第3章 舞踏会の試練
ルチアーノ・モレッティからの手紙を握りつぶした夜、私は自室の窓辺で月を仰いだ。
銀色の光が、まるで私の心を映すように揺らめく。
彼の冷酷な言葉が、頭の中で繰り返される。
「聖女を名乗るなど、愚かな行為だ。」
「侯爵家を侮辱した罪は、必ず償わせる。」
その挑戦は、単なる言葉ではない。
ルチアーノは、私を貴族たちの前で辱め、聖女の力を偽物と証明しようとするだろう。
だが、私は怯まない。
胸に宿る光が、私に囁くのだ。
「フランチェスカ、汝の道は正しい。」
私は、深呼吸をし、決意を固めた。
「ルチアーノ、貴方の試練、受けて立つわ。
私の光は、貴方の闇を打ち砕く。」
翌朝、ソフィアを礼拝堂に訪ねた。
彼女は、いつものように古い書物を手に、静かに微笑む。
「フランチェスカ、ルチアーノの手紙のことを、すでに知っているよ。」
彼女の声は、まるで私の心を見透かすようだ。
私は、驚きに目を丸くした。
「ソフィア、どうして……?」
彼女は、書物を閉じ、ゆっくりと立ち上がる。
「聖女の力は、ただ癒すだけでなく、真実を見抜く力でもある。
ルチアーノの心は、嫉妬と傲慢に支配されている。
彼はお前を恐れているのだ。」
彼女の言葉に、私の胸がざわめく。
「私を、恐れる?
なぜ?」
ソフィアは、穏やかに答えた。
「彼は、お前の純粋さと、民を引きつける力を知っている。
それが、侯爵としての彼の地位を脅かすと、無意識に感じているのだ。」
私は、息を呑んだ。
ルチアーノの冷たい瞳の裏に、そんな感情が隠されていたとは。
「フランチェスカ、舞踏会は試練の場だ。
だが、それはお前が輝く場でもある。
貴族たちの前で、聖女の力を示しなさい。
ただし、傲慢にならず、謙虚に。
それが、聖女の道だ。」
ソフィアの言葉は、まるで私の心に刻まれるようだった。
私は、頷き、こう言った。
「はい、ソフィア。
私は、聖女として、民のために、力を示します。」
彼女の目が、満足そうに輝いた。
舞踏会の日は、瞬く間にやってきた。
私は、淡い金のドレスをまとい、髪に白い花を飾った。
鏡に映る自分は、かつての弱々しいフランチェスカではない。
聖女の力を宿し、民の希望を背負う女だ。
ベアトリーチェが、私の姿を見て涙ぐむ。
「フランチェスカ様、まるで聖女そのものです。」
彼女の言葉に、私は微笑んだ。
「ベアトリーチェ、ありがとう。
でも、私はまだ、聖女になる途中なのよ。」
彼女の手を握り、私は馬車に乗り込んだ。
ルチアーノの邸宅は、燦然と輝く宮殿のようだった。
水晶のシャンデリアが光を散らし、絹のドレスをまとった貴族たちが笑い合う。
だが、その笑顔の裏には、好奇と嘲笑が隠れている。
私が会場に足を踏み入れると、ざわめきが広がった。
「フランチェスカ・ディ・ロッシ!」「聖女を名乗っている娘だ!」
囁き声が、私の耳に届く。
私は、胸を張り、堂々と歩みを進めた。
ルチアーノが、会場中央で私を待っていた。
彼の黒い礼装は、まるで闇をまとったようだ。
その瞳は、冷たく、しかしどこか挑戦的に私を捉える。
「フランチェスカ、よく来たな。
聖女を名乗る貴女に、試練を与えよう。」
彼の声は、会場に響き渡った。
私は、静かに答えた。
「ルチアーノ様、どのような試練でも、受けて立ちます。」
私の声は、驚くほど落ち着いていた。
彼は、会場の一角に設けられた台座を指した。
そこには、枯れた葡萄の木が置かれている。
「この木を、貴女の力で蘇らせてみせなさい。
聖女なら、造作もないことだろう?」
彼の口元に、嘲笑が浮かぶ。
貴族たちが、興味津々に私を見つめる。
私は、深呼吸をし、台座に近づいた。
「わかりました、ルチアーノ様。
聖女の力、しかとご覧ください。」
私の言葉に、会場が静まり返った。
私は、目を閉じ、胸の光を呼び起こした。
ソフィアの教えを思い出す。
「心を静め、命と対話せよ。」
私の手が、枯れた木に触れる。
瞬間、温かな光が指先から流れ出し、木を包み込んだ。
枯れた枝が震え、新芽が息吹き、みるみるうちに青々とした葉が広がる。
やがて、木は実を結び、紫の葡萄が輝いた。
会場が、驚嘆の声に包まれる。
「奇跡だ!」「本物の聖女だ!」
貴族たちの声が、響き合う。
ルチアーノの顔が、初めて動揺に歪んだ。
彼は、唇を噛み、私を睨みつける。
「これは……まやかしだ!
