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食屍鬼 -楽園-  作者: 藤岡
約束
116/122

05

九年前


「なによあんた。」

貧困層が住まう地域にある一つのボロアパートの一室で、派手な見た目をした女が牙を向いていた。

「キョウと言えば分かるかい?」

「キョウ?……あんたがあの人の……?」

「あァ。親父が死ぬ前に、ここに俺の弟がいると言ってきた。だから、会いに来た。」

「何が目的なのかは知らないけど、壱縷はあんたの事を知らない。父親がどういう人なのかも知らない。余計な事は言わないで。」

「それじゃァ駄目だ。知っておく必要がある。」

「どうし────」

「あの男の息子である以上、裏の世界は見逃さねェ。何も知らないとなると、困るのはガキだぞ。」

じっと覗き込む目は自分が愛した男との血の繋がりを感じさせた。

「ところで、その壱縷?って奴は今いくつだい?」

「……12歳。」

「そうかい。まだ俺の母親が生きてる時に出来たって事かい。胸糞が悪いねェ。」

「あ、あの子は関係無い!私が悪いの!だから、だからあの子には何もしないで!」

女はキョウの足にしがみつき必死に叫ぶが、鬱陶しそうな顔をして蹴飛ばされ冷たい目で見下ろされた。

「んな事分かってんだよ。お前とクソ親父が悪い。ガキには何もしねェよ。」

最初こそ牙を向いていた女であったが、今ではひどく怯えている。

キョウの目を見てすぐに牙は抜け落ちてしまったのだ。

それに───

「一年前、あの事件をおこしたのは貴方なんでしょう?」

「あァ。だったらなんだい?警察にでも通報するかい?」

「そんな事したって……なんの意味もないでしょう。」

ブルータル接近禁止令が発令されたのは丁度一年前の事。

今ここで女が警察に通報した所で、警察はもうキョウには手を出せない。

むしろ、女側が責められる可能性の方が高いのだ。

「それに、そもそもお前は親父と関係を持ってガキまで作ってる。警察に目ェ付けられると困るのは俺じゃなくてお前とガキだろォ?」

女は目に涙を溜め唇を噛み締めた。

「親父の事は誰にも話せねェし、親父からも話すなと言われていたはず。狙われちまうからなァ。

勿論ガキに父親の話も出来ねェ。戸籍を辿っても不明。

なら、このままで良いだろとお前は思うかもしれねェが、裏の世界はそんなに甘くねェ。

お前の遺伝が100%なら問題は無いかもしれねェが、きっとどこかしらは親父に似る。それが性格ならパッと見はバレねェが、外見となると少なからず気にするやつが出てくる。

