悪夢を走る少年
マラソン大会に関してはサクサク終えるつもりでしたが、微妙に長くなってしまいました・・・
騎士団総長クレンツの屋敷で、新生アストの驚異的な力を目の当たりにしたゴウマ。
力と仲間の価値観の違いにゴウマは言葉も出なかった。
そして、マラソン大会の会場であるマネットグラウンドにて、ランと再会した誠児とセリナ。
怯える目で何かを訴えようとするランがチームメイトに連れていかれてしまった。
控え室で待っていたのは、ランの恐怖に時間であった。
「おい、ラン!! 俺達に隠れてこそこそとチクろうなんて、お前も随分えらくなったもんだな!!」
ヤンキー風の少年が蹴り倒されたランの胸倉を掴み、顔を強引に上げさせる。
彼の名前はボーガス。
ランの所属するチームの1人で、足の速さはそれほどないが、足の歩幅が大きいため速く走ることができる。
外見は悪いが、外面は良くしているため、周りからは礼儀正しい少年と認識されているが、性格は野獣そのもの。
「ぼぼ、僕はそんなつもりは・・・」
恐怖で言葉に詰まるランに、蹴り飛ばした少女が冷たく言う。
「ウソをつかないでくれる? さっき変なおっさんと女の子に”ボク達のこと”をチクろうとしてたじゃん!」
赤いショートヘアをした彼女の名前はレイラン。チームの中で最も足が速い。
仲間には気を配るタイプではあるが、ランのような弱々し人間に対しては、まるで召使いのように扱う非道な少女。
「あっあの人達とは、少し世間話をしていただけで・・・」
「うるせぇ!!」
ランが最後まで言う前に、ヤンキー少年がランの頬を殴り、
ランは口と鼻から血を流して、再び倒れた。
「チクる以前によぉ、お前がトロいせいで、レイまで荷物を運ぶことになっただろうが! まずそれを謝れよカス!!」
ヤンキー風の少年は、倒れたランの顔を思い切り踏みつけた。
「ぐっ!」
「ちょっとボーガス! あんまり強く踏みつけないでよね! そいつの汚い血が床に飛び散って気持ち悪いわ」
そう言い放つのは、ライカ以上に目つきの悪い金髪の美少女グレイ。
足が速いのはもちろんだが、反射神経と判断力が鋭く、状況に応じて、適切な速さで走ることができる。
天才選手とちやほやされているため、かなりわがまま。
これからマラソン大会に出ると言うのに、化粧をしているような非常識な面もある。
「悪い悪い。 あとでこのゴミに片づけさせるから、勘弁してくれよ」
ランを踏みつけながら平然と平謝りをするボーガス。
「きちんと消毒もしておいてよね」
グレイが不機嫌そうに化粧の続きを始めると、控え室に20代くらいの細身の男性が入ってきた。
「マッドコーチ!」
レイランがそう呼ぶのは、このチームの担当コーチをしているマッド。
トレーニングはハードだが、熱心に指導している素晴らしいコーチと評価は高い。
・・・がそれも表の顔で、実際は、選手を差別するパワハラコーチ。
トレーニングに関しては評価通りだが、タイムを縮めることのできない選手に「もっと早く走れ!!このクズ!!」などと怒鳴りながら、数十時間休憩なしで走らせたり、「仲間に迷惑を掛けた罰だ!!」と雑用を押し付けたりする。
その証拠に、殴られた上踏みつけられているランを見ても「あははは! 相変わらずだね~」と呑気に笑う始末。
「コーチ、こいつ俺達のことを誰かにチクろうとしたんだ」
ボーガスの話を聞くと、マッドはまるでゴミを見るような差別的な目でランを見る。
「それは良くないな、ラン。 君の足が遅いせいで、僕達がどれだけ迷惑しているかわからないのか?
