従姉妹よ、逃げるな
従姉妹が家に来た時、私は晩ごはんを作っていた。
今日はバイトがなかったので仕方なしに適当に野菜とお肉を炒めていたのだ。
料理をしないくせに野菜やお肉を買ってくる母に対してイライラしながら作る料理はさぞや私の恨みが籠っていることだろう。
我が家に愛情ある料理など存在しない。唯一料理を作る私に愛情がないからである。
妹に会いに来たと思われる従姉妹は私の料理を食べたがった。
外食やお弁当ばかりの従姉妹は手作り料理に飢えている。
それを知っていても私は拒否した。
晩ごはんなら妹と一緒に外に食べに行けばいい、と私は言った。
私の美味しくないご飯を食べるよりも良いだろう。これは私の意地悪ではない。親切心である。
ついでに妹に美味しいご飯を食べさせてやってくれ。従姉妹の奢りで。
思春期な妹は私と今会話をしない。従姉妹とは仲が良いのに。
家でご飯を作って、バイト代からお小遣いをあげている姉よりも従姉妹の方が好きなんだってよ。従姉妹は親の金であんたにご飯を奢ってくれるんだぞ。
そういうところもあって私は従姉妹が好きじゃないし、従姉妹に冷たく当たってしまうのだろう。
だけど従姉妹は私の作った適当野菜炒めを勝手に食べ出した。
従姉妹は味音痴なのでマヨを遠慮なくぶっかけていた。
そういうところだぞ、従姉妹よ。
愛情が籠っていないとはいえ調味料を大量に足して味変させるから食べさせたくなかった私の気持ち分かる?
分からないだろうな。あんた料理しないもんね。
でもその料理は自分で言うのもなんだけれど失敗だったから助かった。
細いくせに大食いの従姉妹は無駄に大量に作ってしまった料理を全部食べきった。
ちょっと引いた。
ーーとそんなやり取りをしていた時だった。
部屋が歪んで見えた、と思ったら私と従姉妹は家ではなくいつの間にか全く別の場所ーー異世界へと来ていたのだ。
「やった!成功したわ!ざまぁみろあの黒ずくめハゲ!私の方が優秀だったのよ!ざまぁみろ!あは、あははははははは!」
いきなり知らない場所にきていて、そこにいたのは魔法使いのような服を着た女一人だった。
その女の人は狂ったように笑っていた。
ていうか本当に狂っていた。
私と従姉妹が状況が掴めずに立ち尽くすこと数分。
そんなに広くない部屋のドアが大きな音を立てて開かれて、魔法使いのような人や騎士のような人が何人か入ってきた。
「………狂ったか」
一番偉そうな人と思われる魔法使いのような人が女の人を見て言った。
そして女の人を捕まえるように言うと、その魔法使いのような人は私達の方を向いて頭を下げた。
「すまない」
ええ~と?なんで謝られた?
謎が解けないまま、私達はいつの間にか別の部屋に連れていかれた。
部屋に連れて来られて数時間。
何の説明もないまま放置された。
メイドさん達がお茶やお菓子を持ってきてくれたりはしたけれど、状況説明をしてくれるような人は来ない。
従姉妹はお茶やお菓子を満足するまで食べてから、寝た。
寝心地の良さそうなソファーとはいえ、よくこの状況で寝れるな。
きっと従姉妹の心臓には毛が生えているに違いない。
もしかしてこれは異世界召還とかいうやつなのか、あの女の人に喚ばれたのか、あの人は魔法使いなのか。
と私は不安いっぱいでお茶も喉が通らず、一人で悶々と考え続けることになった。
これはあれか。
異世界から聖女召還とかそういうやつかもしれない。
しかもこういう二人喚ばれたやつはどっちかが偽者なのだ。
ヤバい。絶対私の方が偽者だ。
なにせ十年来の友に「あんたってホントに性格悪いよね(笑)」と言われたばかりなのだ。
そして今まで従姉妹に冷たい態度を取ってきた私はここでざまぁされてしまうのか。
こういうのは大抵もう一人は碌でもない運命を辿るのだ。
そして碌でもでもない方が私。
ヤバい泣けてきた。
いきなり知らない世界にきた不安とか、元の世界に戻れるのかという心配よりも私が何より気になったのは、私にブーメランが返ってくるのかだった。
説明がされたのは二日立ってからだった。
二日も立つと不安がっていても仕方ないと開き直るしかなかった。
考え過ぎて疲れきった脳が思考を拒否したとも言う。
そもそも、そもそもなんだけどさ、従姉妹って、私のこと嫌ってないよね?
