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はじめての告白 に

 

「見たんだろ?」

 

 健太の背中が、まるでこっちを拒絶してるみたいに頑なに見えた。

 顔も向けないで冷ややかな声をぶつけてくる。

「見たんだろ、今の!」

 わたしが何も返事を返さないので彼は苛立ったようだ。忌々しそうに舌打ちすると勢いよく振り向いた。

 だけど次の瞬間、呆気にとられたみたいに強張った顔が崩れていく。

「……どうしたんだよ、お前」

 きつかった眼差しも力をなくして困惑を浮かべていた。

「何でまた……泣いてんの? 何なんだよ、いったい」

 わたしは涙と一緒に出てくる鼻水をズズズと思い切り吸い上げた。そうだ。情けないことにわたしは、またもや泣いちゃっていたのだ。

 背中を見せていた健太にこの惨状を知られたくなくて、懸命に音を立てることを我慢していたから、顔がとにかく酷い有り様だった。

 制服のポケットからハンカチを出して、溢れていたぐちょぐちょのそれを夢中で拭き取る。拭いても拭いても次から次へと湧いて出てくるから、対処に困るほどだったけど。

「何とか言えよ!」

 そうこうしている間に、健太の腹立ちは復活してきたらしい。眉を吊り上げて全身から怒りを発散すると、奴は大声で怒鳴ってきた。

「勝手に人の部屋に入りやがって、人のもの物色しやがって、挙げ句の果てにバレたら泣き落としかよ? お前泣いたら何でも許されるとでも思ってんのか? ふざけんな!」

 

 違う!

 

「……そんなこと思ってない!」

 わたしは必死で声を振り絞った。鼻声でしわがれていたけど出来る限り張り上げた。

「あんたのものを物色なんてしてない」

 部屋の中の物を触ったりなんかしていない。ただ、健太の部屋が懐かしくて……、なんて、ストーカー地味た理由で無断で部屋に入ったことは言えやしないけど。

「嘘をつくな、パソコンに触っただろう?」

「あれは、あんたが恐い顔してこっちに寄って来たからじゃない」

「じゃあ、アレしか見てないんだな?」

 念を押すように健太は聞いてくる。

「見てないよ。見たくなんかなかった!」

 健太が誰かの映像を大事に残してるだなんて、知りたくなかった。

「そうよ、あんたの秘密なんか、わたしはこれっぽっちも知りたくなかったわよ! 他人に知られたくないんだったら、電源入れたまま出かけたりしないでよ」

「何だと?」

 明らかに奴の顔色が悪くなった。

 ヤバい、言い過ぎだよ、わたし。どう考えても勝手な理屈を押し付けてるのはわたしじゃない。自分の部屋で自分の物をどうしようと、それはこいつの自由なんだから。

「よくもまあ、自分勝手なご都合主張ばかり並べ立てることが出来るな、お前は? 人の生活の中に土足で上がり込んできて、人の日常を壊しまくりやがって。それで何だ、あんたになんか興味ない? だったら側に寄って来るなよ! 俺はお前のオモチャじゃないんだ!」

 大声で喚いた健太は息を荒くして肩で呼吸していた。買って来たコンビニの袋を机の上に投げつけると、わたしを睨み付けてくる。

 怖かった。

 こんなに興奮している健太を見るのは初めてだった。興奮て言うか、激しい怒りをさらけ出して敵意剥き出しでいる。どうして、そんなに怒るのだろうか。いつものこいつだったら、わたしの言ったことに、ここまで噛みついたりしないのに。

「……何を、そんなに怒ってるの? さっきの映像ならもう忘れるから心配しないで。誰にも言わないし、あんたをからかったりもしない。オモチャだなんて、なんでそんなこと……」

 誰にも言わない。特に奈由ちゃんには教えてあげたりなんて、絶対しない。わたしって凄い嫌な女だ。健太の恋を応援なんてしてあげられそうもない。でも邪魔はしないつもりだから、それで許してくれるよね?

 

「わたしの態度が悪かったことなら謝る。本当にごめんなさい。勝手に部屋にも入ってごめんなさい。もう……」

 ダメだ。また涙が出そうになる。

「もう二度と来ないから……」

 走って逃げようと思った。逃げ帰ってしまったら、もう二度とここには足を踏み入れることは出来ないだろう。

 生まれた時から側にいた幼なじみ。当たり前のようにこいつと過ごしてきた長い時間。それがこの部屋を出たら、全て無くなってしまう。指の間からこぼれ落ちていく砂か何かみたいに、わたしの中から全部消え失せてしまうんだ。

 

「待てよ」

 