役立たずの君を、このチームに迎え入れ、トレーニングまでさせてやっているのに、被害者ヅラしてチクろうだなんて、君は人間として最低だよ」
マッドはランに罵声を浴びせながら、ランの腹部を思い切り蹴った。
「がふっ!!」
ランは両手で腹を抑えるが、マッドは構わずに、もう一度腹部を蹴った。
「君のようなゴミ以下の人間にはこれくらいしないとわからないかな?」
「うっうぅぅぅ・・・」
ランはたまらずに涙を流した。
それを見たボーガスは足をどけ、「泣いてやがるぜこいつ」とゲラゲラと笑い出した。
化粧を終えたグレイも「どこまで汚いのよ」とランを汚物のように軽蔑した。
「ねぇ、マッドコーチ。 こんな役立たずなんかさっさと追い出して、もっと良い選手を入れようよ」
レイランが迷惑そうに言うと、マッドは申し訳なさそうな顔でこう返す。
「ごめんね、レイ。 頑張って探してはいるんだけど、今トレーニングを受け持っておる奴らは、どいつもこいつもトロ過ぎて話にならない奴たばかりなんだ」
「正直、俺達3人だけで大会に出たいんだがな」
ボーガスが不満そうにそう呟くと、グレイが冷めた目でこう言う。
「・・・仕方ないわ。 大会のルールで、チームは4人と決まっているんだから。 そうでなかったら、こんな汚物、とっくに追い出しているわよ」
不満げな2人に対して、レイランも「同感~」と不満げに同意する。
そこへ、アナウンスが流れた。
『まもなく、開会式を始めます。 選手のみなさんは、グラウンドに集まってください!』
アナウンスを聞き、マッドは倒れているランを乱暴に起こした。
「呼び出しが聞こえなかったのか? さっさと行けよ役立たず!」
マッドはランをドアの方に突き飛ばた。
ドアにぶつかったランは一度は倒れたが、すぐに起き上がった。
これ以上、痛めつけられることを恐れたからだ。
「じゃあ、行こうか」
マッドは何事もなかったかのような笑顔で、レイラン達と共に、控え室を出た・・・
アナウンスが流れてからまもなく、開会式が始まった。
グラウンドには、数十人以上の選手たちが、きれいな列を作り、開会の言葉を聞いていた。
開会式の中で、ボーガスが後ろにいるランに小声でこう語り掛ける。
「おい、ラン。 この大会で俺達の足を引っ張ったらどうなるかわかってんだろうな?」
「!!!」
その言葉に、思わず震え上がるラン。
すると、ランの後ろにいるレイランがさらにこう言う。
「この大会には、たくさんの観客が見に来ているからね。
優勝すれば、全員の目がボク達に注目する・・・」
観客の視線が注がれるということは、知名度が上がるということ。
もし、その中に金持ちや貴族がいれば、スポンサーとしてバックについてくれる可能性が非常に高い。
選手達にとっては夢のようなことである。
「優勝するのは、私達に決まっているわ。 ランが足を引っ張ったりしなかったら、優勝なんて簡単よ」
周りを見下すような目で、自信過剰な言葉を口にするグレイ。
「とにかくラン。 もしお前のせいで優勝を逃すようなことになったら・・・マジでお前を殺すからな」
「は・・・はい」
ランにとっては、もはや悪夢でしかない大会となってしまった・・・
開会式が終わり、選手達はそれぞれ所定の位置に着いた。
この大会のコースを説明すると。
まずチームの1人目がタスキを掛けて、グラウンドを1周する。
2人目は1人目からタスキを受け取り、グラウンドのそばにある小さな山に登り、頂上を目指す。
頂上にいる3人目もタスキを受け取り、頂上からグラウンドまで一気に下山する。
最後にタスキを受け取った4人目は、1人目と同じくグラウンドを一周してゴールという流れになっている。
ランのチームの場合は、1人目がレイラン、2人目がボーガス、3人目がグレイ、4人目がランとなっている。
ランを最後に走らせたのは、自分達には他の選手を引き離せる自信があるため、比較的走りやすいグラウンドで余裕を持って走らせようという考えだ。
もちろんこれは、ランに気を使ったわけではなく、優勝を狙うためだ。
そして、スタート宣言をする大会スタッフが、マイクを持って高台に上った。
『位置について! よーい!・・・スタート!!』
その言葉を言い終えた瞬間、一斉に1人目の選手達が走り出した。
スタート時点では、数人の選手が先頭を争っていましたが、
すぐに群を抜いて、先頭を走っていたのはレイランであった。
その後もどんどん差をつけていき、あっという間に、1周を走り終え、ボーガスにタスキを渡す。
走り終えたばかりでも、レイランの息はほとんど乱れていなかった。
タスキを受け取ったボーガスはグラウンドを出て、すぐそばにある山に登り始める。
大した大きさではないが、急斜面がひどく、全速力で走るのはかなりきつい。
実際、ほかの選手は登るにつれ、どんどん息を切らして、ペースを落としてしまう。
しかし、持久力のあるボーガスはペースを落とすことなく、頂上に向かった。
頂上に着いたボーガスは、そこで待っていたグレイにタスキを手渡した。
タスキを受け取ったグレイは、急いで下山する。
登るより楽なようにも思えたが、下山では、走るとつまづきやすいというデメリットがある。
下山するほとんどの選手は、途中で躓いたり、木にぶつかったりして、ケガをしてしまう。
ところが、一番グラウンドに着いたグレイは、ケガをしていないどころか、化粧すら全く落ちていなかった。
そしてついに、ランが走ることになった。
だが、ランの心にはレイラン達に対する恐怖でいっぱいになっていた。
自分のせいで優勝を逃せば、自分は殺されるという恐怖。
それが彼の実力を抑えてしまい、本来の速さで走れない理由であった。
スタート時には、ラン以外の選手はいない。
他の選手がグラウンドに着いた頃には、ランはすでに半周を過ぎていた。
誰もが、ラン達の優勝を疑わなかった。
・・・ところがここで、予想外の展開が待ち受けていた。
「あっ!!」
なんと、ランがつまづいて転んでしまったのだ。
これにはレイランとグレイを含め、観客達も驚いた。
「うっ・・・」
ランの右ひざは出血し、痛みでまともに立ち上がることも困難であった。
だが、このままでは優勝をできずに、レイラン達に何をされるかわからない。
「くそっ!!」
ランは渾身の力を足に込めて、再び立ち上がる。
そして重心を左足で支え、ひたすらゴールを目指す。
・・・が、傷ついた足で満足に走れるわけもなく、後ろからほかの選手がどんどん追い抜いていく。
そして、ランがゴールした時には、かなりの選手がゴールしており、ラン達のチームは7位という結果に終わった。
ランはそのまま、大会スタッフ達に医務室へと運ばれていった・・・
観客席から医務室に駆け付けたビンズ。
ランの治療が終わるのを待ち、先生の許可を頂いて医務室へと入った。
「ビンズさん・・・」
ランはケガをした右足をさすりながら肩を落としていた。
「ラン。 ケガは大丈夫なのか?」
「はっはい・・・すぐに治療したので、先生は大丈夫だろうと言っていました・・・」
それを聞き、ビンズはひとまず「よかった・・・」と安堵した。
「・・・」
ランはこれまで見たこともないほどの暗い表情を浮かべていた。
「ラン・・・負けたのは悔しいかもしれないが、お前はケガを負いながらも、立派に完走したじゃないか!
