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食屍鬼 -楽園-  作者: 藤岡
約束
120/125

09

力を失った藤山を横目にキョウは地上へと顔を出す。

不気味なほど静かなブルータル地区には、両親を失い自分では何も出来ない幼い子供の泣き声が響いていた。

「よーちよちよち。ベロベロバァー!」

古びた建物の扉を開くと泣き止ませようと必死にあやすレイがいた。

「おい、全然泣き止まへん!どうしたらええねん?」

「知らねェよ。そのうち勝手に寝んだろォ。」

「お前絶対子供作らん方がええわ。嫌やわこんな旦那やったら。」

「ガキなんて作る気無ェよ。」

キョウはソファに寝転び、スマートフォンを取り出し文字を打ち始める。

「子供好きやと思ってんけど、作らんのや?」

レイは高い高いをしてみたり、優しく抱き体を揺らしたりしてみるが、泣き止む気配はない。

「あァ。責任が取れねェ。金だけでいいならどうにでも出来るが、四六時中守ってやる事は出来ねェし、そもそも俺がいつ死ぬか分からねェ。可哀想だろォ、そいつみたいに一歳やそこらで親を失ったら。」

「親殺しといてよぉ言うわ。なぁ?怖いねぇ。」

子供は顔を真っ赤にし叫ぶようにして泣き続ける。

レイは生気を奪われたかのようにグッタリとした顔をして、寝転ぶキョウの腹の上にそっと子供を乗せた。

「ちょっとキョウが見といて。あかん、気が狂いそうや。」

キョウは気にする様子もなくまだ文字を打っていた。

「ちょっと外の風浴びてくるから、お前ちゃんと見とけよ!落とすなよ!」

「……はいはい。」

キョウは手をプラプラと振り画面を見つめたままだ。

レイが不安に思いながら外に出ようとした時、キョウの上に乗る子供がバランスを崩した。

横目に見えたレイが慌てて駆け寄ろうとすると、子供は宙に浮いていた。

子供は驚いたのか、目をパチリと大きくし泣き止んだ。

「よぉ支えたな。」

「あ?」

子供が落ちる寸前で抱えたキョウは不満気な顔をレイに向けた。

「そのまま落とすかと思ったわ。」

「そんな事すりゃァ余計泣くだろォが。」

「……ふふっ、まぁええわ。その調子で面倒見といてや。その子がここにおんのはお前のせいやねんし。」

「はいはい。分かったからさっさと休んでこい。」

レイはまだ少し不安に思いながらもキョウと子供を残し外に出た。

二人になるとキョウは子供を自分とソファの背もたれの間に寝転ばせ、また文字を打ち始める。

子供がキョウを乗り越えようと攀じ登るとそれはすぐに元の位置に戻され、子供はまた攀じ登る。

それを何度か繰り返すと、不満だったのかキョウの手をペチっと叩いた。

「なんだい?もう暴力を覚えているのかい?悪い子だねェ。」

キョウは画面から目を離し必死に攀じ登る子供の頭を優しく撫でた。

「与えるだけじゃ覚えらねェ。与えられた時に本当の痛みを覚える。最近は子供の躾に暴力は良くないとされるらしいが、あれは間違いだ。度が過ぎりゃァ虐待ってのは分かるが、多少の痛みは親が教えておくべきだと俺は思うねェ。」