 部屋から出ようとしたわたしの腕を、健太の指が引き止めた。

 思いの外強い力に驚く。

「ねえ、何で泣いてるの? 訳を聞かせてくんない?」

 前髪で半分顔が隠れてしまって、奴の表情はぼやけている。どっちにしろ涙混じりのわたしには、見えてたって分かりはしないんだけど。

「俺を弄んだんだから、それくらい教えてくれてもいいだろ? このまま消えるなんて許さない」

 酷く冷たい声だった。さっきまでの怒鳴り声より、いっそこっちの方が恐いくらいだ。

「……もて、あそぶ?」

 意味が分からなくてわたしは聞き返した。健太はわたしを誤解している。そうに決まってる。だって弄ぶなんて……。

「弄んだだろ? 彼氏になれとか、いきなり手を握るとか。デートを強要したり、下校を毎日のように待ち伏せてたり、それに人の顔にキ……っ!」

 言ってる内に彼の声は、再び大きくなっていた。髪の毛から覗く頬はうっすらと赤くなってピンク色に染まってた。

「とにかく、俺を追いかけていたくせにパタリと来なくなった。思わせ振りなこと言ったりしたり、人を振り回した挙げ句……」

 悔しそうに健太は唇を噛み締めた。

「……興味ないって、何だよそれ。ただのゲームか? オモチャであってるじゃねーかよ……」

「健太……」

 項垂れる健太が傷付いて震えてるように見えた。どういうこと? どうしてこんなにショックを受けてるの?

 確かに彼の言ってるわたしは最低な女に聞こえる。まるで男を手玉に取る悪女そのものだ。でも実際のわたしは悪女どころか、ただの恋愛未経験女子。とても男心を惑わせる能力なんか持ってない、彼氏いない歴年齢と一緒の女子高生。

 

 なのに……、

 

 あんたは惑わされたと言うの?

 

 健太はわたしの腕を掴んでいた指に、力を込めた。それから盗み見るように視線を向けてくる。甘えるような、せつなげな瞳に心臓がキリリと軋む。

 わたしじゃない! 絶対あんたの方がこっちを惑わせてるじゃないの!

 

「その前に聞いてもいい?」

 わたしの涙はすっかり止まってた。顔は二目と見れない酷い状態だろう。だけど健太は気にならないのか、逸らすことなく見つめてくる。

「ずるいなお前。俺が先にーー」

「どうして奈由ちゃんの写真なんか持ってるの?」

「へっ?」

 その目付きが、わたしの質問でキョトンとしたものに変わっていた。

「奈由……、って有村か?」

「そうよ」

「持ってねーけど? あ、アルバムには何枚かあるかもな」

 しらばっくれて健太は口にしている。何言ってるんだろう。ってか、さっき確認したよね?

 パソコンの中の画像を見たのかと。

「アルバムじゃなくてパソコンの中よ! さっき見たじゃないの、スカイ・エンジェルに扮した奈由ちゃんを!」

「えっ? パソコン?」

 そうよ、とわたしは鼻息も荒く机の上を指差した。

 健太はポカンとしていたが、やがて真っ赤になってポリポリと頭を掻き出す。

「違う、あれは有村じゃない……」

「ええっ? 嘘……、じゃあ、誰よ? わたしはあの子に見覚えあるわよ。だって一緒に遊んだ記憶があるもの」

 あの子の記憶は確かにあった。いつも張り合うように『ミルキー・エンジェル』ごっこに乱入してくる子だった。

 スカイ・エンジェル『ラミ』ファンで、だからてっきり奈由ちゃんだと思ってたのに。

 健太はわたしをぬるい目で見つめていたが、急に腕を引っ張ると机の前に押しやった。

「よく見ろよ」

 そう言ってパソコンを開く。キーボードに触れると画面にあの女の子が映った。『ラミ』のブルー衣装を着た笑顔の女の子だ。

 この子は奈由ちゃんじゃなかったの?

「よく、見てみろよこの写真を。ここはどこだ? 隅に写ってるのは誰だ?」

 隅? わたしは画面を覗き込んだ。

 本当だ、誰か一緒に写っている。ピンク衣装で、これって『ミリア』のじゃん。やだ、これ……わたしだ。

「他にもいるぞ」

「えっ?」

「鏡の中に映ってる」

 鏡? よく見たら確かに鏡がわたしの側にあった。そこにカメラを手にする女の人がこっそりと映っている。

「これって……」

「俺の母親」

「えっ?」

「気づかねえ? この写真うちで撮ったもんだよ、大昔」

「え、えぇぇ?」

「俺の母親とお前んとこのオバサンが、自分の子供にエンジェルの格好させて撮った写真だよ」

 わたしは画面にかじりついて、穴が空くほど写真を見つめた。

 本当だ、これって健太ん家の居間だよ。そういえば、こんなことあった気がする。わたしったら、きれいさっぱり忘れてたわよ。

「ーーて、じゃあこの子……」

 指をふるふると震わせてパソコン上の『ラミ』を指差すわたしに、健太は頭を抱えてぼやくように呟く。

「そう、俺」

 

 ええぇぇっ!