私はお前を誇りに思うぞ!」
「・・・でも負けは負けです」
「次また頑張れば良いんだ!! 私でよければ、なんでも協力しよう! だからそんな暗い顔をしないでくれ」
「ありがとう・・・ございます」
ビンズはランの様子が気になっていた。
ランはマラソンに負けて悔しく思っているというよりも、何かに怯えているように見えた。
「・・・ラン。 何か私に隠していることがあるんじゃないか?」
「いえ・・・何も・・・」
ランは目を合わせずに答える。
「ラン。 ギルドを卒業しようと、私達はお前の味方だ。どんなことになろうと、私達はお前のそばにいる!」
その言葉を噛みしめるように聞くランに、もう一度ビンズは尋ねる。
「ラン。 何かあるなら、話してくれないか?」
ビンズの優しく温かい言葉に、ランは涙を流した。
「ビンズさん・・・ぼっ僕は・・・」
ランが勇気を出して、言葉を発したその時であった。
突然医務室のドアが開きランのチームメイト達とマッドコーチが入ってきた。
「お取込み中、申し訳ありません。 これからここで反省会をしようと思うので、席を外していただけますか?」
マッドは優しい声でビンズを追い出そうとするが、ビンズはマッドの目を見てはっきり言う。
「すみません、マッドコーチ。私はランと話があるんです。 もう少し待っていただけないでしょうか?」
「残念ですが、閉会式が終わったので、一般の方がここに留まるのはご遠慮願います」
ビンズはあくまで観客としてこの場にいるビンズ。
閉会式が終われば、マネットグラウンドから出ていかなければならない。
「ですがどうしても、この子と話がしたいんです! どうかお願いします!」
必死に懇願するビンズを呆れたような目で見つめるマッド達。
「あまりこんなことは言いたくないのですが、我々の言葉を聞かないというのなら、大会スタッフに通報しますよ?」
それを聞き、ランはパニックになった。
スタッフ達に連行されれば、下手をすれば騎士団に引き渡される恐れもある。
ランにとって、それは絶対避けたいことだ。
「・・・ビンズさん。 僕は大丈夫ですから、話はまた明日にしましょう」
「ラン・・・」
「僕は大丈夫ですから・・・」
ランはその時、初めて笑顔を見せた。
それは、ランができるせめてものお礼でもあったのだ。
「本人はああ言っている以上、ここはお帰りください」
マッドがとどめのセリフを口にする。
「・・・ラン。 本当に大丈夫なのか?」
「・・・はい」
ランのはっきりとした返事に、ビンズは「わかった・・・」とだけ呟く。
「ラン。 ギルドで待っているからな」
「・・・はい。 ありがとうございました」
ビンズはランの言葉を信じ、医務室を後にした。
「さ~てと、ラン。 よくも俺達の優勝をぶち壊してくれたな・・・」
ビンズが去った後、ボーガス達の表情には強い怒りが浮かび上がった・・・
ルド「ランって子。 大丈夫かな」
ライカ「さあね。 本編だと、あたし達は何も知らないからどうにもならないわね」
ルド「・・・あのさ、よくよく考えてみたら、主要キャラが1人も登場しない話って何気に初めてじゃないか?」
ライカ「そうね・・・本当はマラソン大会をさっさと終わらせようと思ってたみたいだけど、予想より長くなったみたい」
ルド「計画性がないから、話が進まないんだよ!」
ライカ「あたし達のこの会話も、元をたどれば作者の愚痴なのよね」
ルド「言いたいことがあるなら、オレ達に代弁させずに、自分で言えばいいんじゃん!」
ライカ「それは一気に話がつまらなくなるからご遠慮願うわ」




