真実の選択
絶世の美女と神々しいドラゴンが言葉を交わす。
「レスカリウス。私の呼びかけに応じてくれて本当にありがとう。礼を言います。助かりました。貴方が来てくださらなければ、私達はこの世から完全に消え失せていたことでしょう」
「礼には及ばんエルフの女よ。我はそなたの子として生まれるであろう、王を護ったにすぎんのだ」
「ええ、そうですね。分かっています」
漠然としたエルフと龍の会話に耳を傾けるキース。
「それにしても、そなたの声が我に届いたのは幸運であったな」
「必死でした。どの様にして貴方に声を飛ばしたのか、自分でも分かりません」
「黄金則の力であったのだろう。幸いな事に一時的とはいえ、我もその力を王より授けられていたのでな。そなたの声が我に届いたのも偶然ではなかったろう」
エフルの姫、エルファイムは、自分の掌にある二つの精霊晶を指先で触れてみながら、レスカリウスの言う事に深々と頷いて見せた。
「エル」
「なあに。キース」
男の呼びかけに珠玉の笑顔を見せたエルファイム。
「ああ、その……あんた達は一体何を言っているんだ。この状況は一体、何がどうしてこうなってんだ。それにあれ、あそこに転がるドラゴン。あいつ、完全に死んでんのか?」
ドラゴンの驚異的な再生能力に、警戒をしなくていいのかと言いたいキース。
「大丈夫よ。そうね、大丈夫。貴方には分からなことだらけでしょうけれど。でも、ごめんなさい、もうちょっとだけ待って。後できちんと貴方に話すから。だから、もうちょっとだけ待って……ね、貴方達も待てるわね?」
待てるか、と話を向けられたヨタとナキ。
伝説のエルフの圧力にこくんと頷く。
それを見てエルファイム、キリリとした顔でタラスクのいる地表を見た。
彼女は一人、その場を離れると地表へ向かう。
熱風さめやらぬ地表へと近寄り、上に残された者達が何をするのかと見ていれば、エルフは赤黒いマグマ状の地表へ綺麗な手をかざした。
ぬたり、ぬたりと蠢く溶岩。
ほどなくすると、溶けた岩石の一角から、二本のナイフがキラリと姿を現した。
ディスカバリー(発見)され、転移する二本のナイフ。
「ナイフだ」
「すごい。ナイフが戻って来た!」
持ち主の手の中へ戻ったナイフ。
「すげえな、エルの力も凄えけど、このナイフ、あの中にあってまったく形を変えていねえ。そういや俺の剣も何ともなってねえな。俺の体はもたなかったのによ」
ナイフと剣のエンチャントに自分の状態を振り返り、あれ?と思うキース。
「ちょっと待て、俺のエンチャントされている状態が変わっていねえぞ!どうしてだ。精霊さんから付与された素体は全て使い切ったはずのに……」
人の男のその声を気に留めたレスカリウス。
「そなたが言う付与された素体というのは、八色に輝く精霊より授かったものであろう?」
「ああそうだよ。白のドラゴンさん。アレは色んな素体を持った男の精霊さんでよ。俺達の事を何度も救ってくれたんだ」
「その力は王の力だ」
「王?」
「そう。我らリテラに生きる全ての王。精霊王、その人の力だ」
「え?」
「王の力が、直接そなたの素体に付与されたのだ。形成されたその力の器はそう簡単に消えはしまい。仮にお主が付与された素体の全てを使いきったた所で、そなたの素体生成力が強化されておれば、いくらでも補充されよう。案ずるな、我も彼の王にやられたばかりでな。そなたの戸惑いもわかるぞ」
瞼をしばたかせるキース。
精霊王だ?
