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無口な少年の描いたセカイ  作者: 遥野 凪
プロローグ
12/26

とある先生の思惑

葛飾北斎の……

さてその絵は何故黒板に描かれたのか?

(理由は書いてません)

「……知ってますよ」

肩に掛けたままの鞄を掛け直しながら、担任の問いに呆れつつ答える。流石にその画家は言われなくても分かる。というか。

(そんなメジャーどころを知らないのは相当の世間知らずぐらいだ)

担任はというと、んーと唸りながらも。

「それもそうか」

と、納得した。自分としては、本鈴が鳴って暫く経ってから来る担任が今日に限って早いことが、謎だったりするが。

(このクラス、25分ぐらいにならないと全然来ないのに……)

「そう言っても、作品名は汐宮、知らないだろ?」

本人はといえばそんな事なんか気にも止めず、こちらに問いかけてくる。

再び黒板画に目をやると、白と青のチョークだけで描かれた作品が現れる。

「西藤先生は、知ってるんですか」

担任の方に見向きもせず、ただ呆然と絵を見ていた。

粉で描かれたせいで、粗が見えるがそれが逆に味が出ているように感じる。今にも動き出しそうな波の連なりがその迫力を出している。

「まあ……な」

そんな歯切れの悪い返事を返しながら、担任は頭をポリポリと搔く。咄嗟に出てこなかったか、その返しを予測しえなかったかのどちらかだろう。

(代表作と知られているが、どちらかと言えば絵自体に知名度があるような作品だから仕方ないか……)

窓から射し込む日差しが、黒板に反射し描かれた絵をさらに立たせる。

「それにしても、本当これ凄いよなぁ……俺、久々に鳥肌立ったわ」

感嘆する担任は、以前に呼び止めたような印象が感じられず、ただそこてワクワクする少年みたいな印象だ。

(大人でも、こんな人もいるんだ)

「びっくりするよなぁ……出勤したら急にアイツに『黒板画、見ました?』って言われてさ……んで上がって見たら、こんな超大作があったんだからさ」

多分、アイツというのは副担任のことだろう。

話をまとめるならば昨日の放課後から朝までの時間(正確には副担任が来る)までに描かれたのだろう。

「先生自身で描いては…………」

一応確認するために聞いてみる。ここまで来て、実は俺が書いたんだっ!!っていうシチュエーションはよくあるからだ。……主にテレビで。

「勿論違うに決まってるだろ。俺がこんな傑作が描ける訳ないだろ?」

(確かに、絵を描くような雰囲気は1ミリもないけど)

ただ、【人は見かけによらぬもの】という考えを根本から否定するような意見を吐き出した。いや、教育者としてもっと可能性とかを見せようとか思わないのか……。

「だって俺、中高6年間美術1だったんだからさ?」

「…………」

それ、語尾疑問符っておかしくないですか。大人気なくないですか。そもそも、よく単位的問題で引っかかりかねないのに卒業出来ましたね。と色々頭に浮かぶ言葉はあったがグッと堪える。

「そ、そうですね……」

ただこの悲しくなるような告白のお陰で分かったこともある。

どうやらこの黒板画は、担任は絶対に描いてない。絶対に。

(だけど、そうなるとこの絵は一体誰が……)

ずっと見てても飽きない黒板画は、誰が見ても本物の絵が浮かぶ。言ってしまえば、絵が上手いとかのレベルを優に超えている。

(普通に模写しても絶対にこんな高クオリティーで描けないよな)

自分も多少は風景画ぐらいはスケッチ出来るが、ここまで忠実に再現出来る自信はない。

(この学校なら、別に驚くことでもないかもしれないが)

なんせ、入学条件が国から推薦や天性の才能持ち、努力の賜物が報われた。とか色々……はっきり言ってここの生徒はみんな脳の出来がバケモノだ。

(それにこのクラス、芸術科だしな……)

一部の人はよく分からない人もいるが、絵画コンテストやらフォトグランプリ、全国ピアノコンクール等で名を連ねてる人、中には既に漫画家やイラストレーターとして活躍してる人もいる。

「でも、描いた奴の目星は付いてるんだけどなぁ」

自分が改めて、この学校に引いてると担任はポツリと言う。

「多分、ここの祈茶屋(きさや)だろ。美術専攻の、美術部に入ったさ」

担任はそう言うと、な?と同意を求めてきたので適当に相槌を打つざるを得なくなった。

(とりあえず、この絵はクラスメイトの人が昨日描き上げたってことなのか……)

