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第33話 公爵家の紋章

「げっ、リディル……」


 風呂からあがったセリアが、部屋にいる自分の夫を見つけて顔をしかめた。


「セリア、ごめん、迎えに来た」


 リディルは小さな声で妻にそう言い、セリアの隣にいるサラにも立ち上がって会釈をする。


「アンタが悪いんだからね! 毎回毎回迎えに来られたってさあ、こっちだって迷子の犬や猫じゃないんだからね」


「セリア!」


 実の兄にたしなめられてセリアがソファーに腰を下ろす、リディルはリディルで「いいんです義兄さん、僕が悪いんですから」と、スピルスを止めている。


 そんなリディルとセリアの二人を不思議そうに交互に眺めるサラ。仏頂面のセリアはサラに夫であるリディルを紹介した。


「サラちゃん、一応これがアタシの旦那でリディル・カラボリカ。もうすぐ別れるけどね」


「えっ!!」


「セリア!!」


「もう……、冗談だって。兄貴もそんな顔しなくてもさあ」


 火照った顔をパタパタと気だるそうに手で仰ぐセリアに対して、一瞬青ざめた表情になるリディル。そんな対比がおかしくて、サラは吹き出しそうになるのを必死でこらえた。


 リディルは見るからに優しそうな男性だった。ルアンも優しいけれど、リディルはどちらかといえば気の弱そうな感じがする。実際妻であるセリアに頭が上がらないのは気の弱さからなのだろうかとサラは思う。背はもちろんサラよりも高いけれど、もしかしたらセリアに比べて微妙に低いかもしれない。「冗談」とセリアに言われて安心したように茶色の髪を触る姿を見ていると、悪い人ではないのだろうとサラは感じた。


「あの、私はサラと申します」


 軽く膝を折って挨拶をするサラに、リディルは「聞いてます、聞いてます」とニコニコしながら返事を返す。


「二人がお風呂に入っている間に、義兄さんとルアンさんに話を聞きましたよ」


 そんなことをなぜか嬉しそうに話をするリディルに向かって、またもや面白くなさそうに呟くセリア。


「じゃあ、いよいよアタシとの離婚の話も聞いたんだ」


「ええっ!」


「セリアっ!!」


「冗談だって言ってるじゃない……」


 セリアの言葉ひとつひとつに面白いように反応するリディルはやっぱりいい人で、本当にセリアのことが好きなのだろうと、サラはまた吹き出しそうになったのだった。


 △


「これは……、確かにセレスティアの紋章ですね。それに枝を咥えているのが……本当に左の鳥だ! もしこれが本物なら公爵家の紋章に間違いありません。僕も実物をこんなに近くで見るのは初めてですけど」


 そうリディルが説明する手のひらにあるのは例のサラの首飾り、そこに通してある指輪を見てリディルは断言をした。ルアンとスピリス、そしてサラの視線が交錯するなかで、セリアだけが何のことか分からないといった表情で夫に質問をする。


「なにリディル、どういう意味?」


「あのねセリア。セレスティア公国の紋章はこういう小鳥が向かい合った紋章なんだけど、右の小鳥が小枝を咥えているのが一般的な国章なんだ」


 と、指輪の意匠を見せながら説明するリディル。


「でもこれをよく見てごらん、左の鳥が小枝を咥えてるだろう? これはセレスティアの統治者、セレスティア公爵家の紋章なんだ。これを偽造したりしたら大罪なんだよ、だから多分本物なんじゃないかって僕は思うんだけど」


「ふーん」


 セリアは分かったか分からなかったかのような生返事をして、リディルの手のひらから首飾りの指輪の部分をつまんでみた。ランプの光を受けて銀色の光を放つ指輪、それを自分の指に嵌めてもクルクルと回ることを確認して「男物だね」と言ってサラに返す。


「はい、たぶんそうだと思います」


 サラはセリアから受け取った首飾りを再び首にかけ、半分濡れた赤みがかった髪を手で払う。


「で、みんな、なんなのこれ? この指輪の紋章がセレスティア公国の公爵家だか何だかに関係してたら、サラちゃんに何かあるの?」


 部屋にいる五人の中でただひとり事情を説明されていないセリアは、呑気そうにレモンの炭酸酒を飲みながら誰ともなく訊ねたのだった。


 △


「はあああああっ!! サラちゃんのお父さんが、もしかして公爵家に関係ある人! ってどういうこと!?」


 整った形の眉をあげ、綺麗な茶褐色の目を見開いて叫ぶセリア。その叫ぶ声は三軒隣まで届くのではないかというくらいの大声だ。


「セリア……、いつも言ってるだろう。お前の声は大きいんだから」


 などと、自分の大声のことを棚に上げてスピスルがなだめるのも聞かず、なぜかセリアは夫のリディルの胸元をギュウギュウと締め上げながら「どういうこと!? どういうことっ!?」と、詰め寄っている。


「セ、セリアッ、僕だってさっき来て話を聞いたばかりでっ、苦しい、くるしい」


「あ、あの、すいませんセリアさん。これは私の母の形見で、とても大事にしていたもので、でも指輪は男物だからお母さんのじゃなくて、じゃあどうして大事にしていたかを考えたら、えっと、たぶん――」


「死んだって聞かされていた、サラのお父さん。つまり、サラのお母さんが愛した人が渡したものじゃないかって考えたんだ、状況的にな」


 サラの言葉を途中から引き継いだルアンがセリアに説明を加える。サラの母親が若い頃に踊り子をしていたこと、それにセレスティア公爵家の人間がアデリーに来る可能性も高いこと。もしその二つが結びつき、さらにいえば偽造が大罪になるような大事な紋章が入った指輪を渡したということを考えあわせれば、サラの父親はセレスティア公爵家に関係があるのではないか。と、ルアンは今までの経緯を明かした。


「生前サラのお母さんは何も言ってなかったようだし、この指輪が本物だとしたら、という前提だけどね。な、サラ?」


「はい、そうですね。全部仮定の話ですよ、セリアさん。だからセレスティアに行っても何も分からないかも知れませんし、それに――」


 と、苦笑いをしながら肩をすくめ、話を続けようとしたサラの手をいきなりセリアがギュッと握る。


「サ、サ、サラちゃん!!」


「は、はい」


「公爵令嬢になっても、アタシのことを覚えておいてね!」


「えっと、どういう……」


「だって公爵様の娘かもしれないんでしょ!? だったら住む世界が違うようになっちゃうじゃん! そんなの悲しいじゃない、ねえ兄貴! ルアン! リディル!」


 一足飛びに羽ばたいて飛び立っていったセリアの想像の翼を、他の四人は呆然と見送る。それでも一応夫であり、セレスティアに一番詳しいリディルは真っ先に正気を取り戻し、セリアをなだめにかかった。


「セリア……、いまの公爵様、つまり大公様はもう随分とお年だから、サラちゃんが公爵閣下の娘ってことは、さすがにないと思うよ」


「なんでアンタにそんなことが分かるのよ!! ねえリディル? アンタが公爵家の紋章を見て指輪は本物に違いないって言ったんでしょ!? ねえ、ねえ!」


「く、くるしいよセリア。紋章は公爵家のものって言ったけど……、指輪が本物って……ボクは断定してな……い」


 自分の指輪のことで夫婦喧嘩になったことに責任を感じたのか、サラがふたりの間を止めに入り、いつものことだと達観しているのかスピルスが腕を組んで眺めている中で、ルアンはただひとり悩ましげな表情で葡萄酒に口をつけていたのだった。

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