蛇足編 「幸せの波」
この話で最後だろうから、私から直接語る。
人生って、波だ。
幸せな事があると、その反動みたいに不幸な事がある。逆もまた然り。あると言うより、そう感じるに近いかもしれないが、それは人それぞれだ。
高校時代は、スペックや結果に恵まれてたけれど、それがありがたいとか幸せとは思っていなかった。土台となる才能もあっただろうが、結果は努力だし。
右手左脚はなくなって、人生に絶望したりして、アパートに引き篭もった。寿命を削ろうとしてタバコを吸ってたりもした。
それも、時間が経って、原因のやつに言われて、やっと立ち直った。
最近、義肢のロボットエンジニアとのコネクションで、感覚を微細な電気信号で伝えてくれる機能なんかも開発してくれた。
私のリアクションを実験的に行う代わりに、お金はかからないと言ってくれた。耐久性のテストや訓練も兼ねて、トレーニングをしている。
出産には間に合って、両手の感覚がある状態でぷにぷにほっぺに触ることが出来た。
ぷにぷにとかザラザラというのも伝わってくる。聞くに、いろいろなセンサーを使って再現しているんだとか。
暫くして稚陽が家にやっと帰ってこられて、その日はベッドに柵を付けて、二人を包むようにして寝た。ただ、添い寝の事故が怖かったので、眠りは浅かった。
朝起きると、娘と寝格好がシンクロしていたらしく、稚陽に写真を撮られた。
一週間くらい、時々夜泣きしてしまうことがあった。
子どもができた母は敏感だったりストレスがかかるから、稚陽には沢山寝てもらい。
そのため、その一週間は私が寝かしつけた。
仕事と重なったからか、スマホで睡眠時間を見ると、驚くことに、丸一週間睡眠時間のバーがなかったのだ!
働き過ぎと言われたが、なんのその。
そしたら、社長にチクられて育休を取らされた。お金もぺっと渡された。四十万円だった、恐ろしい。効果音で、チャリンとか、鳴りそうだ。
でも、育休のお蔭で沢山家に居られた。
娘はとても可愛い。
「あぅー」
「かわいーなぁ」
「かわいいですね」
「......ママもだよ?」
「な、なんですか!」
家の中は良い感じ。
稚陽とは仲良くしていて、家の中で喧嘩はしない。
ただ、えっちな失言をして怒られる。それでも、稚陽は愛してくれているし、私も愛している。
最近は、仕事でヨーロッパに行くこともあるし、アフリカにも行った。アフリカは、お姉さんとこの共同事業だ。
お姉さんと宿泊先が同じ時、日が昇るかどうかという時間にランニングしに行ったこともある。冬だったか春だったか、少し冷えていた。海の砂浜に着いたときとか、少し印象に残っている。
そう言えば、宿泊施設にいなかっただけで、大捜索されかけたこともあったな。
ここまでくると、ウチの会社が一国家のような扱いになる。
私が飛行機から降りるだけで、空港には国のお偉いさんがいたり、スラれないようにボディーガードがついたりもする。
パパ、立派になったよ。
とは言え、困る事もある。
トレーニングをする習慣がついたのだが、宿泊先でそういった事が出来そうにないときがある。そういう時は、日の出の時間何もない外でしている。木刀を振っているので、ジャパニーズサムライ!とも、不審者とも思われそうだ。
それと、家に居られない時もある。
その間は不安でしょうがないのだが、稚陽は小さいが安心して帰らせてくれる。
小さい......小さいか。
そう言えば、また子どもが欲しいって言ってたな。
「子どもを欲しがるたびに持ち上げなきゃいけないのか」
「黙ってください」
取り敢えず、長女が六歳になるまではいいかなとなった。
つまり、娘が五歳になる頃には頑張らなきゃいけない。栄養管理とか、お金とか、いろいろ。
でもまだ、考える猶予はある。
一人の娘を愛するもよし、子沢山の家庭でもよし。
どれだけ増えるかわからないけれど、増えたら引っ越ししよう。
お金は困らないかな......なんか、凄い額が毎月入るし、年末にはとどめと言わんばかりに入ってくる。
それと、相手国の人に娘の話をしていたら、正月にお年玉をくれた。お年玉なんて文化ないだろうに。
これがまた凄い額なのだ。世界一お年玉を貰う子どもとして、世界記録に載らないかな。
ただ、日本では一万円、60〜70ドルと言っておいたので、もうそんな夢はないだろう。パパを恨まないでくれよ。
その中でも、特に多くお年玉をくれた人とは仲が良い。
一緒に酒を飲んだこともあり、その時は妻の愚痴を言い合った。彼は妻の小言や片づけを愚痴っていたが、私の場合はどれも恥ずかしいえっちな話ばかりである。それを羽目を外して言うので、酔いが覚めてしまったらしい。
時々、会議でなくともリモートで子どもを見せ合う。
娘は問題なく育ってくれている。
娘の気性は穏やかで、将来は優しい子かな。
今のところ悪い事はしていないのでいいが、怒れそうにない。ママを頼りにする。
娘ばかりではなく、妻もしっかり愛している。
稚陽とは定期的に愛し合っており、やはり彼女も可愛いのだ。
勿論、仕事などではしっかりと節度ある距離だ。
会社や海外の相手が家族をしっかり見ろと言ってくれるので、娘の成長や稚陽の様子はしっかり見られている。
寝るときはデンジャラス桃太郎の話とかしている。厳しさも教えるが、厳しい世界を生き抜ける程度で優しくあってほしい。
朝起きるとき、自分を囲むものはアパートの頃と全然違う。
あの頃なんて、起きてもガタがきそうな蛍光灯があって、体を起こせば気力を全て使い切った。
朝起きると隣には愛する妻がいて、体を起こせば愛する娘がいる。
こんな日々を、あの頃に想像出来ただろうか。
そう思う。
今日は写真撮影。
カメラの向こう側には、見たことのある人たちばかりだ。
パソコンを置いているが、リモートにも凄い人数が参加している。時差で大変だろうにお祝いムードの猛者の集う家々だ。
写真撮影くらい三人とカメラマンで充分なのだが、みんな祝福してくれると言って、今に至る。もう結婚式代わりのような感じだ。
私は椅子に座り、稚陽と娘を膝の上に重ねる。団子三つだ。
今、とても幸せだ。
これは、今までの苦労を経過したからこその見える景色なんだと思う。
後で不幸が起きるぞとか思うか?黙れ、それは太陽が地球を呑み込む日にお預けしてもらう。
でも、この大きな波が、死んでからも返されない事を、願う。
「あ、やべ、泣きそう」
「しっかりしてくださいよ」
「幸せにしてくれて、ありがとう......」
「そんなこと、今言わないでくださいよ......私まで......。こちらこそ、ありがとうございます」
前から「頑張れ」と言われる。何を頑張るんだかこの状況で。
「マーマ、パーパ」
「ふふっ、かわいい」
「うん」
前を向こう。
「いきますよー」
はい、チーズ――。
この話は、これでお終い。