生憎、昨日もそそくさに教室を出てしまった自分には全く何が起こっていたかは知らないが。

「ちなみに、アイツはこれ……富嶽(ふがく)三十(さんじゅう)六景(ろっけい)って言えなかったがな」

少し毒づきながら笑う担任に少しタジタジになりながらも適当に反応する。

(担任が言う通り、有名作品……葛飾北斎の富嶽三十六景。その中の代表風景画、《神奈川沖浪裏》)

中学時代に美術の授業で、この風景画自体の名前を秒で答えたら引かれたぐらいだ。……先生でさえ、教科書のページを(めく)っていた。

多分、ド忘れしてただけだろうって、その時は思ってた。けど今となっては。

(きっと、無知だっただけなんだろうな……)

その出来事が印象的過ぎて、数少ない中学の思い出の1つとして、今でも鮮明に刻み込まれている。

(全く思い出と呼べるものじゃないけど)

「さてと……これどうするべきだと思う、汐宮?」

どうするって……今日普通に6時間授業の日。つまり……。

「消さな―」

「国宝に指定すべきものだな。うん、そうすべきだよな」

「…………」

何を言い出すのかと思えば、そんなことを口から放つ。そんな人間なのだから、この担任は何を考えてるかさっぱり分からないし、読めない。当然、本人は厚顔無恥。そんなことなんて、お構い無し。

「いや、国宝はあるから……学宝だな。そうだろ?」

見事なまでのドヤ顔までかますこの方は、大した肝の持ち主だ。

「はぁ…………」

それってつまり消さないのか。それはとても不味くないか……。

「……授業、どうするんですか。」

別に授業が大好きとか、早く知識を得たいとかではない。ただ、授業をしないとなると……不味い気がする。

「それもそうか。確かに授業をしないと怒られかねないな……怒られるの嫌だし」

担任は何事も楽観してるようにしか見えない。なんでこんな人が担任……先生なんかになれたのか分からない。

「今日で入学式から1週間だよな?」

そう聞かれ、こちらを見てくる。何だか、確認しろと言わんばかりの様子である。

(……この担任、大丈夫なのか)

不服ながらも、羽織っているブレザーの胸ポケットから生徒手帳を取り出す。ちなみにこの手帳にはレーザーカバーが付いており、そのカバ ーの色で学年……何期生かが分かるという優れものだ。ちなみに、3年はチョコレート、2年はキャラメル、1年はアイボリーである。

「そうですね……」

自分が生徒手帳をペラペラ捲りながら、静かに呟く。

(まだ4月だから、卒業まではまだ遠い……)

そんなことを片隅に思いながら、6月に行われる体育祭を早速嫌な行事として見つけてしまった。ここの学校の生徒手帳には既に学年行事が印字されてる為かなり使いやすい。

「じゃあ、アレすればいいな」

(アレってなんだよ……)

内心でツッコミを入れつつ、適当に流す。

「汐宮、今日は授業無いから黒板そのままだからなー」

そう言いながら担任は、高笑いしながら去っていった。

「一体、なんなんだ……」

そして、まだ席替えする予定がない席に腰掛ける。08:21。

(……この時間になっても誰も来ないって今日は大丈夫なのか)

そう思いながら、鞄の中からハードカバーの本を取り出して本の世界に入った。



―キンコーンカンコーン、キンコーンカンコーン

静かにハードカバーの本を閉じると、先程まで誰もいなかったはずの教室に、クラスメイトが揃っていた。

(いつの間に……)

クラスメイト達は、黒板の方を指差しながら、これ凄くない?とか、やば。とか各々言っている。

(やっぱり、そう思うよな……)

周りの反応に同感していると、入口の方から担任が入ってきた。

「おー、今日は偉く賑やかだな」

つい10分前に話した時とあんまり変わらない物腰で、担任は生徒達に接する。

「よし、とりあえず挨拶するか。号令ー」

「起立ー」

担任の呼びかけに、号令係(女子学級委員)が応える。この声を聞き、ようやく今日という1日を学校に投げているんだとどこか諦めが出てしまう。

人が集まった途端に学校というのは、とても退屈な日常を生み出しているような……そう思いながらも、立ち上がり、朝の挨拶をするのだから皮肉だ。

「着席ー」

号令が終わり、担任が何やら話し始める。

(結局、何するんだろ……)

