第41話 明日になったら……
その夜の夕食は、シモンを含めたガルボ家の家族も含めた盛大な夕食会となった。シモンとその夫人、シモンの息子夫婦と幼い孫、更には高齢になったシモンの母親、つまりリディルの祖母までもがルアン達ふたりを歓待した。
もしかしたらサラが公爵家に繋がっているかもしれない、といった打算もシモンには少しはあったかもしれないけれど、それを差し引いても遠方からの客をもてなすのは大商人のガルボ家としては当然だったのだろう。なかでもシモンの母は遠い昔にオラシア大公妃を見たことがあり、その記憶の中の姿とサラの容姿を重ねて、「本当によく似ていらっしゃる」とマジマジと見つめたものだった。
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「ところでシモンさん、もしも本当にサラが公爵家と繋がっていたとしたら、どうしたらいいと思われますか? 正直に言って、自分はいままでこんなことは経験がなくてですね……」
なごやかに夕食も終わり、シモン夫妻とルアン達だけが残ったテーブルの席で、ようやくルアンは聞きたかったことをシモンに告げた。サラは飲みかけたお茶を口から外し、困った表情でシモンの方を窺う。
「そうですなあ。大陸諸国もそうですが、このセレスティアでも庶子には相続権はありません。そういう意味では亡きソフィリアス殿下の落とし子……、いや失礼、忘れ形見だとしてもそれほど混乱は起こりますまい――普通であれば」
ひとことひとことを考えながらシモンは答えたものの、最後の語尾に含みをもたせる。
「普通であれば、ですか? では普通でないことも考えられると」
「ええ、なにしろ現公太子のマルセルム殿下は評判が悪い。それに公太子妃殿下の――」
と、そこまで口にしたシモンが隣の夫人を意味ありげに見ると、夫人も夫人で苦笑いをしながら肩をすくめている。
「妃殿下のエメイラ様の評判も悪い。夫婦揃って国民には好かれていませんね。マルセルム殿下は故ソフィリアス殿下の腹違いの兄です、それからエメイラ妃殿下は宰相の娘。宮廷の内部からもいい噂は聞きません」
先日その情報をリディルからも聞いていたルアンは夫人と同じように苦笑いをしたものの、初耳のサラは「まあ!」と複雑な表情を見せる。
「ですからね、ここだけの話ですが、現公太子夫妻にはあまり近づかないほうがいいと思いますね。昔のことですが、いろいろと嫌な噂もありましたから……」
ルアンとしてはその噂とやらを聞きたい衝動にかられたものの、苦い顔をして顔を見合わすシモン夫妻に気が引け、結局そのまま夕食の席はお開きとなったのだった。
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夜半過ぎ、ルアンは久しぶりに一人で天井を見上げていた。部屋の中には他に誰もおらず、寝静まったガルボ家は静寂に包まれている。
つい数週間前まではこんな一人の夜が普通だった。仕事をして食事をとって、酒場で酒を飲んで宿屋に帰れば一人きり。ごくたまには酒場の女と夜を明かすことはあっても、一人で寝るのはあたりまえのことだった。
寝付けないルアンが寝返りをうつ。安い宿屋とは違う柔らかいベッドのうえで、横を向いても隣には誰もいない。ガルボ家の使用人が気を利かせたのか、それとも気が回らなかったのか、とにかく今夜サラは別の部屋を用意されてそこで寝ていた。
サラの寝息も、髪の匂いも、そして肌の柔らかさも感じない夜が、こんなにも眠れないものだとはルアンは思っていなかった。眠ろう眠ろうと思って目を閉じても眠れない、そんなことを小一時間ばかり繰り返したその時――。
「――ルアン様」
微かにサラの声が聞こえたかと思うと、コツコツと扉を叩く小さな音が部屋に響く。
「サラ?」
ベッドから半身を起こしてルアンが問うと、「はい……」と扉越しに返事が聞こえた。
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「えっと、ひとりで寝てると色々想像して怖くなって、それで全然眠れなくなってしまって……」
部屋に入ったサラは、着慣れない賓客用の寝間着を触りながらランプに照らされた赤い顔をルアンに見せた。ルアンはそんなサラを部屋に招き入れ、ベッドの脇に座らせる。
「俺も全然眠れなかった。二杯ほど寝酒を飲んだけど、まったくの逆効果だったよ」
「私もです! 物音がしない部屋にいたら何だか怖いし」
