彼女の事情
見返りに高級チョコレート店の一番高いセットをせしめた私は早速同僚のカリナ・メーベルに話を振ってみようと声を掛けた。
騎士団に寄ってから戻ったので少し遅くなったが、まだ休憩時間内だから問題無いだろう。
ここでカリナの反応が微妙だったらチョコは諦めてユーヴェンにも諦めてもらう。友人が嫌なのにチョコが欲しいからって強制させるのは私としても本意じゃないからだ。
ユーヴェンにも少しでも嫌がったら諦めろ、と言ってある。
就職してからの友人なので一年という短い期間だが、見た目は綺麗で大人っぽいのにおっとりしていてとても可愛いカリナは私にとっても大切な友人だからだ。
ユーヴェンは友人としての贔屓目なしにみても好青年だ。
顔も整っているし、自然に重い荷物を持ったり面倒なことを手伝ってくれたりと、いい所はたくさんある。
これがユーヴェンと親友のアリオンだったら絶対にカリナに紹介なんてしない。むしろカリナがいる時に偶然会ったとしても無視するかもしれない。
しかしユーヴェンならカリナに紹介してもいいと太鼓判を押せる。
まぁ、アリオンも悪いやつではないし優しい奴なんだけど......ちょっとカリナに紹介するにはあいつの女性に対する態度が胡散臭すぎてなしだ。
そんな事を考えていたら私から呼び掛けたのに反応がないことに不安を覚えたのか、カリナが首を傾げながら問い掛けてきた。
「ローリー?どうしたの?」
長い黒髪がさらりと流れ、翠玉色の目が瞬く。
見た目は大人っぽいカリナだが、仕草はいつも可愛らしい。このギャップがとてもいいのだ。
やっぱり紹介するならユーヴェンだわ!そう決意をあらたにする。
「ごめん、私から話し掛けたのに。ちょっと考え事してたわ」
へらっと笑いながら答える。
「あのね、さっき廊下で会った人いるじゃない?」
「ローリーの友達で騎士団事務所属の人?」
「そう」
王宮内には様々な部署がある。国の機関が集まっているのだから当然だが。
一括りに事務といっても部署が違えば所属も違う。特にまだ私達は一年しか経っていない為、異動も経験がない。
だから他部署とはなかなか交流がなく、私も他部署で交流があるのは学園の同級生と仲が良いカリナの友人くらいだ。
そんな環境だから、カリナにユーヴェンを紹介しようと思ったのだ。
これがカリナの為になるんじゃないかと思って。
本題を切り出す前に少し息を吐く。なんだか緊張する。
友人に友人を紹介するからだろうか。それにカリナの為になるのか、少し心配なのかもしれない。
「ユーヴェン・グランドって言うんだけどね。その人がカリナのこと綺麗って言ってたの」
カリナの大きな緑の瞳がさらに大きくなる。小さな唇からどんな言葉が出てくるか、分からなくて少し怖い。
「でね、もしカリナが嫌じゃなければ……なんだけど、ユーヴェンに会って話をしてみない?」
カリナは迷うように視線をさまよわせ目を伏せた。どうするか考えているのだろう。
私はなにかに追い立てられるように言葉を重ねる。
「カリナが少しでも不安だったり、嫌なら会わなくていいんだよ。私も言ってみただけだから」
カリナが断ったことを重荷に思わないように軽く言う。
カリナは見た目は綺麗で大人っぽいのにとてもおっとりで可愛らしい。
そして男性との付き合いはない。私のように男友達もいないのだから驚きだ。
なぜそうなったか……と言うとひとえにカリナの周りの環境だ。
カリナには年の離れた姉と年の近い兄と弟がいる。姉弟はカリナの事をとても可愛がった。
年々綺麗になっていくカリナのことが心配だったのだろう、カリナに近づこうとする男達は尽く駆逐されたようだ。
学園でも一つ違いの兄と弟、そして女性で同い年の幼馴染みも荷担し、男を近づけさせない完璧な守りだったらしい。
だからカリナは男性に免疫がない。仕事で仕事のことだけを話す分には問題ないのだが、ちょっとした雑談ともなるとカリナにはハードルが高いようだ。
しかも話しかけてくるのはカリナの見た目に引き寄せられた、好意があって下心のある男性達だ。その上同じ王宮勤務の男性達なのでうまくあしらわないといけない。
けれど男性に慣れていなくてカリナはうまくあしらえなかった。そんなカリナを見かねて助けたのが私とカリナが仲良くなったきっかけだ。
カリナの幼馴染み……スカーレット・キャリーともカリナを通じて友人になったが、流石に遠ざけ過ぎたかな……と反省していた。
スカーレットは騎士団所属の騎士の為、こちらに戻る前に騎士団に行って紹介話の事を言ってきた。カリナの事を長年見守っていたのはスカーレットなので、聞いておくべきだと思ったのだ。
スカーレットは悩みながらも私の紹介なら……と許してくれた。彼女にはカリナへの負い目もあって許可してくれたのだろうが、私の事も信頼しているから任せてくれたのだと思う。
とても嬉しかった。だから信頼に応えねば、とも思う。
ユーヴェンが何かしたら私が直々に手を下してやる。
まぁ、まずはカリナの意志次第だ。
でも私は、カリナが少しは男性に慣れたいと悩んでいたのを知っている。
だからユーヴェンの言葉を聞いた時いい機会だと思ったのだ。
ユーヴェンはカリナに好意を持っている。そしてカリナに話し掛けてくる男は大抵が好意をもって下心も持っている。
ユーヴェンなら友人だし、カリナが嫌がったらやめろと私が止められる。
下心はユーヴェンは表には出さないだろうが、好意を持った男に慣れるにはちょうどいい存在だった。