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食屍鬼 -楽園-  作者: 藤岡
約束
119/125

08

ブルータル地区 地下。

藤山は下着一枚で腕を拘束された状態で目を覚ました。

腕は上に上げられ、膝をついた形だ。

ゴツゴツとした床に食い込んだ膝からは血が流れている。

首を動かし辺りを見渡すと、ブルータルの人間は居ないようだった。

「おい」

自分の目の前に横たわる女性に小声で声を掛けた。

だが、女性はピクリともしない。

「おい、美雪。起きろ。」

腕を動かすとガシャガシャと鎖が擦れる音が響く。

「おい……起きろよ……」

藤山は最悪の想像をしてしまった。

美雪は藤山に背を向けた状態で横たわっている。

ただ眠っているだけなのか、それとも……。

「美雪、頼むよ。起きてくれ。」

何度も呼び続けたが、やはり動かない。

藤山の頬を伝う涙は地に落ちると赤く染った。

グスグスと鼻を啜っているとガチャンと音が聞こえた。

藤山は美雪を見つめたまま動かない。

「お目覚めかい?」

藤山は返事をする事も振り返ることも無く、ただじっと美雪を想い涙を流し続ける。

「あァ?何を泣いているんだい?」

藤山の顔を覗き込んだキョウは首を傾げ、藤山の目線に気付く。

「ははっ」

キョウが笑うと藤山はやっと顔を動かし睨み付けた。

「まだそんな目が出来るんだねェ。ご立派なこった。」

「俺がした事は悪かったと思ってる。あんたの事を舐めすぎていた。謝る。」

「謝られても何も変わらねェ。」

つい数秒前に笑みを浮かべていたはずなのに、今は冷たい目で見下ろしている。

「この女ァ、籍は入れてねェんだってなァ。……守る為かい?」

キョウは美雪に近付くと長い髪を踏み付けた。

「足を退けろ!!」

藤山はガシャガシャと音を立て残り少ない牙を剥く。

「どうして俺がお前の言う事を聞かなきゃならねェ?」

「いいから退けろ!!」

「おい。」

キョウの光の灯らない目は藤山の心臓を掴み握った。

「ここはブルータル。俺とレイが絶対だ。それに、それが人にものを頼む態度かい?いつまで大将気取りをしているんだい?」

「……すみません。彼女の……髪から……足を退けていただけませんか?」

「嫌だね。」

頭を下げた藤山は目を見開き歯を食いしばった。

「俺に要求する前に、お前は俺からの質問に答えなきゃならねェ。いいなァ?」

「……はい。」

「お前、あのガキをどうやって見つけた?」

「小学生と中学生を物色している時にたまたま見つけました。あまりにも王と似ていたので……ここまで誰にも見つからなかったことを不思議に思いました。」

「あァそう。で?あいつの事をどこまで調べたんだい?」

藤山は息を飲んだ。

嘘をつけばその瞬間に殺されると分かったからだ。

ぶらりとさせたキョウの手には銃が握られている。

脅しで見せているわけではないと、目を見ればすぐに分かる。

それに、銃口は藤山ではなく美雪に向けられている。

「シングルマザーに育てられている子供。父親は不明。……最初は、貧困地区にあの人の子がいるとは思いもしませんでしたし、何よりキョウ……さん以外にいるとは思いませんでした。」

「へェ。でも親父の子だと気付いたのはどうしてだい?」

藤山はジッとキョウの目を見つめた。

「貴方が、あの家に行くのを見張りが見ていました。」

キョウは頷くと笑い始めた。

なぜ笑うのか理解が出来なかった藤山は、なんとも言えぬ恐怖に襲われた。

「そうかいそうかい、俺のせいでねェ。そりゃァあの二人に悪い事をした。……やっぱりあの日に話すべきだった。」

笑っていると言っても目は笑っていない。

銃を握る手が動くことも無い。

地雷を踏んだか?と藤山が不安に思っていると、キョウは目を細め問いかけた。

「で、他のガキは他国の奴にでも売り飛ばしてたのかい?」

藤山の鼓動がドクンと大きく波打つ。

笑っていたかと思えば冷静で落ち着いた声……その中には確実に怒りを感じる。

「……はい。」

「ふゥん。まァ、別にそこに対して何かを言うつもりは無ェけど、どうしてアイツは他国じゃなく俺に売ろうとした?

