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第34話 赤毛の系譜

 次の日の朝、ルアンとサラの二人はエルドリカ家を出発するべく荷馬車の準備をしていた。行き先はもちろんセレスティア公国。ここから西へと向かって約五日か六日の旅で、ガリエステ半島の付け根にある小国を目指すのだ。


「ルアンさん。これ、昨日言っていた紹介状です」


 リディルがルアンに手渡したのは一通の手紙。それはセスティア公国にいるリディルの知り合いに向けたものだった。


「ありがとうリディルさん。俺たちのためにこんなことまでしてくれて、感謝します」


 頭をさげるルアンに「やめてくださいよ……」とリディルは笑いながら手を振る。


 結局リディルは昨夜エルドリカ家に泊まったのだった。総勢五人が酒を飲み雑魚寝をしたエルドリカ家の部屋は久しぶりに騒がしい夜となり、ルアンはもとよりスピルスもセリアも十年以上も昔に帰ったかと錯覚をしたほどだった。 


 リディルは見た目通りに優しく、そして見た目以上に気が利く男だった。セレスティア公国の内情をできるだけわかりやすくルアンたちに教えてくれ、そしてセレスティアにいるという知り合いに紹介状を書くと言ってくれたのだ。


『ルアンさん、僕の母方の伯父がセレスティアの役人と繋がってるんです。ですからまずは伯父を訪ねてください。いきなりセレスティアの官憲なり役所なりに乗り込んだら、指輪を偽造扱いされたときに大変ですからね』


 そんな申し出をしてくれたリディルにルアンは深く感謝をしたのだったけれど、妻のセリアはというと『そういう大事なことは早くいいなさいよ!』と、酔って三たび夫の胸元を締め上げたのだった。


 今日も南国の空はいい天気で、朝から太陽が照りつけている。ルアンがリディルから紹介状を受け取った場所から離れたところでは、サラとセリアが何やらケラケラと笑い合っていた。全然似ていないのに姉妹みたいだな、などとルアンが思っていると「あのふたり、姉妹みたいですね」と隣のリディルが同じような感想を漏らす。


「セリアはねえ、弟か妹が欲しかったって、いつも言ってるんですよ僕に」


 そう笑って話を続けるリディルに向かって、思わずルアンは苦笑いをしてしまう。


「セリアの弟は大変ですよ、可愛がられたのやら、いじめられたのやら。まあ楽しかったですけどね」


「それも聞いてます、あの頃は楽しかったって」


 ニコリと笑うリディルは少し羨ましそうな眼差しでルアンを見て、それからサラたちの様子を窺いながら静かに話題を変えた。


「あのねルアンさん。昨日はサラちゃんが一緒にいたから言えなかったんですけど、僕にはちょっと気に掛かってることがあるんです。セレスティア公爵家のことについてなんですけどね、言っていいですか?」


 言っていいかどうかまで気をつかうリディルに対し、ルアンはクスリと笑ってしまう。これじゃあセリアの尻に敷かれるのは当然だろうなどと失礼なことを考えながら、「どうぞ、お願いします」と返事をした。


「実は、サラちゃんの髪の色のことなんです」


「髪? あの赤みがかった色の?」


「ええ、そうです。赤毛自体がこの大陸でも多少珍しいことはルアンさんも知ってますよね。まあだいたい百人に一人とか多くて二人とか、そのくらいのものですよ。で、そのことなんですけどね――」


 続けて喋ったリディルの話は、確かにルアンにとっても興味深いものだった。セレスティア公爵家の血筋にも赤毛の貴族がいたというのだ、それも国民にも有名な血筋で。


「いまのセレスティアの公太子はマルセルム殿下で、歳は四十二歳だったかな。肥えた身体で、無愛想で、傲慢で、まああんまりセレスティアの国民には人気がないんですよ。でも、その前に違う公太子殿下がいたんです。ソフィリアス殿下といって、体格は少し小柄でしたけど愛想が良くて、朗らかで、そして何より国民に人気がありました。『ソフィ、ソフィ』ってウチの母親も呼んでましたね。そのソフィリアス殿下が赤毛だったんです」


「で、そのソフィリアス殿下は、いまはどうしてるんです?」


 ルアンの質問にリディルは一瞬瞼を閉じた。そしてできるだけ平静を装うようにして事実を告げる。


「亡くなりました。十七年……、いや十八年前だったかな、食中毒ということでした。僕も子どもでしたけどね、母親が喪に服したのでよく覚えています。実はソフィリアス殿下の母親、つまりいまの大公殿下の正妃であったオラシア大公妃もソフィリアス殿下を産んですぐに亡くなってましてね。最愛の妻の次には、その妻によく似た殿下を失われて、大公も気落ちをされたということです」


