―剣の音―
リックさんはパチリと懐中時計の蓋を閉じて入り口の方へと視線を向けた。
何かあるのかと思って見てみるが何も見当たらない。
リックさんは次は窓へと目を向けた。周囲を確認していただけだろうか。
「はいはーい、ガールド隊長。そういえば聞きたいことがあるんですー」
ドール先輩がピシッと手を上げる。オレンジの色の瞳は楽しそうにキラキラしていた。
リックさんは眉を寄せながら嫌そうに口を開く。
「なんだい、ドール」
「メーベル医務官のどんなところが好きなのか知りたいです!」
明るく言ったドール先輩の言葉に思わず吹き出しそうになった。
――あんな嫌そうな顔してるリックさんによくんな事聞けるな!?ドール先輩すげぇ……!
みんな信じられないといった感じの目をドール先輩に向けていた。ルーリー副隊長とイフリータ副隊長もそうなのだから、やはりドール先輩が特別なのだろう。
ドール先輩は満面の笑みでリックさんの答えを待っている。
リックさんはそんなドール先輩の方へと紺碧の目をちらりと向けてから窓に目をやり、大きく溜め息を吐く。
「………………どんなところも好きだよ」
リックさんの言葉に息を呑む音が聞こえ、カチャリと剣を鳴らす音も聞こえた。動揺したのだろうか。
先程までとは違い少し優しさを含んだリックさんの声が、その言葉は本音だと語っている。
「ひゃー!すっごい!本当に好きなんですねー!ちょっと半信半疑でした!」
ドール先輩は周囲の空気を気にすることなく発言した。
「流石ガールド隊長……愛しい人への気持ちは誤魔化さないんですね!」
シュゲール先輩が水色の目を煌めかせながらリックさんを賞賛した。……賞賛しているんだろうか、これ。
「……その言い様はどうなんだ……?」
ガロン先輩が少し疑わしい表情を浮かべている。
「うおわぁ……あ、あれ本当だったのか……」
ルノー先輩が小さな声で呟く。
「私ちょっと疑ってたわ……」
「あの二人の様子を見ているとな……そうなると思うぞ」
「そうよねぇ。だってまさかだもの……」
ジュード先輩、ギート先輩、コーズ先輩もそう話す。
確かにわかると思いながら、ハッとしてキャリーを見る。
キャリーは不思議そうな顔で首を傾げていた。キャリーにはリックさんとメーベル医務官が仲が悪いという噂を聞かせないようにしていたので先輩達の話を不思議に思ったのだろう。
「あ、あのなスカーレット……」
カインがどうにか誤魔化そうとしているようだが目をくるくる回しており、全く思い浮かんでなさそうだ。
どうしようか、と同じように考えているであろうシオンと目を合わせた時。
「はーい、ガールド隊長。もう一ついいですか?」
ドール先輩が再び手を挙げた。
「なんだい?」
リックさんの問い掛けにドール先輩はにっと笑う。
「やってもいいですか?」
「いいよ。僕が許可する」
「ちょ、ガールド隊長!?」
不思議な会話をしたと思ったらルーリー副隊長が焦ったようにリックさんを呼ぶ。
「はーい!」
ドール先輩が返事と共にふわりと跳んだ。それと同時に入り口の両開き扉が勢いよく開き、ドール先輩が落ちる勢いと共に剣を振り下ろす。
だが、その剣が音を鳴らすことはなかった。
ドール先輩の一閃を手で軽くいなす薄汚れた外套を被った人物は、続いた鋭い蹴りもパシリと手で受け止めた。
しかし受け止める前に蹴りがフードを掠め、赤みがかった金の髪が露わになる。
「おいおい、部下が上官に斬りかかるのを許可するなガールド!」
長い髪を一つ括りにしているその人は、紅玉の瞳に呆れを浮かべていた。
「ハーフィリズ師団長がこそこそしてるのが悪いんでしょう。出てこないから敵かと思いましたよ」
リックさんが肩を竦めながら言う。
入り口に立ち、ドール先輩の攻撃を軽くいなしながらハーフィリズ師団長は溜め息を吐く。
「嘘をつけ。お前もドールも俺だって気づいていただろう。魔法で扉を開けてドールに助力までして……」
「隊の連携は大事ですからね」
「上官相手に連携を試すな。それでドール。お前はいつまで俺を攻撃してくるんだ……」
ドール先輩はそこでやっと攻撃の手を止める。
「はあー、やっぱりハーフィリズ師団長強いです。本気だったのに全部いなしちゃうんですもん。悔しいー」
「本気で仕留めにかかるな。俺は一応上官だぞ……」
呆れたようにドール先輩に突っ込むハーフィリズ師団長にリックさんが懐中時計を弄りながら言う。
「ハーフィリズ師団長なら大丈夫でしょう」
「全くお前らは……」
そのやり取りに息を吐いた。
――一体いつから居たんだ、ハーフィリズ師団長!?
