第4章 民の希望の灯
舞踏会の夜から数日が過ぎ、フィオレンツァの街は私の名でざわめいていた。
聖女フランチェスカ。
民の口から口へと、その名が広がる。
枯れた葡萄の木を蘇らせ、ルチアーノ・モレッティの試練を打ち破った私の姿は、まるで伝説のように語られていた。
だが、私は知っている。
聖女の力は、貴族たちの前で輝くためだけにあるのではない。
この国の民、飢えと病に苦しむ人々のためにこそ、使われるべきなのだ。
胸に宿る光が、そう囁く。
私は、フランチェスカ・ディ・ロッシ。
聖女として、この国を変える。
その決意を胸に、私は新たな一歩を踏み出した。
朝、礼拝堂でソフィアを訪ねると、彼女はいつものように古い書物を手にしていた。
だが、その目は、いつもより鋭く私を捉える。
「フランチェスカ、舞踏会でのお前の行動は、フィオレンツァに大きな波を起こした。
民は希望を見出し、貴族は不安を覚えている。」
彼女の声は、静かだが、どこか重い。
私は、頷き、こう尋ねた。
「ソフィア、貴族の不安は、ルチアーノ様の影響ですか?」
彼女は、ゆっくりと書物を閉じた。
「その通りだ。
ルチアーノは、お前の力を脅威と見なし、貴族たちを扇動している。
彼は、お前の聖女の力を偽物と証明しようと、策略を巡らせているだろう。」
彼女の言葉に、私の胸が締め付けられる。
ルチアーノの冷たい瞳が、頭をよぎる。
「ソフィア、私はどうすればいい?
彼の策略を、ただ待つしかないの?」
私の問いに、ソフィアは微笑んだ。
「フランチェスカ、策略には、真実で立ち向かうのだ。
お前の力は、民の心を掴む。
彼らを救い、希望を与えなさい。
そうすれば、ルチアーノの言葉など、風に消える。」
彼女の言葉が、私の心に火を灯した。
その日、ソフィアの助言に従い、私はフィオレンツァの貧困地区へと向かった。
馬車を降り、簡素なローブに身を包んだ私は、埃っぽい通りを歩く。
そこは、貴族の華やかな区域とはまるで別世界だった。
崩れかけた家屋、痩せ細った子供たち、咳き込む老人たち。
私の心が、痛みで締め付けられる。
「こんなにも、多くの人が苦しんでいるなんて……。」
私は、つぶやいた。
ソフィアが、私の肩に手を置く。
「フランチェスカ、ここがお前の戦場だ。
聖女の力で、彼らの闇を照らしなさい。」
彼女の言葉に、私は頷いた。
通りを進むと、広場に人々が集まっていた。
彼らは、私を見つめ、囁き合う。
「聖女だ!」「あのフランチェスカ様だ!」
その声に、私は微笑みを浮かべ、広場の中心に立った。
「皆さん、私はフランチェスカ・ディ・ロッシ。
聖女の力で、皆さんの苦しみを癒したい。
どうか、私に力を貸してください。」
私の言葉に、群衆がざわめく。
一人の老女が、震える手で私のドレスの裾を握った。
「フランチェスカ様、私の孫が、熱で苦しんでいるんです。
どうか、助けてください!」
彼女の涙に、私は跪き、彼女の手を取った。
「大丈夫、連れてきてください。
私が、癒します。」
私の声は、確信に満ちていた。
老女の孫、名をレオナルドという少年は、熱にうなされ、布にくるまれていた。
私は、彼の額に手を当て、目を閉じた。
胸の奥から、温かな光が湧き上がり、指先を通じて少年へと流れる。
光が彼を包み、熱が引いていく。
やがて、少年が目を開け、弱々しく微笑んだ。
「おばあちゃん……?」
その声に、老女が涙を流し、私を抱きしめた。
「ありがとう、聖女様!