「リディルさん。最愛の妻によく似た、ということはもしかして……」


 ルアンは漆黒の瞳を凝らすようにしてリディルに質問を重ねる。それに対してリディルは、軽く二~三度頷きながら予想通りの答えを口にした。


「ええそうです、オラシア大公妃も赤毛だったそうです。小柄で、愛らしい女性だったと母から聞いています」


 ふたりはどちらからともなくサラのいる方に顔を向け、そして確かめるようにその姿を確認する。小柄で愛らしく、そして赤い髪。サラの場合は燃えるような赤というほどではないとしても、赤みがかっていて普通の人間が見れば赤毛というだろう。


 ルアンが小さくため息をつくと、リディルは「すいません」と謝った。


「リディルさん、そんな! なんで謝るんですか?」


「いやあ、セリアと一緒にいると謝るクセがついちゃって、ハハハ……。でもまあ、いまの話は眉唾だと思っておいて下さいね。ただの偶然の確率の方が高いでしょうから」


 微妙な笑顔を見せるリディルにルアンがもう一度お礼を言おうとしたところに、出発の準備ができたと二人を呼ぶセリアの大声が響いたのだった。


 △


「じゃあスピルスさん、リディルさん、それにセリア。お世話になりました」


「はあ!? なんでアタシへのお礼がリディルの次なわけ?」


「セ、セリアさん! お世話になりました。私、昨日はセリアさんと一緒で本当に楽しかったです」


「よし、サラちゃんだけ許す」


 と、そんな冗談を交わしながらルアンとサラは荷馬車に乗り込む。ルアンの手荷物の中にはリディルから貰った紹介状があり、それが今度の旅の重要な鍵になることは間違いない。


「とにかく行ってきます。どちらにしろシェルムへの帰りにはまた寄りますから」


「ああ、頑張れよルアン。それからサラちゃんも」


 スピルスが軽く手を振ると同時に、ルアンが馬に合図をおくった。パカパカと蹄を鳴らして馬が動き、荷馬車はガラガラと引かれていく。スピルスとセリア、そしてリディルの三人は、ふたりの乗った荷馬車が見えなくなるまでエルドリカ商店の前で見送ったのだった。


 △


「兄貴、ルアンたち、どうなるんだろうね」


 ふたりを見送ったあとリディルは仕事のために一足先に自分の家に戻り、セリアとスピルスだけがエルドリカ家に残っていた。昨日の騒がしさがウソのようにガランとした室内で、妹が兄に問いかける。


「さあな、でも俺たちのルアンのことだ、うまくやるに決まってる」


 自分に言い聞かせるようにスピスルが言った言葉に、セリアは軽く頷いて「そうだよね」と答えた。


「ねえ兄貴。昨日アタシお風呂で見たんだ、サラちゃんの身体……」


「え……?」


 何を言い出すのかといったスピルスに構わず、セリアは兄に目を合わさずに話を続ける。


「サラちゃんの白い身体に、傷っていうか、痣みたいなのが薄く残ってた。あれ、たぶん誰かに酷いことをされたんだ。でもルアンじゃないよ、ルアンがそんなことをするはずがない! アタシの可愛い弟がサラちゃんに酷いことをするなんて絶対に、絶対にない! ルアンは……、アタシの弟は、そのことを知っててそれでもサラちゃんを、やっぱりルアンは優しくて……」


 こらえきれなくなったセリアが嗚咽とともにポロポロと涙をこぼす。スピルスはそんな妹の肩を軽く叩きながら、小さく息を吐き出した。


「人にはなあ、いろいろと過去があるんだ。俺にも、お前にも、それからルアンにも、もちろんリディルだって。たったの十八年しか生きてないサラちゃんにだって、十八年の過去があるのさ。俺たちができるのは、ふたりを見守ってやることくらいかもな」


「違うよ、兄貴!」


 鼻にかかった鳴き声ながらも、セリアはキッパリと否定する。


「なにが?」


「ルアンがサラちゃんを幸せにしなかったら、アタシが許さないんだから。もしおめおめとひとりで帰ってきたら、東屋に縛り付けてレモンを擦り込んでやるんだから!」


 涙を流しながらもキッとした目で睨む妹を見ながら、スピルスは「違いないな、お前の言う通りだ」と、セリアの頭を軽く撫でたのだった。


<第五章 ――指輪と赤毛―― 終わり>

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