何か仕掛けがあるに違いない!」
彼の声は、焦りに震えていた。
私は、静かに微笑んだ。
「ルチアーノ様、聖女の力は、貴方の疑いを超えます。
この葡萄を、味わってみてください。
真実が、わかりますよ。」
私は、葡萄を一粒摘み、彼に差し出した。
彼は、躊躇しながらも葡萄を受け取り、口にした。
その瞬間、彼の目が見開かれる。
「これは……!」
彼の声が、途切れる。
葡萄の甘美な味が、彼の疑いを打ち砕いたのだ。
会場が、拍手に包まれる。
私は、胸を張り、こう言った。
「ルチアーノ様、私は聖女です。
貴方の試練を、乗り越えました。」
私の言葉に、彼は言葉を失い、ただ私を睨むだけだった。
そのとき、会場に新たな人物が現れた。
背が高く、深い緑の瞳を持つ男性。
彼の名は、ヴィットリオ・コンテ、公爵家の当主。
三十歳の彼は、フィオレンツァでも屈指の名門の後継者だ。
彼が、私に近づき、微笑んだ。
「フランチェスカ・ディ・ロッシ、素晴らしい力を拝見しました。
貴女の光は、この国を変えるでしょう。」
彼の声は、温かく、しかし力強かった。
私は、彼の瞳に引き込まれ、頷いた。
「ヴィットリオ公爵、ありがとうございます。
私は、民のために、この力を使います。」
彼の微笑みが、私の心に小さな波紋を広げた。
舞踏会は、華やかに続いた。
貴族たちの態度は一変し、私に敬意を払う者も現れた。
だが、ルチアーノは、会場を後にし、その背中には敗北の影が漂っていた。
私は、ソフィアの言葉を思い出した。
「貴族たちの前で輝け。」
私は、確かに輝いた。
だが、これは始まりに過ぎない。
ルチアーノの嫉妬は、さらなる試練を生むだろう。
そして、ヴィットリオの微笑みが、私の心に何を残すのか、まだわからない。
その夜、屋敷に戻った私は、母に抱きしめられた。
「フランチェスカ、誇らしいわ。
お前は、ディ・ロッシ家の名を、輝かせた。」
母の言葉に、涙が溢れる。
父も、静かに頷く。
「フランチェスカ、すまなかった。
お前の力を、信じよう。」
彼らの言葉が、私の心を温めた。
私は、窓辺で月を見上げた。
ヴィットリオの緑の瞳が、頭をよぎる。
彼は、ルチアーノとは異なる。
その温かさが、私の心に小さな希望を灯す。
だが、今は、聖女としての道を進むときだ。
ルチアーノの闇、民の苦しみ、フィオレンツァの未来。
すべてを、私の光で照らす。
私は、フランチェスカ・ディ・ロッシ。
聖女の力に目覚めた女として、この国を変える。
その戦いは、今、始まったばかりなのだ。