神があなたを送ってくれた!」
彼女の言葉に、広場が歓声に包まれた。
その日から、私は貧困地区に通い続けた。
病に苦しむ者を癒し、枯れた井戸に水を呼び戻し、荒れた土地に緑を蘇らせた。
私の手から放たれる光は、まるで命そのもののように、民の心を温めた。
民の支持は、日を追うごとに強くなり、聖女フランチェスカの名は、フィオレンツァの隅々に響き渡った。
だが、その一方で、貴族社会の不穏な空気も感じていた。
ルチアーノが、動き出したのだ。
ある夕暮れ、屋敷に戻ると、父が私を客間に呼び出した。
彼の顔は、憂いに満ちていた。
「フランチェスカ、貴族たちの間で、お前の噂が問題になっている。
ルチアーノ侯爵が、聖女の力を魔術と呼び、貴族たちを扇動しているのだ。」
父の言葉に、私の胸がざわめく。
「父上、ルチアーノ様は、私を陥れようとしているのです。
私の力は、魔術ではありません。
民を救う、聖なる力です。」
私の言葉に、父はため息をついた。
「フランチェスカ、私はお前の力を信じている。
だが、貴族社会の力は、ルチアーノに傾いている。
気をつけなさい。」
父の言葉が、私の心に重く響いた。
その夜、ソフィアが私の部屋を訪れた。
彼女は、珍しく厳しい表情を浮かべていた。
「フランチェスカ、ルチアーノが、貴族評議会に訴えを起こした。
お前の力を、魔術として糾弾し、裁判にかけようとしている。」
彼女の言葉に、私は息を呑んだ。
「裁判?
そんな……!」
私の声が、震える。
ソフィアは、私の手を取り、こう言った。
「恐れるな、フランチェスカ。
聖女の力は、試練の中でこそ輝く。
だが、そのためには、新たな力を目覚めさせる必要がある。」
彼女の言葉に、私は目を丸くした。
「新たな力?」
ソフィアは、頷き、こう続けた。
「聖女の力には、自然と共鳴し、未来を予見する力がある。
今夜、礼拝堂で、その力を呼び起こす儀式を行おう。」
彼女の言葉に、私は決意を固めた。
「はい、ソフィア。
私は、どんな試練も乗り越えます。」
礼拝堂での儀式は、神秘に満ちていた。
ソフィアが、古代の言葉を唱え、祭壇に光が灯る。
私は、祭壇の前に立ち、目を閉じた。
胸の光が、まるで嵐のようにうねり、頭の中にビジョンが流れ込む。
ルチアーノが、貴族たちを扇動し、偽の証人を用意する姿。
民が、私を支持し、広場に集まる姿。
そして、ヴィットリオ・コンテの緑の瞳が、私を見つめる姿。
ビジョンが途切れ、私は息を切らして目を開けた。
「ソフィア、これは……!」
私の声に、彼女が微笑む。
「フランチェスカ、お前は未来を見たのだ。
この力を使い、ルチアーノの策略を打ち破りなさい。」
彼女の言葉が、私に勇気をくれた。
翌日、驚くべき訪問者が屋敷に現れた。
ヴィットリオ・コンテ公爵だ。
彼は、穏やかな微笑みを浮かべ、私にこう言った。
「フランチェスカ様、貴女の民への献身を聞き、感銘を受けました。
私も、貧困地区の復興に協力したい。
共に、フィオレンツァを変えませんか?」
彼の言葉に、私の心が温まる。
「ヴィットリオ公爵、ありがとうございます。
共に、民を救いましょう。」
私は、彼の手を取り、微笑んだ。
その瞬間、彼の瞳に、微かな好意の光が宿った。
私の心が、わずかに揺れる。
ルチアーノとは異なる、この温かさ。
それは、私に新たな希望を与えた。
私は、フランチェスカ・ディ・ロッシ。
聖女の力に目覚めた女として、ルチアーノの策略を打ち破り、民を救う。
ヴィットリオとの協力は、私の道をさらに照らすだろう。
裁判の試練が待つが、私は恐れない。
私の光は、フィオレンツァの闇を照らすのだ。