冷たかった私に仕返ししてやる、とか考えていないだろう。
性格悪い自分と一緒にしたら駄目だった。
否、私だって仕返ししてやれとか考える性格じゃないよ?多分…。
説明に来たのはあの時見た魔法使いさんと、偉そうな中年のおじさんだった。
おじさんの説明によると、今回の私達の召還はあの女の人の独断だったという。
自分の力を見せ付ける為に無理をして私達を召還し、その膨大な力の犠牲に精神を狂わせてしまったので、女の人とはもうまともな会話は不可能らしい。
しかも一人しか喚ばないはずが二人来てしまったことにより召還術が壊れてしまい元の世界に戻ることは諦めて欲しいと言われた。
この二日で精神が疲れきった私はそうか、としか思わなかった。
そもそも肉体ごと異世界に来るという超異常事態に簡単に元に戻れるとか考える方が怖いと思う。
人生諦めが肝心なのである。
だから私は生活を何とかしてくれるなら面倒なことは言わない。
そしてここからが大切なことなんだけれども、どうやら従姉妹に聖女の素質があるらしい。
やっぱりな、と思った。全く予想通り過ぎで驚くことも出来ない。
私の方は聖女までの素質はないけれど、通常の魔法使いよりも強い力があるかもしれない、とのことだった。
かもしれないなんて言われても中途半端過ぎて何の慰めにもならない。
ただ、この時従姉妹がとんでもないことを言い出した。
「聖女は私じゃなくてきっと知耶ちゃんの方だと思います」
そんな訳がないでしょうが!
こちとら十年来の友に「性格悪い(笑)」とか言われたばかりの悪役暫定の立場である。
しかも聖女判定は目の前に座っているこの国でも一番と言われている魔法使いさんのオーラ判定みたいなのからきているからね。
というかどっからきたその考え。
従姉妹は天然なところがあるとは思っていたけど、こんな時に冗談にもならないことを言い出すとか本当に勘弁して欲しい。
もちろん聖女は従姉妹の方である。
従姉妹は納得してないようだけれど、諦めてしっかり聖女様をして欲しいと思う。
というか、従姉妹にとって私がどういう風に見えているのかが気になり出した。
今までは仲の悪い姉妹くらいの位置で、嫌われてもどうでもいいという気持ちから他の人に対するより冷たい態度を平気でとってきた訳だけれども、もしかして従姉妹には私が聖女のように清らかな精神を持っているように見え………………………………
ていた訳は絶対にないので、きっと面倒臭がりの従姉妹は聖女というよく分からない役割を私に押し付けようとしているだけなのだろう。
「ね?おじさんもそう思うでしょ?」
私と魔法使いさんの同意が得られないと分かった従姉妹は偉そうなおじさんに話を振った。
「そ、そんな、滅相もございません!聖女様はあなた様でございます!」
話を振られたおじさんは偉そうな態度はどこにいったのか、従姉妹に対して腰の低い態度で接し出した。
え?キモッ。
「うわ、きっつ」
心の声を口に出してしまっただろうか、と思ったら、魔法使いがボソッと呟いた声だった。
「おそらく魔力酔いですね」
魔法使いさんの言葉に私と従姉妹は首を傾げた。
魔力酔い?