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一月

 


「こらー!愛理!先生の眼鏡を返しなさーい!」


 私は遠くの方を走っている従姉妹の愛理に向かって大声を張り上げた。

 ひらひらした衣装を着ながらも器用に走るのだから大したものだ。

 だけどその衣装は走るのに適していないから本当に走るのは止めて欲しい。

 怪我したら怒られるのは私の方だ。何故か。

 それにこんなアホなことを怒鳴りながら言わなければならない状況を作らないで欲しい。



 この世界に喚ばれて一月が立った。

 一月の間に私と愛理は魔法を使えるようになる為の修行をしている。

 愛理と私の魔法の先生になったのはこの国一番の魔法使いさんだ。

 今愛理はその先生の眼鏡を盗って授業からの逃亡を図っている。

 愛理は元気で素直な性格をしているけど、勉強は苦手なのだ。

 かなりの頻度で授業から逃亡を図る愛理を怒るのが今の私の仕事になっている。

 まさかこんなアホみたいな仕事をさせられるとは。



 魔力の強い人は強い力に惹かれてその魔力に酔うことがあるらしい。

 魔力酔いになった人はその相手に従順になる。

 聖女の魔力はかなり強いので、魔力酔いになる人が多く、聖女に従順になる人が続出している。


 私達はこの国の王宮に住まわせてもらっているけど、王宮ということは国の中枢。身分の高いお貴族様達が集まっていて、お貴族様達は魔力が強い人が多いらしく、聖女に対して意見出来る人がいないのだ。

 まるで魅了魔法にでもかかったように聖女様信仰に酔った偉そうな人達が愛理によってわたわたさせられているのを見るのは中々見物だ。

 特にあのムカつく宰相さんとか。宰相さんとかな。


 私も魔力が強い方なので本来なら聖女の魔力に酔っていてもおかしくないのだけど、身内だからか今のところ大丈夫だ。

 以前から愛理に対して厳しい言い方をしていた私は愛理に怒ることは今までの接し方となんら変わらないのでいいんだけどさ…。


 この仕事、何が問題って、自分達では聖女に注意出来ないから私に助けを求めてくるくせに、

「聖女様に対してなんて失礼な物言いだ。あの女の許すまじ」

 みたいなことを言われるんだけど。

 つまり、助けを求めてくるくせに私の悪口を言ってくるのだ。


 魔力の弱い人なら魔力酔いはないらしいからそういう人を愛理の教育係にでもしてくれたらいいんだけど、皆嫌われ役はやりたくないのだ。


 助けを求めてくるくせに、私は嫌われ役をやらされている。

 腑に落ちない。


 愛理がアホなことさえしなければ問題はないのだけど、かなりの頻度で髪の毛振り乱した人に呼びに来られるんだけれども。

 こっちは嫌われ役をやらされてるんだ。

 走り回って私に面白い姿を見せに来るくらいのサービスがあってもいいと思うんだ。

 あ、こういうところが性格悪い?

 別にいいんだよ。

 助けを求めるから愛理を怒ってやっているのに「聖女様になんて口の聞き方を。許すまじ」とか悪口言ってくるんだからなあいつら。

 あのハゲの宰相とか宰相とか。

 宰相サマは普段の態度から私に対してかなりきついので、宰相サマが呼んでます、とか言われたらわざとゆっくり向かうようにしている。

 毎日宰相の頭が残念になるように呪いをかけているんだけど、いつ呪いが効いてくるのかな。



 愛理は勉強は苦手だけど、感性が鋭いところがあるからか脅威のスピードで魔法を使いこなせていくらしい。

 そもそもの潜在能力が違うこともあって先生の授業は別々に受けているんだけど、能力が高くても勉強意識が低い愛理は度々授業から逃げ出す。


 こら!愛理、先生の眼鏡を返しなさい!眼鏡は先生の一部でしょ!

 あれ?先生って眼鏡かけてたっけ?

 あ、眼鏡かけてた方が先生っぽく見えるから雰囲気でかけてただけなのか。

 って、じゃあ私が怒鳴ってまで眼鏡を返すよう求める必要ないじゃん。

 怒鳴って損した。

 あ、でも授業逃走に代わりはないから呼び戻さないといけないのね。

 愛理~!