リックさんやドール先輩は気づいていたみたいだが、俺は一切気づかなかった。話をしていたからって警戒を怠っていた訳ではないし、むしろ神経を尖らせていたと思う。
驚きながらシオンやカイン、キャリーを見る。首を振ったので気づいていなかったのだろう。
ハーフィリズ師団長が本気で気配を消していたなら見習い騎士である俺達にわからないのは当然という気もするが、実際に体験すると恐れ慄いてしまう。
「……あれは俺達もわかんなかったから、気を落とすなよ……」
ルノー先輩がそう言ってくる。ルノー先輩達の瞳にも畏敬が籠もっているように思えた。
「気配を消したハーフィリズ師団長に気づくなんて、相当修練を積まないと無理だな……。俺も気づかなかった。ランスロット、お前は?」
ガロン先輩が眉を寄せてシュゲール先輩に問い掛ける。
「悔しいが僕もわからなかった!やはり流石ガールド隊長とドール先輩だ!副隊長のお二人も気づいていたようだし……僕ももっと修練を積まないとだな!」
シュゲール先輩の言葉に目を見開いて副隊長達を見る。
――あ……そういや、リックさんが許可するって言った時にルーリー副隊長が止めるみたいに呼んでたな……。
「私達も気づいたのはさっきよ」
「ああ。ハーフィリズ師団長の気配が揺らぐまでわからなかったな……」
ルーリー副隊長とイフリータ副隊長が苦笑交じりに言う。
――気配が揺らぐ……?
全くもってわからなかった。
「その気配の揺らぎにも気づかなかったですよ……」
ガロン先輩が肩を落としながら零すと、リックさんが開いたままだった扉を魔法で閉めながら口を開く。
「師団長の尾行が色んな人に見破られると、それはむしろハーフィリズ師団長の沽券に関わるからそこまで気にする必要ないよ。そうですよね、ハーフィリズ師団長?ドールの質問で気配揺らいでましたけど」
リックさんはハーフィリズ師団長を半眼で見ながら問い詰めるように言った。
ハーフィリズ師団長は少し視線を泳がせる。
「あー……それは……気にするな、ガールド!」
「気にしますよ。なぜあの質問で気配揺らがせるんですか」
溜め息を吐いてリックさんが更に追及すると、ハーフィリズ師団長はぐっと拳を握ってからリックさんを見据える。
「だって気になるだろう!お前今まで浮ついた話一切なかったくせに、あろうことかメーベルを慕っているだと!?しかもあんなに優しい声で『どんなところも好きだよ』とか言うくせに、いつものメーベルに対する態度はなんだ!?お前とメーベルなんて嫌味を言い合う姿しか見たことないぞ!お前どれだけ不器用なんだ!?」
ハーフィリズ師団長からしたら『犬猿の仲』に見えていたリックさんとメーベル医務官だ。なのにメーベル医務官をリックさんが慕っているなどなかなか信じられないのだろう。
俺も最初は信じられない気持ちでいっぱいだった。ただ俺の場合は実際に二人が思いやり合っている姿を見たので早めにその事実を受け入れられたと思う。
それがない他の人達はあの犬猿の仲から恋愛沙汰になるのが想像できないのだろう。
それはいい。だが他に問題がある。
ちらりとキャリーを見る。やばい。琥珀色の目を丸くしている。
これは完全にリックさんとメーベル医務官の仲がバレた。バレたのは偽りの仲だが、メーベル医務官と仲が良いキャリーにはバレたくなかったと思われる。この前の医務室でも隠しているようだった。
カインとシオンもその場にいたのでバレては駄目だと理解していた。だから今は二人共頭を抱えている。
リックさんを見ると、軽く目を伏せてから俺を見る。その紺碧の目には『任せる』という意が籠もっていた。
リックさんはメーベル医務官を大切にしている。メーベル医務官がキャリーを妹のように可愛がっているから、キャリーにも誤解を与えたくないのだろう。
「ハーフィリズ師団長、騒がしいですよ。黙ってください」
「ぐっ……」
リックさんが注意すると、ハーフィリズ師団長は口を噤む。確かに少し大きい声だったような気がする。
「ハーフィリズ師団長がそんなだからヴァネッサちゃんやイフリータくんにもバレちゃったんですよー」
ドール先輩が元々座っていた椅子に座りながら言う。
「そ、それは……ドールがあんな質問をするから気になってしまったんだ……!」
ハーフィリズ師団長は悔しそうに答える。
みんなの注目がハーフィリズ師団長とドール先輩に集まり、シオンとカインも頭を抱えたままなものの気になったのだろう、のろのろとそちらを見た。
ちょうどいいと思い、懐中時計を出す。その蓋を開けて魔力で文字を書いた。そしてキャリーを小さな声で呼ぶ。
「キャリー」
気落ちした様子のキャリーに懐中時計を差し出す。戸惑いながらも受け取ったキャリーは開いたままの懐中時計に目を落とす。
そこに書いてあった文字を見たキャリーは目を見開いた。
『お前の方が真実に近い』、そう書いた。
キャリーが驚いた様子で俺を見るので、少しリックさんの方に目を動かす。キャリーもリックさんの方に目を動かしたのでそれに目を閉じることで同意を示す。
これでキャリーもなんとなく真実がわかったのではないだろうか。流石に誰に見咎められるかもわからないので詳しくは書かなかったが、キャリーは察しがいいからこれでも十分わかっただろう。
琥珀色の目を暫し伏せて逡巡してから、懐中時計の蓋を閉じて素早く俺に返してくる。
「ありがと」
ぽそりと言った感謝の言葉にほっとした。これで仲が悪いという噂がキャリーの耳に届いても大丈夫だ。
視線をリックさんの方に戻すと、緩やかに口角を上げていた。