子供は涎を垂らしながらキョウの腕を邪魔そうに持ち上げようと試みる。

「お前にもちゃんと教えてくれるやつを紹介してやる。今回は俺がお前から一方的に奪ったからタダで面倒みてやるよ。なァ?」

子供は疲れたのかポテッと座り込み、キョウの顔を見てにこりと笑った。

キョウは子供の頭を優しく撫でたあと、ゴロンと寝転ばせた。

まだ遊ぶと言わんばかりに暴れる子供の胸をトントンと叩き続けると、子供は目をウトウトとさせ始め自分の指を吸いながら大人しくなった。

寝息が聞こえるとキョウは手の動きを止め離れようとしたが、少しでも動くと小さく声を上げられ動くに動けない。

仕方無く隣で再び画面を見始めたキョウも、気付けば子供と同じく夢の世界へと旅立った。

すぐ側にある地下で眠る子供の両親は、キョウに指示を出された男たちの手によって横に並べられていた。

静かに眠るような顔をした美雪と、どこか穏やかな顔をしている藤山。

二人は布で包まれるとそのまま奥の部屋へとつれていかれた。

ブルータル地区の一角から空へ向かって流れていく黒い煙は、降り出した雨に姿を消した。

──────────────

「あの子供、ほんまに大丈夫なん?」

「あァ。」

「向こう側の施設に預けた方が良かったんちゃうん?」

「あのガキには罪は無ェ。けど、親を知れば態度を変えるやつが山程いる。藤山に子供を奪われた親も何をしでかすか分からねェ。」

藤山がこの世を去り一週間が経った頃。

レイは目の下に隈を作りながらキョウと話していた。

「報復する相手を間違える奴が多いからな。でも、その水仙(すいせん)とかいう奴は信用出来るんか?」

「どうだろォねェ。このおっさんが殺すって事は無いだろうけど、成長すりゃァ生きる為に俺らのような事はすることになるだろうから、その時は分からねェ。」

「……普通に生きるのは無理か。」

レイは悲しそうに俯いた。

少しの間とはいえ、自分が寝る時間を削りながら面倒を見た子供の将来を考えると胸が痛んだのだ。

「無理だねェ。向こう側の人間でも、親が罪を犯せば子を同じような目で見る奴がいる。その逆も然り。

こちら側の人間が親となれば子供は最初からそういう目で見られるし、親によっちゃァ周りから変に期待もされる。

親に復讐をしようとしたやつらは子供に狙いを定める。

俺らがよく分かってんだろォ?おっさん共からの期待の眼差し。」

「向こう側の施設で育っても、一部の人間は子供の過去を知った上で接する事になる。そいつがそういう目で見んかったら平和やろうけど、心の中で何を思ってるかは分からん。

それに、成長するにあたって子供自身が過去を知ってしまう可能性もある。

その時、子供に流れる血が騒いだら結局こっち側に来てまう……か?」

レイはボーッと煙草を吸うキョウの横顔を見つめた。

煙を吐き出し、何かを考えている様子のキョウ。

「血は争えねェ。」

キョウは立ち上がり地面に落とした煙草を踏み付けた。

「結局子供に罪は無くとも親の責任は取らされる。それを許さないという向こう側の人間は、その対象がこちら側の人間と知った途端手のひらを返す。

藤山の過去を調べてみると、どう抗っても向こう側の人間が良い目を向けるとは思えねェ事ばかりしてやがった。だから、あのガキは最初からこっちの世界にいた方がいい。俺はそう判断した。」

「……そうか。キョウがそう思ったんやったらそれが正解なんやろ。

で、またすぐここ出るんやろ?」

「あァ。やらなきゃならねェ事がまだある。レイとはまた暫くお別れだなァ。」

「何をしてんのかは分からんけど、俺もいつの日かに備えてええ人材集めしとくわ。」

「死ぬなよ、レイ。」

「アホ。俺の台詞や。たまたま近くおったから良かったけど、俺が来んかったらお前今頃灰になってんで。無理やろ、夜泣きの対応。」

レイはケラケラと笑いながら立ち上がるとキョウの背中をトントンと叩く。

「まぁでも貴重な体験させてもらえたわ。俺も子供作らん方がええやろうし。……俺らで終わりやな、きっと。」

「……それはどうだろうねェ。」

キョウが歩き始めるとレイは首を傾げすぐに後を追った。

「おい待て!どういう事や!子供作る気になったんか?」

「さァ?」

揶揄うように笑うキョウと曖昧な返事に戸惑いを隠せないレイは無邪気な子供のようだった。

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