 先生で遊んでないでちゃんと授業を受けなさい!


 愛理は高校卒業を間近に異世界に喚ばれて、やっと勉強から解放されると思ったのに、また勉強させられる今の状況が不満らしい。

 ただ授業から逃走とか問題行動は起こすけど、しっかり注意したら聞かない子ではないので渋々ながらもちゃんと戻ってくる。

 言わないと戻って来ないけどね。


 自主的に戻ってくることは諦めた方がいい。

 言われないなら戻らなくていいだろう、とか思っているからねあの子。

 なんで分かるって?従姉妹だから?

 私にもそういうところある。

 今日は言われないな。なら今日は良いってことか、みたいな。


 っていうか先生は魔力強いけど、魔力酔いは起こさない性質らしくて愛理に強く言おうと思えば言えるはずなのだ。

 ただ先生の気が弱い。

 本当にこの国一番の魔法使いですかって聞きたいくらい気が弱い。

 だから舐められて愛理が授業逃走とかするんだよ。


 私達を喚んだ気狂い女も先生の気が弱いくせに国一番の魔法使いであることが認められなくて自分の力を誇示しようとしての結果じゃないのかなとか思っている。


 あのハゲの宰相にしてもこの国大丈夫かなとか思うけど、まあ私は私の生活が何とかなれば国のこととかどうでも良い。

 私は聖女じゃないしね。


 因みにこの国の王様も王子様達も魔力酔いにより聖女信仰に酔っているので私に対して厳しい目を向けてくる。

 国王にはバーコードの呪いを。王子達三人には若ハゲの呪いをかけている。

 ただ、王妃様と王子様達の婚約者達は私の苦労を労ってくれているので何とかハゲの呪いで許してやっているところだ。

 男は残念が多いけど、女性達はとても素晴らしい人達が多い。

 命拾いしたな。頭は救わないけれどね。


 この国の人達は美人が多いので実に眼福である。

 王子様達もカッコいいけれど、なんかもうハリウッドだから。

 ハリウッドには近付けないな。

 遠くから眺めていたい。

 ついでに婚約者さんといちゃついてくれたら本当に目が潰れそうな眼福だった。

 いちゃつく恋人を見てニヤニヤしてる私を騎士様が残念な者を見る目で見てくるけど、気にしない。



 この国に来て一週間くらい立った頃、私と愛理にそれぞれ世話役が付けられた。

 愛理には公爵家三男が。

 私には将来有望そうなイケメン騎士様が。


 公爵家三男は愛理に付くとあって魔力は弱いらしい。

 公爵家で魔力弱いって、デキソコナイ?

 なんて疑ったけれど、確実に奴は使えない。

 魔力酔いがなくても彼は愛理のイエスマンに成り下がったので私が説教係として頻繁に呼ばれるのである。

 多分、公爵家三男がちゃんと世話役をこなせていたら私の嫌われ異世界生活はもっと優しかったはずだ。

 ボンボンには聖女の世話役は荷が重いのでは?

 なんかデキソコナイ押し付けの気配を感じるよ。


 私の世話役の騎士達は伯爵家次男らしいよ。

 彼は私の世話役の任務が解かれた後に爵位が貰えるからと、この任務に着いた向上力逞しいイケメンなのである。


 向上力がありすぎで初対面からイケメンだけど無愛想な失礼な態度で、顔面の自信が表に出ているとてもムカつく騎士様なのである。

 彼にはしっかりと任務を遂行してもらおうと思って、直ぐに私の愚痴聞き係を任命することにした。

 十年来の愚痴聞き係の友人の代わりを任命される名誉を彼には得と味わって欲しい。


 イケメン騎士様が常に側にいて緊張しないか?

 眼福感はあれど、彼には私の愚痴聞き係という大切な任務がある。

 彼には私の性格の悪さとか、とても外には漏らせない身分の高い人達への悪口を吐きすぎて、彼に対して特別な感情が芽生える気がしない。

 毎日毎日愚痴を言い続ける女に彼の方も常に呆れた顔で返してくれるよ。


 イケメン騎士様が常に側にいるというおいしい状況でありながら残念ながら恋とか浮わついた感情が芽生える気配はない。

 それどころかお互いの好感度はマイナスにいることだろう。

 残念だったな!


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