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プロローグ

 天落人にして人魔大戦終結の英雄、銀郎のジロウはジーナ・カインドで薬屋を経営している。

 かつての仲間達も各々の道を歩み成功している中、ジロウの店舗、銀狼屋は閑古鳥が鳴いていた!


「ま、いつもの事だからいいんだが……」


 カウンターの先には、王都の製薬店でも見られない、難病の薬たちが陳列している。まさしく一級の品揃え、薬の本場である、南方の国ですら、ここまで揃えてないだろうと自負している。

 だが、客はいない、この辺りの住民が時たま、虫下しやら、擦り傷の軟膏やらを買いに来るに留まっている。


「今月も赤字、と」


 カウンターの上で着ける帳簿は、赤いインクで真っ赤だった。黒い部分がない、これで赤字の合計は23871ジリアンになる。


「ふふふ、一軒家が買えるな。あれ、目から水が……」


 不思議と、瞳の奥から熱い水が溢れて来たジロウは、袖でその部分を擦る。だが、休んでいる暇などない。

 街の外で売った冒険者用の薬、その帳簿を着け始める。


「こっちは2380ジリアンの儲けと……かなりの儲けだな、これ店畳んで街角で薬売りした方が儲かる……いやいやいや、店を持つのは俺の夢……」


 男の夢と現実の狭間で揺れていると、不穏な気配を察した。


(怯えて恐慌に陥った人間がこちらに向かっている、数は一……戦闘を仕事する人間じゃないな、気配が弱い……だが、物凄いスピードだぞ、時速200キロメートルは出ているんじゃないか? 位置は……)


 閑古鳥が鳴く薬屋の店主とて、元は伝説の冒険者。

 これ位は朝飯前なのである。


「真上……だとぉ!?」


 そう言うや否や、言葉と共に上を向いたジロウの視界に、7年ぶりに見かけるセーラー服が目に入った。

 落下地点はジロウの頭上、落ちてくる少女に向かって、ジロウは手を何度か動かし、素早く魔法のシンボルを刻んでいく。

 刻む印は飛行魔法、対象は落下中の少女。

 彼女がジロウの頭にぶつかる寸前で、その落下を停止する。


『わ! なんだこれ!? 私飛んでる!? アイキャンフライ!?』


 頭上で、少女が喚く。

 最近は語る事が無かった、懐かしき日本語。

 これで分かった事がある、頭上でバタバタと暴れる少女はジロウと同じ天落人だ。その名前の通り、天から落ちた人、ジロウと同じ異世界人だ。


「……マジかよ」


 彼女が落ちて来たと言うことは、日本のどこかで、大規模なエーテル爆発が起こったと言うこと、それは大地震等の自然災害を引き起こす。


『あ、貴方誰ですか!? 黄昏の魔法使い!?』


 頭の上で、少女が日本語で喚く。


「黄昏の魔法使いではないね、今下ろすから大人しく……ってこっちの言葉は通じないんだったな」

『わ! ドイツ語? ここはドイツなの!? ヒットラーなの!?』


 ナチ党はもう解散したよ、なんて言葉は飲み込んで置き、彼女をゆっくりと地面へと下ろす。


『わ! わ! やっぱりナチスは魔法使いを兵器に投入したんだ! 第三次世界大戦がはじまるんだあああああああああ!!』


 どうも、彼女が話している内容はおかしい。妄想力豊かな女子なのだろうか。

 ジロウは彼女を下ろしてやり、仕方なしに咳払いをする。


『おちつけ、ここはドイツでもなく、俺はファシストって訳じゃない』

『あれ? 日本語だ。ここ日本だったの?』


 どうも頭のネジが足りない女の子である。


『俺は佐古恭次郎。銀狼のジロウって呼ばれている。それで君はなんて名前で、どこから来たのか教えてくれないか』


 混乱しているだけだと思う事にしたジロウは、落ち着き払った様子で自己紹介と彼女の事を聞く。

 これでまだナチスだのヒットラーだの騒ぐようなら、薬を使ってでも落ち着かせてやろうと考えているのは内緒だ。


『私は……村上小春です、日本大阪の女学院にさっきまで居て……ここどこぉ!?』

「気づいてなかったんかい!!」

『それどこの言葉ぁ!? フランス!? ド・ゴールなの!?』


 ジロウは頭痛でも感じたかの様に額を抑えた。話がちっとも進まない、そろそろ疲れてきた頃だ。

 薬漬けにして無理矢理聞き出してもいいが、ネジが緩いだけの女の子だし、ドイツだのなんだのは言わなかった。

 ここは違う一手を打つべきだと感じて声を張り上げる。


「ジィィィィィィィィィィィィィナァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


 店先で掃除しているジーナに声をかける、コハルが落下してきた轟音で来ないって事は聞こえない状況にあると言う事だ、ついでに左腕を天高く掲げ、契約の証を光らせて、伝える。

 ジロウを保護したのもジーナだし、天落人は神霊に任せるに限るからだ。緑炎で描かれた魔法陣から頭に三角巾を巻いて、箒を持ったジーナが召喚される。


「どうしたのー?」


 口元に涎の痕があり、先程の騒動も気が付いてなかったようで、契約の波動で起きたようだった。

 だが、それを今責めてもしょうがない。


「天落人だ……後よろしく、俺、店直してくる……」


 三階建ての大きな店だ、それを屋上から一直線にぶち抜かれては修理にかかる費用も、頭が痛くなってしまう。


「んー。修理がんばってねー」

「おーう……」


 一階の奥にある倉庫から、漆喰と石材、それと木材とトンカチを引っ張り出してくる。これだけ派手に落ちて、よくもまぁコハルは怪我しなかったものである。

 ジロウの店は、外側を石材で作り、内側は木材だ。

 故に、修理用の素材は木材と石材の二種類が必要になる。


「あーあ……これで赤字が嵩むなぁ」


 大量の石材や木材、釘を引っ張り出して肩に軽々と担ぐ、二階へと向かう階段までの通路を歩いていると、ジーナがコハルに対して色々と話しているのが見えた。


「頑張れよ……」


 呟くように応援して、ジロウは壊れた屋上へと向かって歩いて行く。

 コハルにはこれから様々な受難が待ち受けているはずだ、家族もなく、一人ぼっちの彼女は一人で立ち向かわなくてはならない。


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