 

 これが健太? 言われて見れば健太じゃん! うそお、可愛いんだけどめちゃくちゃ!!

 

「お前あの頃のこと忘れてたみたいだから、今更言いたくなかった。有村は覚えてたみたいだけど」

「えっ、奈由ちゃんが?」

 わたしは奈由ちゃんに再会した時のことを思い出した。あの時、彼女は笑いながら何かを言いかけて、健太が邪魔したんだった。

 もしかして、あれってこのことだったの?

 

「お前はすぐにミルキー・エンジェルから他のことに興味が移ってエンジェルごっこをしなくなったけど、有村と俺は結構長いことやってたよ。だからあいつ覚えていたのかも」

「ふ〜ん」

 はまってたんだ。へー、男なのに。へー。

 それってエンジェルごっこに? ……それとも奈由ちゃんに?

 嫌だなわたし、焼きもち妬いてるみたいだ。

「ミルキー・エンジェルが終わったら、『魔法天使☆ミルキー・エンジェル きゅ〜と』が始まって、それも毎週欠かさず観ていたし、その後の『魔法天使☆ミルキー・エンジェル れいんぼう』も好きだったな」

「あっ、そう」

 オタク臭い話を聞かせてくれてありがとう。

 結局あんたはオタクだったと、そういうことね? なんかムカつく。何よ、デレデレしちゃって。

 

「あんたがアニオタになったいきさつは、なんとなく分かった」

「あのな、俺は別にオタクじゃない。ただ時々懐かしくなって、エンジェルシリーズだけ見てるだけだ!」

 健太はムキになって否定する。確かにオタクにしてはあっさりしすぎるくらいグッズがない。本当にオタクと言う訳じゃなかったのかも……。

 けどさ、録画が出来なかったくらいでキレてたし、自分で気がついてないだけなんじゃない?

 

「だけどさ、なんでそんなにエンジェルにはまったの? もっと小さい頃は、戦隊物とかが普通に好きだったよね」

 

 そうだよ。しょっちゅうわたしを悪役にしてヒーロー気取ってたんだから。それが何で女の子のアニメにはまるのよ?

 

「えっ?」

 

 わたしの質問に健太は凍りついたように固まった。

 

「だからなんでエンジェルなの? 何で好きなものが変わったのよ」

 

「何で……って……」

 途端に挙動不審になって口籠る健太に、わたしは熱い視線を向けた。

 さっきまでのお喋りな男はどこに行ってしまったのだろう。赤い顔して困り果てたような奴と見つめ合う。ムズ痒くてどうしようもないくらい照れ臭い。

 

「ずるいぞ、お前。俺の質問には答えないくせに……」

 拗ねたように不満を投げかけてきた健太に、わたしはにっこりと笑いかけた。奴はグッと詰まったように息を飲み込んで、悔しそうに黙り込む。

 

「答えるよ。何でも全部答える。だから先に……、健太から聞かせて」

 

 わたしのお願いに健太の顔は、更にとんでもないことになっていく。いや、わたしもか。

 あ〜、無言の時間が永久に続きそうで辛い。顔が熱いし心臓がヤバいし、わたしの顔も目の前のこいつと同じで、きっと真っ赤っ赤なんだろうな。恥ずかしい。

 

「……分かったよ」

 

 健太は一つ大きく息を吐くと観念したように声を出した。

 

 それから、わたしに人生ではじめての告白を、ポツポツとたどたどしい声で、何度も何度もつっかえながらしてくれたの。

 

 

「俺が……、エンジェルを観だしたのは……、あの頃お前がエンジェルごっこばかりしてて……、つまらなくて……、だから…………、だからな…………………………………………………」







最後までお読み下さりありがとうございました。


この話は、奥手カップルが色々経験していくという当初目指していたストーリーを私が書くことが出来ず、何も経験らしいことをさせてあげることなく最終話を迎えるに至りました。


私の力量不足が甚だしく、このようなオチでお茶を濁すことになり、不甲斐なさを痛感しています。……オチてないかもしれません。


また、健太をオタクとして期待されていた方には本当にすみませんでした。

健太の設定は当初より、本当のオタクではありませんでした。しかし、香澄は彼をそのように誤解しているので、あらすじにはオタクと書いていましたので期待ハズレに終わった方は多かったと思います。

本当にすみませんでした。


このように穴だらけの話でしたが、完結を迎えることが出来ましたのも読んで下さっていた方のお陰です。


本当にありがとうございました。



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