俺が気に食わねェって言うなら、売り飛ばしたあとの写真でも送ってこりゃァ良かっただろォ?」

「そ、それは……」

「忠誠を誓った男の子供だから躊躇したかい?」

藤山は何も言えなかった。

図星だったからだ。

「中身を抜く勇気は無ェが、揺することは出来る?笑わせるねェ。」

「……すみません。もう、二度とこんな事はし──」

「大丈夫大丈夫、お前はもう二度とこんな舐めた真似は出来ねェ。分かってるから言わなくていい。」

キョウが話終えると同時に乾いた音が藤山の鼓膜を揺さぶった。

声にならない叫びと溢れ出る涙は、キョウの頬を緩ませた。

「俺はよォ、一年前のあの日ブルータルの椅子に座った。誰からの命令でもなく俺の意思で座った。覚悟は出来てる。だから、俺に噛み付くってんなら同等の覚悟をしてもらわなきゃ困る。」

「あ……あぁっ!ああああっ!!!」

キョウの足元に広がる血は、藤山の心を壊した。

「悔しいかい?腹が立つかい?でも、最初に手を出したのはお前。それも、一番手を出しちゃいけねェやつに手を出した。……俺は、身内と仲間には甘くてねェ。はっはは、でも今回は俺も悪かった部分があるから大目に見てやる。」

藤山の耳にキョウの言葉は入ってこない。

通り抜ける風のように理解する間もなく消えてしまう。

いつかこうなるだろうとは思っていた。

相手が誰であろうと、身近な人間が危険な目に遭うかもしれないと思っていた。

だからこそ徹底して隠していたつもりだった。

会う時も周りを警戒していたし、長居はしない。

生活に困る事のないよう金を渡し、少ない時間で愛を育んだ。

だが、こんな事がいつまでも許されるわけがないと分かっていたが、まさかこんな短時間で見つけ出され殺されるだなんて思いもしていなかった。

藤山は、キョウを舐めすぎていたとやっと今自覚したのだ。

「あ……の……」

「なんだい?もう落ち着いたのかい?」

ケロッとした声。

数時間前あれだけの暴行を受けたのにも関わらず、まるで何事も無かったかのようにするキョウは、やはり格が違うのだと思い知らされる。

「子供だけは……どうか見逃していただけませんか?まだ、一歳になった所で……」

隠れ愛を育み授かった命が助かるのならば自分はどうなっても構わない。

そう覚悟を決め顔をあげるとそこには微笑む魔王が立っていた。

「一歳?へェ、親父が居なくなった年に産まれてきたのかい。」

「……はい。」

「子供は可愛いよなァ。守るべき存在であると思っているよ。」

「じゃ、じゃあ」

藤山の目が輝いたのは一瞬だった。

「お前は何人の子供の命を奪ったんだい?」

藤山の脳裏に浮かぶのは、泣き叫び金になった幾つもの顔。

「金になるなら売る。それがこちらの世界では普通のこと。罪悪感も無ェ、何も思わねェ。俺だってきっと金に変えるだろォよ。命という目で見れば、この世界には溢れかえる程存在するからなァ。」

藤山はキョウから目が離せない。

美雪に向けられていた銃口は今、自分の額に向け今か今かと待ち構えているからだ。

「そこに罪悪感を感じるような奴はこの世界では生きられない。そして、そんな事をするやつが自分の家族や仲間の命を奪われ怒ることを許さねェ。

それでも俺らだって人間だ。向こう側とかこっち側とか関係無ェ。

向こう側のやつが家畜を屠殺するのと変わらねェ。家族を奪われ悲しみ怒る気持ちは俺らにだってある。……なァ?」

「……はい。王の仰る通り……です。」

「それに、俺らは舐められちゃ終いだ。舐められたままだといつか喰われちまう。だから俺は、喰われる前に喰うって……一年前に決めたんだよ。」

藤山は生まれて初めて恐怖で尿を垂れ流した。

止まらない震えはガシャガシャと鎖を揺らす。

じんわりと温もりを伝える足と、カタカタと鳴り止まぬ歯が擦れ合う音。

一年前に決めた。その言葉だけで藤山には全てが理解できた。

あの日、こちら側の世界を揺るがせたあの事件。

向こう側に食い荒らされた畑は元には戻せないと、こちら側の人間達は諦めていた。

怒りをぶつけると言っても、相手が悪すぎた。

結局自分達は狭い世界の中でしか何も出来ない弱者なのだと実感した。

空からの光が消え、闇の中で死にゆくものだと思った。

だけど、そんなこちら側の世界に再びあの光を与えたのは紛れもなくキョウとレイだった。

食い荒らされた畑を見た二人は静かに怒りを灯らせた。

諦める人々に勝利宣言をした。

有り得ないだろう。と思う奴らも、言葉を失ったあの光景。

初代王の仇を取るため、その子供二人はどこからか大勢の人を集め怒りをぶつけた。

向こう側の世界はあっという間に血の海と化した。

その時、こちら側の人間の目に映ったのは、ブルータルの王の姿。

誰も逆らうことは許されない雲の上の人。

分かっていた。勝ち目は無いと。

分かっていた。王の血を継ぐ二人の息子がこの世界を牛耳ると。

分かっていた。逆らえば命が無い事くらい。

だけど、認めきれなかった。

そして、好奇心が勝ってしまった。

人を集めなければまだ何も出来ない若造だと……侮っていた。

全てを壊したのは自分だと、心が潰れるほどに理解している。

藤山は最期に忠誠を誓った。

「ブルータルの王にこの命を捧げます。」

震えた声で話終えると、乾いた音と共に真っ暗な世界に突き落とされた。

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