だから先に話しておく。いざという時、俺という存在を頼れるようにしておかなきゃならねェ。」

キョウは薄汚れた床に腰を下ろし、怯えながらも恨めしそうに自分を睨み付ける女ににこりと笑いかけた。

「お前じゃガキは守れねェ。恨むなら俺じゃなくて親父を、お前が愛した男を恨むんだなァ?」

「もう少し……成長してからでも遅くないでしょ。あの人に似るとは限らないし、余計な情報を与えたくないの。

それに、あんな事件をおこしたのが自分の義理の兄だなんて知ればあの子はきっと塞ぎ込む。」

「もう少しの成長?それはいつだい?」

「せめてあと三年……五年は待ってほしい。」

「五年……そうだなァ。17かァ。一番青春出来るのがその年齢くらいって聞いた事があるな。

生憎俺はそんな経験をした事がねェから楽しいものなのかどうなのかは分からねェが、まァ……代わりに経験してもらうのも悪くは無ェか。」

キョウは立ち上がると女に背を向けた。

「じゃァまた五年後。」

そう言って手を振り外に出たキョウ。

扉が閉まる音がすると女は声を上げ叫び泣いた。

その声は外に丸聞こえで、キョウは眉間に皺を寄せる。

「キンキンキンキンうるせェ。」

耳を塞ぎ歩いていると、前から自転車に乗った男の子が横を通り過ぎた。

その子の顔を見たキョウは振り返る。

男の子は先程キョウが出てきた家の前に自転車を停めると、慌てたような顔をしてかけて行った。

「どう見てもアイツが俺の弟だろォ。」

自分の幼い頃と同じような顔。

唯一違うと言えば目が輝いていた事くらい。

「親父の血が濃すぎる。なんだあいつ。」

キョウは空を見上げ文句を垂れる。

自分と母親を裏切った父親を睨み付けるようにして。

──────────────

あれから数日考えたキョウは再びあの家へと足を運んでいた。

たまたま、偶然、裏の奴らが弟を見かければ必ず目を付け調べると思ったキョウは、やはり弟には話しておくべきだと判断したのだ。

裏の人間の殆どが父親を崇拝し、ブルータルを恐れているとはいえ、やはりその中にも良く思っていない連中も混ざり込んでいる。

まだこの時点ではそこまで深く関わっていないので、仮に誘拐されそれを餌に金を要求されたとしてもあまり心は動かない。

だが、家族であるという事実は揺るがないので、気分も良くは無い。

面倒くさいな。と、思いながら歩いて行くと、家の方から女の叫び声が聞こえた。

「いつも叫んでいるのか?あの女ァ。」

うんざりした顔をしながら歩いて行くと、家の中から引きずり出された女が泣きながら男に懇願していた。

「許してください!あの子は何も知らないんです!」

顔を蹴られ血が滲もうとすぐに起き上がり泣き縋る女を見て、キョウは手遅れだったか。と、ため息を吐き出した。

「お母さん!助けて!!」

男に担がれ暴れ叫ぶ男の子は前に見かけた子だった。

「おい、黙らせろ!」

「分かってます!」

担いでいた男が男の子を下へと放り投げ腹を目掛けて蹴りを入れようとした時、パチパチパチと乾いた拍手が聞こえる。

男達が振り返るとキョウがにこにことしながら拍手をし、涙目の男の子の前にしゃがみ込んだ。

「よォ。」

「おに……ちゃん、誰?」

「ははっ、後で教えてやる。」

女は涙を流しながら男の子に駆け寄り、後退る男達に笑いかけながら歩み寄るキョウを見上げた。

「な……んだよ。」

「なんだよじゃねェよ。何ガキに手ェ出してんだゴミが。」

「なっ!」

「まァいいや。で、お前らの目的は何?」

叫び声を聞き表に出てきた近隣住民達が増え始める。

人の目が気になるのか黙ったまま目が泳ぐ男達と、特に気にしていない様子のキョウ。

「耳、聞こえねェのか?」

「お、お前一人で何が出来んだよ!どうせ父親の名前が無けりゃお前だって────」

キョウに啖呵を切った男の視界が揺らぎ空が映る。

「別にどう思っていてもいいけど、あまり舐められちゃ困る。」

キョウは倒れた男に跨ると拳を強く男の頬に振り下ろした。

その光景を見ていた人達は、警察!早く呼んで!と叫ぶ。

もう一人、男の子を担いでいた男は仲間を殴りつけるキョウを止められなかった。

ただ、その場で立ち尽くすことしか出来ない。

足が震えて動けないのだ。