彼にしてみれば、寝耳に水の証言である。
聞き間違いかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。
一体どういう事なのか、エルファイムは何かを知っているようだった。
思わず、彼女の姿を求めるキース。
そのエルファイム、
一人、横たわるタラスクの傍へと近寄った。
今だ、じくじくと滲み出る黒い液体。
「起きなさい。冥界龍」
穴と言う穴から汚らしい液体を流すタラスクに、エルファイムの両手が当てられる。
ジュン!と音を立て、土石素の奔流がタラスクを抜けた。
今そこにあったはずの、黒い液体が消え失せる。
そして、タラスクの顔に精気が宿り、モコモコと眼球が盛り上がったかと思えば、みるみる裂傷が塞がって行った。
グゥウウウウウウウウ。
タラスクの腹より聞こえる音。
ムクリと起き上がるタラスク。
鱗と皮膚の擦れ合う音。
瞳に知性の輝きが入る。
「目が覚めた?タラスク」
「腹が減った」
目の前にいる者が、知った顔であった事に気を許したタラスク。
ふう、と溜息をつくエルファイム。
「世界樹の葉っぱでよければ一枚どうぞ」
エルファイムは胸あたりの空間に手をやり、世界樹の葉を一枚取り出すと、先程とは別者のように見えるタラスクへ差し出した。
「世界樹の葉か、どおれ。うーむ、なかなかの珍味だ。二枚目、貰えぬか」
「あげません」
恐ろしい顔はそのままに、すっとぼけた感想を述べるタラスク。
「おお、あそこにいるは祖龍、レスカリウスではないか。エルフの姫よ、これは一体何がどうなっておるのだろう」
その反応をある程度予測していたエルファイム。
彼女はおもむろに、両の手を冥界龍の前に突き出して見せてみた。
その手に光る二つの宝珠。
姫の掌に埋まった宝珠の光に、驚愕の様相で目を見張り、鼻の孔を広がせた冥界龍。
そのドラゴンの顔に吹き出しそうになるのをこらえつつ、エルファイムはキースらを振り返り、ニッコリと笑みを浮かべて大きく手を振った。
タラスクとレスカリウスは合流し、パーティーはゴブリン迷宮の外へと転移する。
二匹のドラゴンとエルフと人間、獣族の子にスレイプニルは地中深くより外へ出た。
苦難の末の、解放の大地。
閉ざされた空間にはない解放感が彼らを包む。
それは、キース、ヨタ、ナキ、そしてグラーネにとって、惨憺たるゴブリン迷宮からの明確な決別の瞬間であり、エルフの姫エルファイムにとっては、実に200年ぶりに踏みしめた、大地への開放の瞬間でもあった。
―――――――――――――――
滅多に濡れぬ大荒野に、雨で濡れた跡がある。
夜明け前のしっとりとした空気が、彼らの体を包み込む。
ゴブリン迷宮の入口であった場所のその縁で、これまでの状況を詳しく説明したエルフの姫、エルファイム。
「そう、タラスク。この200年、あなたはグール王の創りだした悪毒に侵されて、宝珠を側に置いておきたいという本能だけで生きていたの」
「この冥界龍が、宝珠欲しさにグールの傀儡に成り下がっていたとは、悪い夢でも見ているようだ」
「ルグラン。そなたは昔から隙が多すぎた」
「そう言ってくれるな、白銀の」
己のしでかした事に恥じ入るタラスク。
「エルフの姫よ、我がそなたにした事はいくら詫びても足らんだろうが、そなたに浄化してもらったこの命、今ここで死ねと言われれば我は死んでも構わぬ。そなたの言う通りの選択をしよう」
「てめえ、タラスク。俺達にした事はどうなんだよ。それに、この穴に住んでいたゴブリン。こいつらはお前のせいで全員死んじまったんだ。人の事は言えねえし、奴らの肩を持つ訳じゃねえが、これであんたが死んだら浮かばれねえよな」
「言葉もない」
「あなたが死ぬと言うのなら私は止めません。勝手にどうぞ死んでください。ですが、私を200年傍に置いておきながら、勝手気ままな本能のみで生を繋いでこられて、多くの命が貴方に吸われ死んでいった事、その事実をどうするおつもりでしょう。貴方が正気であったなら、生命の力の補充など、ほどんど必要なかっでしょうに」
冷ややかに見つめる白銀龍の横で、目を瞑り、深いため息をついた冥界龍。
――確かに我は隙が多すぎる――
「ルグラン」
「何だ」
「せめてもの償いだ。そなた、この者達の後ろ盾となれ」
「我が……我の存在が、この者達の後ろ盾になるか」
「そうだ。そなたならその力も十二分にある。我は外界での干渉を好まぬゆえ、滅多なことでコルニアから外界に出ることも無い。外界に生きるそなたであれば、闇のしじまに紛れ、この者達の側に駆けつける事も可能であろう」
「買い被ってくれるな、我はそなたとは違う。そのような事、我には出来ぬ。だが……それが我の生きる道であるのなら、何かしらの手段も講じ得よう」
タラスクはそう言うと、皆の前に小さな真珠状の丸玉を発現させた。
「その玉は我の素体そのもので出来ている。我の力が必要な時はその玉にそなたらの素体を混ぜてみよ。さすればそなたらの声が我に届こう。必要とあらば、我はそなたらがどこにいようとも時を超え、そなたらのもとへと馳せ参じよう。例えそれが、我の力の届かぬ場所であったとしても、必ず我は駆けつけよう」
半信半疑に真珠へと手を伸ばすキース。
「へーえ。凄そうだけど、あんたを呼んだ瞬間、周りの物が吹っ飛んで行くなんて事はねえんだろうな」
「……」
