薬師の祈りと淡き思い出
沢山の花びらが舞い散る道は小高い丘にある教会まで続く。
そこで死者は旅立ちの祝福を受け、浄化の炎で俗世との繋がりを断ち、浄められるのだ。
そうして残った聖灰を一つまみ鳩に振りかけて、青空へと放って式は終わる。
厳かに行われる旅立ちの祝福を聞きながら、ルイスはここにいない王を気にしていた。
城へと戻った後、ずっと部屋から出ずに虚ろな目をした王。
下手すれば、彼女の後を追ってしまうのではないかと、誰もが懸念しながらも首を傾げた。
かの王はリオを嫌っていたのではなかったのか、と。
そんな彼らを横目に、ルイスは苦笑いを溢した。
顔を会わせればちくちく嫌味を言い。
姿が見えないと周りに探させ。
見つけては手を煩わせるなと八つ当たりをし…。
当て付けのようにリオさんの前でミオ様を甘やかす。
こんなにも分かりやすいのに、何故皆気付かないのか不思議で仕方なかった。
そして、リオさんの気持ちも…。
「何故、彼の事が好きなのですか?あの方は貴女にちっとも優しくないのに」
以前、余りにも気になって直接聞いてしまった時、彼女は驚いて硬直した後、苦笑いを浮かべていった。
「本当に…どうしてでしょうね。でも…」
そこで、リオさんは視線を移した。
後を追って見れば、そこには笑顔で話に花を咲かせる二人。
「私を見る冷たい薄氷の瞳が、美桜を映すと優しさに溶けて水の様に見えるの」
穏やかで、優しさに満ちたその瞳は、決してリオさんには向けられないもの。
美しい王と可憐な寵妃の、仲睦まじい優しくも残酷な光景。
けれど、彼女は妬むのでなく、羨むのでなく、ただ嬉しそうにその光景を見ていたのを覚えている。
(今思えば、あれも当て付けの内の一つだったのだろうけど、彼女を見る限りでは逆効果でしたね……)
ふと、ギルが彼をかまってちゃんのお子様王と言っていた事を思い出し、ルイスは溢れそうになる笑いを懸命にこらえた。
(好きと嫌いは紙一重…ですか。ですが……)
遅すぎた。
王が自らの気持ちに気づく前に、彼女は来世に向かい旅立ってしまった。
俯いていた顔を上げて、祭壇を仰ぐ。
そこに描かれている十二神を見て、ルイスは祈った。
(どうか、彼女の来世が幸せに満ち溢れたものでありますように。そして王が….)
バタンッ
その先の願いをかき消すように、重たい扉が開かれた。
突然の事に、皆が顔を上げて振り返る。
そして、そこにいる人物に、誰もが息を呑んだ。
ここにいる人全員が、絶対に来ることはないだろうと思っていた人物。
幾分窶れてはいるが、衰えることのない美貌をもつこの国の若き王ヴェルグラス.ロワレ.グラフィティス…その人だった。