二人は顔を見合わすと、同じようにクスクスと笑い出す。やがて何が可笑しいのか寝室には一分ほどふたりの笑い声が響いた。
「――ああ可笑しい、で、サラは何を想像して怖くなったの? 幽霊? それとも魔物?」
「もう! この立派なお屋敷でそんなの想像しません!」
「じゃあなに?」
ルアンは冗談ぽく訊ねたつもりだったのだけれど、その返事をするサラは一転して深刻な表情に変わり、ポツリと呟く。
「……明日のことです」
「明日?」
少し首を傾けてオウム返しに訊ね返すルアンに、サラは真剣な表情でコクリと頷く。
「私、明日が怖くなりました。明日シモンさんのご紹介で役人の方に出会って、それで指輪の真贋がわかって、それから私の容姿のことで色々聞かれて、――で、もし本当に亡くなったソフィリアス殿下が私のお父さんだとわかったら……、私、私……」
そこまで言ったサラは顔を伏せ、見るからに高級そうな絹の寝間着の裾の部分をギュッと握った。
「サラ……」
「私、こんなことを言うのは本当はダメだと思ってます。でも、ルアン様にだけは言ってもいいかな……って」
そう言って鳶色の目を一瞬ルアンに向けたサラは、小さく息を吐き出して言葉を続ける。
「あの、ルアン様。私、もし明日、役人の方に色よい返事をもらえなかったり、いろいろと難癖をつけられたら、その時はもうあっさりと引こうと思ってます。せっかくリディルさんやシモンさんが力を貸して下さったのに、こんなことを言うのは間違っていると思いますけど、でも……」
サラは様々なことが怖いとルアンに言った。自分の血筋が分かることも、母の過去が分かることも、そして全てが明らかになって降りかかる自分の将来のこともその全部が怖い、とルアンに打ち明けたのだった。
そんなサラにかける言葉を見つけられないルアンは、ただ黙ってサラの話を聞く。
「ルアン様、やっぱりこんなことを思う私って、自分勝手ですよね」
やがてサラにしては長い独白を終え、最後は苦笑いをしながらその小さな顔をルアンに向けた。
「いや、そんなことない」
「え?」
「自分勝手とかじゃないよサラ。サラは自分のことは自分で決めていいんだ、誰にも遠慮することはないよ。公爵家に繋がる血筋だってわかれば、その日暮らしをしなくてもいいだろうし、自分の血脈のことがわかること自体には意味があると思うよ。でも……、それでもサラが怖いっていうんだったら、その時は俺と一緒にまた旅をすればいい。俺は全然構わないからさ」
ルアンは自分でも気づいていながら、その気持ちの半分もサラには言えなかった。本当は「役人に会いたくなければ、会わなくてもいい。明日からまた別の旅を始めよう」と言いたかった。けれどルアンの中にある葛藤がそれを阻んだのだ。つまりは、公爵家の血筋に繋がることによって得られるサラの将来を自分が握りつぶしてもいいのか、それに値するサラの未来を自分が用意できるのか、といった葛藤だった。
「そうですね。私が一番いいと思うのはこの前ルアン様が仰っていたように、指輪が本物で、それで厄介払いに手切れ金を渡されて、私がそれをルアン様にお返しすることです。明日はできるだけ厄介者に映るようにしてみます」
「そうだな、出来れば金貨千枚ほど手切れ金をもらえるように二人で頑張ろうか?」
「ルアン様、強欲ですって!」
笑い合った二人はベッドに潜り込み、そのまま一緒に眠ることにする。ただ、他人の屋敷の客室、それも真っ新で汚れ一つ無いシーツの上で男女の営みをすることにルアンもサラも気が引けた。わざわざ部屋が別れているのに一緒に寝てシーツを汚すなんて、あの使用人に思われるのは恥ずかしいものもある。
「サラ、明日はどっちに転んでも別のところに泊まろうな」
ルアンは昨夜から引き続いて悶々としながら、隣で眠ろうとするサラに声をかけた。
「そうですね。金貨千枚貰って、美味しい物を食べて、いいところに泊まれたらいいですね」
サラはクスリと笑いながら、安心したように目を閉じる。
「ああそうだな、そうしよう。じゃあおやすみ、サラ」
「おやすみなさい、ルアン様」
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ふたりがガルボ一家と夕食をともにし、明日のことを話し合っていた同じ夜。セレスティアの王宮の一室では赤い髪の少女、つまりサラのことが話題にのぼっていたのであった。もちろんあのマリクの口から――。
<第六章 ――セレスティアへ……―― 終わり>




