呼び出しともてなし 2
「これでも一応は貴族の娘だからな。面倒だと思っていても、家の恥にならない程度には着飾ることはする。だからそういう珍獣を見るような目は止めろ」
「いや……そうではなくて、おまえにはどういう物が似合うか考えていた。いろいろ着せるのも楽しそうだが、時間が無いのなら仕方がない。今回は大人しく引き下がろう。……あとは宝飾品か」
「そっちも一式揃えてるから問題ない」
そう即座に返して、コーデリアは表情に困惑を滲ませた。
「変に気を遣うなよ、調子が狂うだろ」
「だがパートナーに贈り物ひとつしない、というのは考えられん。せめてなにかひとつでも――」
「だから必要ないと言ってるだろうが。……まったく、仕方のない奴だな。どうしても気が済まないって言うなら、うちが世話になっている仕立屋を紹介してやる。ドレスの同布でチーフかなにか適当に作っておけば、急拵えでもそれらしく見えるだろうし、おまえの面目も立つはずだ」
イライアスは口を噤む。
さすがにこれ以上は、押しても迷惑になるだけだろう。コーデリアを飾り立てられないのは残念だが、楽しみは次の機会にでも取っておけばいい。
イライアスは自分のグラスに火酒を注ぎ入れてから、たった今思い出したふうに言った。
「そう言えば、シトラ宮の厄介ごとだが。医療担当の統括役にオドネルが担ぎ上げられたのは聞いているか?」
「クレアが? いや、初耳だ。と言うより、それって箝口令が敷かれてるんじゃないのか?」
「もちろん口外は禁じられている。だがここで言う分には問題無いだろう。オドネルは間違いなく、おまえも駒として頭数に入れている。嗅覚の件では、お手柄だと褒めていたぞ」
イライアスを伝言役にする、と悪びれなく言っていたくらいだ。コーデリアを巻き込む腹積もりでいることは、もはや疑うべくもない。
クレアの人使いの荒さは、士官学校時代に嫌というほど味わわされている。仲の良い友人であっても、それは変わりなかったのだろう。
思い切り嫌そうな顔をしているコーデリアに、イライアスは苦笑を向けた。
「心配するな。立聖府を動かすのは内務府でも難しい。神殿騎士のおまえが引っ張り出されるなど、よほどの事態でもなければ有り得ない話だ」
「つまり有り得ない状況で動かされるってことだろ。まったく、クレアに目を付けられたのが運の尽きか。留学生たちの帰国まで、このまま平穏無事に過ぎるのを祈るしかない」
げんなりと零して、コーデリアはグラスをひといきに呷る。
顕わになった喉になんとなく目を留めながら、イライアスは真面目な口調で言った。
「オドネルが目を光らせている以上、檻の中にいる留学生たちに出来ることは少ない。あの酷い臭いについても、あいつならすぐに片を付けるはずだ。体調不良の原因が判明すれば、護衛に付く人員の不足も解決する。おまえに皺寄せが行くこともないだろう」
「そう上手く行けば良いけどな。……まあ、いい。私にとって目下の問題はディグラントの晩餐会だ。来週はここには来られないから、あらかじめ承知しておいてくれ」
「なぜだ?」
驚いて問い返すと、コーデリアは呆れた顔になる。
「晩餐会は安息日だろ。仕事を終えて帰って来てからだと、とてもじゃないが準備が間に合わない。支度をするには最低でも半日は欲しいが、神殿騎士の人手不足は筋金入りだからな。簡単には勤務日程を動かせないし、代わりを頼むには休日を交換するしかない。安息日の夜勤を引き受けてなんとか、といったところだろうな」
神殿騎士は、近衛とは別種の精鋭だ。騎士として優秀であるのはもちろんのこと、主神ベリサに選ばれた者だけが、その任に着くことを許される。血筋も年齢も容姿すら問われない。必要なのは神に愛されること、ただそれのみだ。
神は人の事情に頓着せず、気まぐれのように選ばれた騎士は一個小隊にも満たなかった。その少ない人員をどうにかやりくりして、広大な聖域と神殿の守護を担っているのが現状だった。
「騎士の選定があったのは、二年前が最後か」