自分も何するかは聞いてなかったので、今日やる内容だけでも聞いておこうと耳を傾けた。大体は、何時間目の授業が変わりますーとかそんな内容ばっかりだけど。今日は、検討もつかないものをやるのだろうと思ってしまう。

(変なことじゃない方がいいけど……)

そんなことをぼんやりと思う。

黒板画に興奮する中、自分だけはさっきまで会話していた担任の顔をつまらなさそうに見ている。

「今日は見ての通り、黒板は使えないから……1日使って校舎内を回ることになってるからなー」

相変わらず、担任の思考は読めない。

(委員決めから2日、入学式から1週間……いや、このクラスやること遅くないか……)

担任はそんな初期段階にやることをすると唐突に朝のSHRで言う。もちろん、クラスメイトも黒板は使えない……までは何も言わなかったがその後の内容を聞いて、はいはい、分かりましたーという納得する人は全員一致でいる訳もなく。

「えー今更ですかー」

前回でも、口火を切った者が、また初撃をぶつけた。確か男子学級委員、橋部(はしべ) 直木(なおき)って名前だった気がする。

(まぁ、そう言うよな……)

その様子を流し目で見つつ、担任は大変そうだと他人事のように思う。

「あ、それは……この学校はこれぐらいにするって決まってるんだよ」

担任のなんとも言い訳がましい口ぶりを聞いていると、きっと忘れてたんだろう。

「あー確かに移動教室なかったな」

(そういえば、それしてなかったって思い出したってパターンっぽいな……)

「それに、1日授業潰れるやん!!」

「お、それもそっか!!ナイス考え、悟!」

「やろ?」

「いや、それオレも思ってたからな?ただ反応が0.009秒差なだけ」

「なんだよりくじ、早く言えよな〜」

「ふん、今回は譲ったんだよ」

最前列に固まってる男子3人組は、ぎゃあぎゃあと騒ぐ。

担任目の前でよくあんなに言えると、感心はしかけたがぐっと堪えて横目で見てるだけだ。

もちろん、頭の中ではほんのちょっとはラッキーとは思ってるが。

「近藤、お前寝てばっかりじゃねぇか」

「先生、見てたのかよ!?」

この担任は、伊達に担任してないと思えるほどの人間みたいな気がする。顔がさっきから何も変わってないのが逆に恐ろしい。

「ダメじゃん、悟」

「他人のこと言えないと思うぞ、竹内?」

担任はにやりとして、視線を変える。まるで狙いを定めるかのようだ。

「な、なんだよ、オレは授業起きてるぞ?」

「起きてはいるな……じゃあ、校舎内見学の時に机の中のもの抜き打ちチェックするか?」

「……え?」

「机の中で見せろってことだ。漫画しか入ってないこと、バレてないと思うなよ?」

「何故、ばれた!?」

授業時間に最前列で堂々と漫画読んでるのはクラス全員知ってるけど、担任にもバレてたとは。

「んで、仁藤(にとう)、入学早々、先輩に告って、振られたんだってな」

「え”、なんでぇぇぇぇ!!!???」

流石にこの告白は傷を抉る。追加効果の情報拡散もかなり効いてるらしく、周りではマジで……という呆れと、ちょっとね…という軽蔑が入り乱れている

「マジかよ……」 「聞いてないぞ、りくじ!?」

2人とも知らなかったらしくかなり驚いている。これは酷い。

「いや、流石にそれは言わなくてもいいかなってさ……」

この担任は恐らく荒らし屋という単語が似合う人だ。

「ま、そういえことだから、午前中で全棟見学して、1時間丸々休憩で、残りの1時間で自己紹介な」

結果、担任の独壇場で、今日は授業なしになった。

「じゃ、さっさとやって終わらせるからすぐ行くぞー」

先生のトントン拍子に、巻き込まれたクラスメイト達は慌ててスマホをポケットに突っ込んだり、漫画を持ったりして、教室から出ていく。

「最後の、いらない……」

そんな言葉をボソリと教室に残しながら、自分も文庫本とスマホをポケットに入れた。


また遅くなりました……この日が終われば面白くなると思うんで首を長くしてお待ちください。


ちなみに担任は、敵に回すと怖いタイプの人間です

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