「あんのかい!」
「貴方の気持ちはわかりました。タラスク。悩んでも後悔しても、過ぎ去った時間は決して戻ってこないのだから、せめてこれからの時間は、後ろ指を指されぬよう生きる努力しなければならないわ」
「痛み入る。肝に銘じよう」
地表を濡らした大荒野にも朝が来る。
白々と明るむリテラの大地。
星々が白む空の中へと溶けて行き、生きとし生ける者が頭を上げる。
日の光を浴びる様々な種族。
「大地が汚れている」
朝日の中、周囲に悪毒を感じたエルファイム。
二つの宝珠を身に宿したエルフの、力強い土石素が大地を浄化する。
迷宮の外で発現される癒しの力。
皆が目を閉じ、濃厚な浄化の力をその身に浴びた。
力の放出を終え、無意識に腹へと手をやるエルフの姿にレスカリウスが尋ねる。
「分かるか」
「いいえ。でもあの精霊が私の中に入った事は分かります。この星ではない別の場所の記憶が私の中に入って来ましたから」
「そうか。後は時の流れに任せるのみか……ならば、我は王の誕生を気長に待てば良いのだな」
「エル。あの精霊さん、もしかしてもうお腹にいるのか?」
「どうなのかしら。もういるのかも知れないし、貴方の精があって初めて形と成るのかも知れないし、私には分からないわ」
「お、俺の精……」
「はっきりさせておきたい?キース」
エルファイムの尋ねる意図を計りかねるキース。
エルファイムの説明で何となく分かった、精霊さんの生まれ変わり。
エルが懐胎しているのかいないのか。
全てを受け入れる現状の流れに任せるのか、やることをやった上で、ハッキリさせた上で認知した方がいいのか。
俺はどっちがいいのだろう。
「どっちでもいいか」
思わず出た呟きに――それでこそキース――と、その場にいない誰かの心の声が聞こえたような気がして、キースは一人、照れ臭そうに微笑んだ。
そんなキースの答えに、一つの落としどころを見たエルフとドラゴン。
彼らは、さも満足そうな顔をしてキースを眺めていた。
「では、そろそろ我はコルニアに帰らせてもらおうか。姫よ、王の誕生に再び相まみえようぞ」
話の落ち着きに、レスカリウスが動き出す。
「その時は外界に出て来られるのですね」
「もちろんだ。そなたらに来るなと言われても我は参るぞ」
「では私は、周りに迷惑をかけない、何もない場所で出産しないといけないのかしら……ね、キース」
「え、ど、どうなの?」
キャパ越えぎみの連発、急に振られて、慌てるキース。
ふっ、と笑うレスカリウス。
「可能であれば、そなたらの認めた場所で、好きな時に産めばよかろう。何なればコルニアに参られるか?その時をコルニアでという事になれば、縁のある精霊達も喜ぶであろう。うむ。王の誕生にコルニアを於いて、ほかにふさわしい場所などそうそうないかも知れんな」
「待てまて、王とて人の子だ。人の世で産め。誰にも行けぬコルニアなどで産むな」
と、冥界龍のルグラン。
「人の子と言うか、ルグラン」
「エルフの腹より産まれるのだ。それはもはや精霊ではあるまい。世捨て者のそなたでもあるまいし、わざわざ失われた大地で未来の王を誕生させる事もないだろう」
「人から生まれた……精霊人」
図らずも、コルニアで風と戯れていた若者に、レスカリウス自身が告げた『精霊人』というワードがエルファイムの口よりこぼれ出た。
その声の響きに、カイラルプスとの対話を思い出すレスカリウス。
「精霊王は精霊人であったと聞いている。かつて、6000万年前に栄えていた一つの種族、リテラの全ての場所に居を構え、つつましやかな生活を営んでいた平和な種族。その種族が精霊人であった。その種族の王であった者、それが精霊王であったのだ」
レスカリウスの言葉に真実を知り、驚くルグラン。
「そのような話、初めて聞いたぞ」
「カイラルプスの意識体より賜った話だ」
「何と!カイラルプスの意識体、そなたの言葉でなければ俄かには信じられぬ話だ」
「そうだ。だが、精霊族は滅んだ。それもまた事実だ。これから誕生するこの王が、どのような種族に属するのか、我には分からん。おぬしが申した人の子としての精霊王、それは恐らく間違ってはおるまい。これは、この星が望んだ新しき形なのだ。それはそれで楽しみな話ではないか」
――賽は投げられ、新たな時代の断片が世界に投じられるのだ――と続けた白銀龍。
満足げに話しは終わりと一方的に話を区切り、音もなく浮くと別れの感傷もなく、さらばと消えた。
「消えちゃった」
「白いドラゴン……」
「白銀龍、レスカリウス。陽の色よりもなお白く、その身に纏いし鱗鎧、数多の龍のその上の、静寂の中の龍こそは、唯一無二の祖龍なりって言われているドラゴンよ」
白銀龍の伝説を説明するエルファイム。
それを聞いたキース、驚く子らをしり目に口を挟んだ。
「でもよ、エル。エルフのエルファイムと言えば昨今、眉唾の白銀龍なんかよりもよっぽど有名だと思うぞ。それに、あんたは200年前の大戦時における勇士の一人なんだ。大戦の勇士を知らない奴なんて、俺の周りじゃまずいねえ」
「あら、私、有名人?」
「ああ。子ども達が読む絵本になってるよ。俺もそんな絵本を見て育ったクチだ」
はあ~、と仰ぎ見るエルファイムに冥界龍の顔が覗き込む。
次回サブタイトル予告です。
~エルファイムへの求婚~
第二部 最終話となりました。
お楽しみに。