「お前らが考えてやった事?それとも、誰かからの指示?」

質問をされても殴り続けられている男は話すことが出来ない。

「この口は飾りかァ!?」

キョウは男の唇を掴むと、ポケットナイフを取り出した。

「くだらねェ飾りなんかいらねェんだよ。」

「んんっ!んんんっ!!」

脅しなんかではない。本気で切り落とそうとしている。

逃れようと顔を動かすと唇から手が離れ頬に痛みが走る。

痛みに顔を歪めるとまた唇が動かなくなり、口の端が痛み始めた。

「ま、ままま待ってくれ!俺が話す!俺が話すから!!」

足を震えさせる男がそう叫ぶ間も、キョウは表情一つ変えずにナイフを押し当て続けた。

ツーッと流れる血液はポタポタと小さな血溜まりを作り始める。

「指示された!俺達はただアンタに似たあの子を連れてくるように言われた!」

「誰から?」

キョウの手が止まることはない。

「き、鬼百合きゆり藤山(とうやま)って人だよ!」

「あ?胡瓜?」

「鬼百合!ここらじゃ名前を知らない人はいない!」

「知らねェ奴がいねェ?ははっ、ここにいんだろォが。馬鹿か?」

キョウの手が止まり血を流す男が安堵したのも束の間。

「教えてくれて有難う。」

キョウはそう言うとスっと手を上にあげた。

ナイフから飛び散る血液と、男の声にならぬ叫び声。

キョウは立ち上がるとポイと唇の端を投げ捨て男の子の前に立った。

母に強く抱きしめられる男の子は、母の髪の隙間からキョウの目を見た。

サイレン音が聞こえる。

近隣住民達は二歩、三歩と後退りしパトカーの到着を待った。

「もうお前に手は出させねェ。」

キョウがボソリと呟いた言葉は男の子と母の耳に届いた。

それと同時に到着したパトカー。

駆け付けた警官はキョウとその後ろで倒れ込む男を見て息を飲んだ。

「……ご同行願えますか?」

一人の警官がキョウの隣に立ち、野次馬達に聞こえぬ程の声で問いかけた。

「同行というより送って欲しい所があんだけど。」

「どこですか?」

「鬼百合の拠点とか分かるかい?」

「……この件と関係が?」

「そう。あともう一つ。俺が良いって言うまでそこの女とガキを保護してほしい。」

警官は二人を見ると頷き他の警官に伝えた。

キョウが警官と共にパトカーに乗り込んだすぐ後、女性警官が母と男の子の元へと向かった。

唇を切られた男は救急車に乗せられ、震えていた男はキョウとは別のパトカーへと連れていかれた。

キョウを乗せたパトカーが走り始めると野次馬達は軽蔑の視線を送った。

「はっはは、テメェで止めに入るでも無く興味本位で見てただけの奴らの視線が痛ェなァ。」

「……ブルータルの人間だって知られれば、もっと冷たく見られますし、何を言われるか分かりませんよ。」

「好きにすればいいけど、俺からも同じように見られて言い返されても文句は言わないでほしいねェ。」

ケラケラと笑うキョウに顔を引き攣らせたまま警官は問いかけた。

「鬼百合と言えば我々も手を焼いてるんですよ。」

「そうなのかい?その中の藤山って奴を知っているかい?」

「鬼百合の頭です。人を玩具のように扱う悪人ですよ。」

「へェ。そうかい。」

「キョウさんも……一人なら気をつけた方がいいですよ。」

「ははっ、俺が藤山に殺されりゃァお前らも少しは気が楽になるんじゃないかい?」

警官は返事に困ることを言われ苦笑いをするしか無かった。

キョウはどこか楽しそうな顔をして外を眺めた。

「どいつもこいつも間抜け面して歩いてるなァ。」

「平和でいいじゃないですか。」

「でも、よく見りゃァこの世の終わりみたいな面をしてる奴もいるし、間抜け面の裏では泣いてる奴もいるだろォよ。」

「まぁ……人それぞれですからね。」

「助けてくれって言えないやつは可哀想だよなァ。誰も手を差し伸べねェ。気付いても気付かないふりをしたり、見て見ぬふりをしたり。……俺は気付かないふりはしてやりたくねェ。」

「……我々もそう思ってますよ。国民には幸せでいてほしい。だからこそ、我々……僕はまだブルータルを許してはいません。」

警官の真面目な声を聞き、キョウはニタリと笑った。

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