感服致します。殿下ご推察のとおり、指輪と少女の件でございますが、本日このラグゼルが見つけましてございます」
面と向かっていけしゃあしゃあと嘘の報告をし、公太子夫妻の反応をうかがうマリク。どこでどのように見つけたのかを続けて報告するのが普通であろうに、マリクは敢えて黙っている。
「なにっ! 見つけたのか!? なぜそれを早く言わぬ、今日かっ?」
「はっ、本日にございまする」
「どこじゃ!? どこにおるのじゃ?」
今度は甲高い声で公太子妃のエメイラが下問する。
「はい、エメイラ様。例の指輪、ならびに持ち主である少女は既にセレスティア公国に入っている様子」
「なんじゃと!!」
「なにい!」
夫妻の顔は一気に酔いが覚めたかのように表情がこわばった。マリクは平伏しながらも頬をゆがめ、ふたりに知られぬように笑みを漏らす。
「ラグゼル! なぜもっと早く見つけられなかったのじゃ!? お主の目は節穴か!!」
公太子のマルセルムは太った身体をぶるんと揺らし、マリクに向かって一喝をする。マリクは「ははあ」と平伏を続けながらも、嘘八百を並べ立てた。
「申し訳ございません公太子殿下。実は旅の途中と思われる赤毛の少女をふたり見つけまして、片方の女は銀の指輪をしておりました。私めはどうもそちらが怪しいの睨んで指輪を確認する機会を窺っておりましたが、どうやら例の指輪ではない様子。しからばとトキナーで見つけたもう一方の赤毛の少女を追いましたところ、特に怪しいところもなかったのでございますが――」
と、マリクはその少女が男と二人連れであること、それから指輪はしていなかったことなど、一つ一つ見てきたかのように報告を続ける。
「――それで本日のことでございます。件の二人連れを監視しておりましたところ、女が首飾りを胸元から出すのを見ましたのでございます。その首飾りの先に銀色で丸く光っていたのが、どうやら」
「指輪だったと申すのか!」
「御意にございます。雇った物見のものに近づかせ、確認させましたが……、以前殿下にも見せて頂いた公爵家の指輪に間違いないかと」
そこまで言うと、マリクは三たび頭を下げ言葉を止めた。
部屋の中は妙に静まりかえり、公太子の荒い息だけが響いている。やがて静けさを破るように公太子妃エメイラが口を開く。
「ラグゼル、始末は出来ぬのか?」
「は? はあ、始末とおっしゃいましてもテルムやマルティエの山中であれば闇夜にでもひっそりと始末に及びましょうが、セレスティアの――それも大商家と繋がりがあるようでしたら、なかなか」
ことさら難しい顔をしたマリクに、次は公太子が訊ねる。
「大商家じゃと? 誰だ、誰と繋がりがあるというのだ?」
「はっ、赤毛の少女、ならびに連れの男が今夜泊まっている先は両替商のシモン・ガルボの家にございます」
「シモン・ガルボか、名前は聞いたことがあるのう」
公太子は顎に手を当て目を細めて中空を睨んだ。シモンは両替商としてセレスティアで十指に入る、公太子であるマルセルムもその名は聞いたことがあったのだ。
「殿下、ここで無闇に手荒な手段に出るよりは先手先手を打つことこそが肝要かと、このラグゼルめは思いまする。その指輪の女が何をするにしてもシモン・ガルボを頼っていることは明白、しかればシモン・ガルボがどの要人と繋がりが深いかを考えれば先手を打つこともできましょう」
「ほほう、して誰じゃ、そのシモン・ガルボとやらと親しい要人とは? お主は知っておるのか」
マリクの言葉に先に反応したのは公太子妃エメイラ、半分疑わしそうな目をしながらマリクに問う。
「妃殿下様、このラグゼルの情報網にかかればそのようなことはたやすいこと。公国の役人ですと商務局のロウ・ハベル、そして貴族の方ですとキルヌー子爵様あたりが親しゅうございます。しかしどうでしょう、いくら親しいとはいえガルボめも子爵様のところへ行けとは言いますまい。おそらく商売上でも付き合いのある商務局の役人の線が濃いかと……」
「で、どうするのじゃ、ラグゼル。先手とやらはどうする?」
黙ってマリクの話を聞いていた公太子は、自分の意見を言うこともなくマリクの計画を確かめた。
マリクは心の中ではほくそ笑みながらも、そのひげ面には一切その感情を表さない。
「はい殿下、誠に僭越ながらこのラグゼルの考えでは――」
と、マリクはいかにも公太子夫妻の忠実な僕である態度を見せながら、自分の計画を語ったのだった。




