軌跡編 「優子、昔の」
「いやぁ、優秀だね君は。大学も期待してるよ!」
「あ、優子さん」
「あの人、ずっと学年一位なんだって」
「すごいね〜」
「ねぇ、学年一位の人、体力テストで賞状貰ってたよ」
「え、スポーツも出来る感じ?ヤバ」
彼に友だちという友だちはいなかった。
優子は、孤高こそが真の平和と幸せへの道であると信じてやまなかった。勉強もスポーツも誰かと一緒にすることはなく、ただ独りで厳しい日々を過ごしていた。
勿論、これらの事は楽しいのかけらもない。
しかし、出来ることをするまでだった。
二年生の秋頃、優子はある事に気づいた。
クラスの一人が話し合いに参加していないのだ。
優子はそんなやつはどうでもいいと思っていたが、同時に後々問題になっても面倒だなとも思った。話しかければ、先生からの評価も上がるだろうと、少し汚くも合理的な考えもあった。
優子は話しかけた。どうやら、人と話すことが苦手なやつらしい。少しは意見を尋ねて、だが結局意見がないのはいつもの事だった。
ある日、優子のロッカーに手紙が入っていた。同時に、それが噂になっていた。
優子の学校は公立であるため、靴入れのロッカーが存在した。今では荷物入れになっている。
噂の発端は女子からだ。狂信者がそのロッカーを眺めていたところ、別の女子がロッカーの隙間に手紙のような物を入れるところを見たらしい。
その手紙は感謝を述べたものだ。
その手紙を開いた優子は、高校に入ってから初めてという顔をした。ちょっとニヤけたのだ。
優子が高校に入って以来、初めての事だった。
優子は夢があった。打ち上げ花火を近くで見ることだ。
花火が丸いか平らかで、下から見るか、横から見るかなどというどこかの映画のようなものではない。
遠くからポツポツと見える打ち上げ花火を、一度でいいから近くで見てみたかったのだ。
家族で見るのもよかったが、それは叶いそうになかった。それならばと、彼女ができたら二人で行きたいと思っていた。
そもそも、花火を見に行くために時間を割くことに躊躇いを感じていたが、行こうと決断した。
日和はそれに同意してくれた。
花火は川沿いの場所で行われた。
花火の打ち上げまで時間があったので、優子は屋台に行くか日和に尋ねた。
「屋台行く?」
「うーん。射的か、金魚掬い」
「わかった」
日和の要望通り、射的に行った。
しかし、チャンスが少なかったため、何も取れなかった。
そのため、屋台のおじさんは、優子たちにスーパーボールを一つプレゼントした。それは男子向けっぽかったので、優子のポケットに入った。
金魚掬いは、おもちゃのものを選んだ。
「すっと、すっとやるの」
「ちょっと待って、小さい頃にしたっきりなの」
「動かないよー」
「ねぇ焦らさないで」
「よそ見しない。あ」
日和は二個だけ取って、紙が破けてしまった。
優子はやらないつもりだったが、日和にやれと言われてやった。
彼は三つ取った。
「ふん」
「ごめんね」
「ふーん」
「......交換しよ」
交換すると、日和ははにかんだ。
それを見て、優子は嬉しくも哀しくもなった。
花火が始まるので、よく見られる場所に移動した。人は多いけれど、座るスペースは十分にある。
まだ時間があったので、たこ焼きを買いに行った。
たこ焼きは、優子にとってほんの少しだけ特別な食べ物だ。小さい頃、家族でたこ焼きパーティーをした、純粋無垢で数少ない家族の思い出だ。
戻ってきた二人はシートを敷いて、そこに腰を下ろした。
腕に掛かる水袋の赤い糸を見て、「なんて無駄なんだ」と優子は思った。結局、花火を見たところで何も残らない。屋台で何かを得ても、すぐになくなる。そんな気持ちが、まだ残っていたのだ。
「――へへっ」
日和が笑った。
「え?花火、まだ始まってないよ?」
「うん。でも、こうやって一緒にいてくれることが嬉しい」
「そっか」
優子は、自分が少し良い事をした気分になった。心が狭い証拠だ。
「もうすぐ時間だね」
「うん」
「打ち上げ花火、観るの初めて?」
「あるの?」
先には言わない。心が狭い証拠その二。
「私は小さい頃に家族で一回来たことがあるらしいんだけど、あんまり記憶にないから、これがほぼ初めて」
「そうなんだ。いーなー」
「初めてなんだ?」
「うん......」
「じゃあ沢山観よ」
優子の心は、花火が楽しみで興奮するどころか、いつもより穏やかだった。なぜかはわからない。座ったならもう見逃すことはないという安心か、はたまた日和のお蔭か。わからなかったが、優子は心地良かった。
ヒュ〜......。
突然だった。
アナウンスは一切なかった。
一発目は、爆発する瞬間からしか見れなかった。
バーン!!
「......」
次々と打ち上げられていく。
「どう?」
「......よかったよ、見れて」
「ならよかった」
「でも、意外とうるさいんだね」
「うん、まあね」
優子は日和と話さず、たこ焼きを少し食べながら花火を見ていた。
「日和、ありがとう」
「んー?」
「惚けるな」
「こちらこそ、一緒に来てくれて楽しかったよ」
優子が病院で、本気で日和に罵声を浴びせるのは、これから五ヶ月後の話である。
優子の話って、怖いほど家族の話が出てきませんよね。安心してください、優子の自立心が凄まじいだけです