「せめてもう少し頻繁に人員を増やしてくれたら、心置きなく休暇の申請も出来るんだけどな。……まあ、神のすることに何を言っても仕方がないが」
苦笑含みに言って、コーデリアは時計に視線をやる。釣られてそちらを見れば、時計の針は宵のうちを少し過ぎた刻限を指していた。
残念だが、そろそろお開きにした方が良さそうだ。
イライアスはロックグラスを置くと、呟くように零した。
「これ以上は引き止めても迷惑になるだけだな。――寮まで送ろう」
散らかったテーブルをそのままにして席を立つ。コーデリアは物言いたげな表情を浮かべていたが、結局は口を開かずに腰を上げた。
連れ立ってアパルトメントを出ると、冷たい風が吹き付けてくる。秋は日に日に深まって、冬の足音が聞こえてくる。寒そうに首を竦めるコーデリアを横に見て、ストールを贈るのも良いかもしれない、とぼんやり思う。
彼女にはどんな色が似合うだろうか。そう考えながら、イライアスは左手を差し伸べた。
コーデリアはきょとんとした顔をして、だがすぐに眉間に皺を寄せる。なにかを葛藤するような間があって、コーデリアは渋々という風情でイライアスの手を取った。
固い手のひらや節くれ立った感触は、騎士として彼女が努力している証だ。そのことに感じ入って指を絡ませると、コーデリアが居心地悪そうに身じろいだ。
「おい、おかしな触り方をするなよ」
「恋人同士なら、この程度は普通だろう。おかしな、などと人聞きの悪いことを言わないでくれ」
「それは、そうかもしれないが……って、いや、そういう問題じゃないだろ」
困惑と不満が入り混じった声に笑みだけを返して、イライアスはコーデリアの手をそっと引く。コーデリアは小さく文句を零したが、それでも大人しく歩きだした。
呆れたふうの溜め息を隣に聞きながら、イライアスは口を開く。
「晩餐会当日は、寮まで迎えに行く。寮には俺から連絡を入れておくが、コーデリアも迎えがあることを伝えておいてくれ」
コーデリアが頷く。
「ああ、分かった。……噂の種になるようなことは、出来ればやりたくないんだが仕方がない。この寒空に、外で待たせるのはさすがに酷だからな」
「やはり、中で待つのは目立つか」
「当然だろ。騎士と言っても、寮にいるのは年頃の女性ばかりなんだ。噂好きは少なくないし、特に恋愛関連の話は食いつきが凄まじい。今まではなんとなくの噂だったのが、おまえが姿を見せることで事実になる。しばらくは騒がしくなるだろうな……」
心底嫌そうに言うのが可笑しくて、イライアスは肩を揺らした。
声を立てないよう喉の奥で笑っていると、コーデリアがじろりと睨み付けてくる。
「おまえだって噂の中心になるんだからな。分かっているのか?」
「心配しなくても噂の矢面には俺が立つ。コーデリア、おまえはただ堂々としていればいい。ああ、俺に押し切られて仕方がなく、と言っても構わないぞ。嘘ではないからな」
「そんな情けない真似が出来るか。……さっきも言ったが、頼みを引き受けると言った時点で覚悟はしてる。噂が出回ることも、もう半分以上は仕方ないって諦めてはいるんだ。ただ……もしかしたら、そのせいで私の事情に巻き込むことになるかもしれない」
普段は感情を揺らすことのないコーデリアが、今は心なしか萎れているように見える。彼女が下手な慰めを求めていないのは分かっていたが、だからと言って黙っていることは出来なかった。
繋ぐ手に力を込めてイライアスはきっぱりと言った。
「それこそ覚悟の上だ。なにがあっても大丈夫、などと身の程知らずなことを言うつもりはないが、背中くらいは死ぬ気で守るから安心しろ」
ふ、と隣で微笑う気配がする。
「荒っぽいことには、そうそうならないだろうが……一応、期待しておく。それよりも晩餐会だな。社交は得意じゃないから、出来たらそっちを当てにさせてくれ」
「もちろん、最善を尽くそう」
それは掛け値なしの本心だったが、コーデリアは耐えかねたふうに吹き出した。




