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第十話 卯月ちゃんはヤンデレです。

「行動は基本的に四人組で、僕が床を叩く。吉田さんと弥生さんは前を監視する、山田君は背後を警戒しながら移動する。天井が高い場所に出たら、弥生さんが天井を確認する。これでいいね?」


 全員がうなづいて同意してくれる。

 迷宮では当たり前のことを当たり前にできるかどうかが積み重なって生死を分ける。

 ソロならともかくパーティ組んで背後から奇襲を受けるとかパーティ・リーダーの怠慢でしかない。


「トイレはどうします?」


 山田君が空気を読んで女の子の代わりに質問する。この辺は見習わないとな。


「空の部屋に一人で入ってやればいいんじゃないか?」


 出たものはスライムが処理してくれるだろうし。


「ハンドサインはどうします?」

「最初は簡単なものを三つ。人差し指を唇に当てれば黙れ。掌を向ければ止まれ。手の甲を相手に向けて指を曲げて来い。最初はこれだけでいいと思う」


 最初は「止まれ」とがうまくいけば十分だろう。「黙れ」は使う事がないだろうし。


「後は……、見捨てる順番は、僕、弥生さん、山田君の順番で。申し訳ないが、山田君は弥生さんと吉田さんだけが生き残らない様に注意して欲しい」


 あまり気持ちの良いことではないが、見捨てる順番を決めておいた方がその場でどたばたするよりは生き残れる人間の数が増えるだろう。

 幸いな事に弥生さんから文句は出ない。


「睦月さんの事を信用してますから」


 そう言って弥生さんはにっこりと微笑む。この子、以前にどこかで会ったことがあるんだろうか?


「僕を先に見捨てて下さい。その方が吉田さんが助かる可能性が上がります」


 山田君がそう言ってくれるのは嬉しいけど、はいとは言えないよなあ……。


「僕のミスで君を見捨てるわけにはいかない。君だって自分のミスで僕を切り捨てられるか?」

「それはちょっと無理です」


 やっぱり、自分のミスの責任を他人に押し付ける奴とパーティは組めない。


「そうならない様にすればいい話だから。気にする事はないって」

「それもそうですね」

「次は実際に迷宮に降りてから説明しようか」


 というわけで、俺達四人は地下一階に移動する。


「まず、移動する前に足元を確認しておく」


 俺は片手用ツルハシで足元の周囲の床石をコンコンと叩く。


「反響すれば下が空っぽで落とし穴がある」


 俺達、井伏鱒二世代からすれば足元の確認もせずに落とし穴に落ちる奴等は冒険者としての自覚が足りない。


「落とし穴を見つければペンキで印をつけておきますか」

「それがいいな」


 油性ペンキでTと書いておけばほとんどの人間がトラップと気がつくだろう。


「でも、床を叩いて大丈夫なんですか? 敵を呼び寄せたりしませんか?」


 弥生さんが不安そうに尋ねる。


「歩いたら床が震えるような化け物がいたら弥生さんはどうする?」

「逃げます」


 弥生さんが即答する。山田君と吉田さんも異論はないらしい。


「おそらくスライムと蟻さんも逃げると思う。それはそれで問題だけど、二回目からなら叩く必要がないし」


 落とし穴に落ちるリスクと小さな迷宮を一周する労力では落とし穴に落ちるリスクの方がでかいと思う。

 ここの迷宮の地下一階から地下三階ぐらいまではおそらく落とし穴とか本気の罠はないだろうけれど、迷宮内部を移動する時には足元を確認する習慣はあった方がいい。

 足元ってのは一番なくなって欲しくないときに無くなるもんだからな。

 んで、しばらくスライムを狩った後、地上に戻る。

 食堂で和風朝食セットを注文する。

 吉田さんが吉田さんの端末である桜ちゃんと何やら不穏な会話を始める。


「宿泊施設に泊まれるのよね?」

「はい」

「当然、お風呂はついてるわよね?」

「はい」


 俺は「宿泊施設」の小さな風呂より小さいけど浴場の方が好きだけどな。


「ボディソープとかも置いてあるのよね?」

「必要なものは避妊具以外は置いてあるはずです。必要であればコンビニで買ってください」


 桜ちゃんのあまりに危険な発言に俺は戦慄した。山田君も困惑しているようだ。


「そ、そう。コンビニで買えばいいのね」


 吉田さんは真っ赤になりながらアレな事を言っている。一応、山田君に警告しておくか。


「知っているとは思うが、アレは自分で準備しておかないとヤバいぞ」

「ええ。解ってます」


 針で穴が開けられた避妊具を使いたくなければ、自分で準備するしかないからな。


「おーん、怨、怨、おーん、怨、怨」


 不吉な泣き声がすると思えば如月ちゃんが泣いている。

 泣き声からして後でフォローする必要があるっぽい。だが、どうすればフォローした事になるんだろうか?

 如月ちゃんが甘い物を食べられるなら簡単なんだけど。

 なんかこう四面楚歌というか、前門の虎に後門の狼っぽいな


「早く食べなさい」

「解ってる」


 考え事をしてると吉田さんに注意されてしまった。

 仕方がないので手っ取り早く食べる。和風朝食セットだから量は大したことはないしな。


「じゃ、お先に」


 吉田さんが山田君を引っ張っていく。山田君、頑張って来いよ。


「私達も移動しますか?」

「そうだな」

「おーん、怨、怨、おーん、怨、怨」


 また如月ちゃんが泣き出した。


「後で穴埋めするから。今は我慢してくれよ」

「ホントですね。絶対ですよ。嘘ついたらハリセンボン飲ませますからね」

「ああ。解ってるって」


 如月ちゃんは何とか大人しくなってくれる。


「悪い」

「いいですよ。お姑様に対する扱いは将来の自分への扱いだと聞きますし」

「そう言ってくれると助かる」


 って、自分で自分の首を絞めてないか、俺?

 で、翌朝。


「おはようございます、睦月さん。早く起きないとあの小娘が起きますよ」


 コンパクトなダブルルームのダブルベッドで目をさます。備え付けのコーヒーを淹れていると弥生さんが目を覚ました。


「おはよう」

「おはようござまます、ご主人様」


 昨日の晩、如月ちゃんの次は弥生さんを何とかなだめすかして、お互いにいろいろ妥協して平穏無事な翌朝を迎える事が出来た。


「山田さんからメールです。今日は休むそうです。理由を聞いてみますか?」

「聞くなよ」


 神様ありがとう。如月ちゃんの機嫌が治ってる。


「吉田さんからメールです。リア充爆発しろと返信しておきますね」


 吉田さんからのメールはあの温厚で常識的な卯月ちゃんですら我慢できなかったらしい。


「睦月さん、一つ忠告しておきます」

「なんだ?」

「私と卯月ちゃんでどちらがまともな性格をしてると思いますか?」

「卯月ちゃん」


 卯月ちゃんと如月ちゃんじゃ考えるまでもないよな。卯月ちゃんの方がまともに決まってる。


「甘い、甘いですよ、睦月さん。卯月ちゃんは極度のヤンデレですからね」


 マジで? 卯月ちゃんがヤンデレなの?


「やだ、ねーさんたら失礼な事を言わないで下さい。睦月さんが誤解するじゃないですか。私はヤンデレじゃないです。ちょっとだけ愛情が深すぎるだけです」


 いや、それがヤンデレな気がするんですが気のせいでしょうか、卯月さん?

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