迷宮の外
微妙なサブタイトルです。
いつか変更するかも。
キラキラと輝く鱗。
癒しに満ち溢れた、瑞々(みずみず)しい精気。
打ちひしがれた彼らの前に、悠然とこちらを見る、白銀の鱗を纏った巨大龍。
「我はレスカリウス。忘らるる大地コルニアにて世界樹と共に生きる者。小さき者よ、よくぞ我らが王を護った。汝らはまだ身をもたぬこの星の王を護り、ひいてはこの星の未来を護ったのだ。汝らの身に、汝らの生に、汝らの歩みに、精霊星の祝福あれ」
かろうじて彼らを護っていた薄い遮蔽の空間が、白銀龍の力によって強化されて行く。
横たわるエルフと人間の体が仄かな光の粒子に包まれると、隣にいたスレイプニルはビクンと体を動かし、その小さな頭を上げた。
パタパタと体を動かした後、すっくと起き上がり、白い龍を仰ぎ見たスレイプニルのグラーネ。
本能で安全と悟るやナキの傍へ歩きゆき、彼らの無事を確かめ、ナキの耳を甘噛みした。
粒子に包まれ続けるエルファイムとキース。
――あ、グラーネ……――
――……噛まないで――
と脱力し、佇む子供。
それにクルリと背を向け、正面を見た白銀龍。
先に浮かぶは、淡い雲に包まれた豪焔の球。
宙に浮く、その球を睨んだドラゴンの目が鋭く光る。
と、不意に豪焔の存在がその場より消え失せた。
中心核を失い、上から下へ、左から右へ、力なく揺らぐ風。
筆舌に尽くしがたい力をその場より消し去った白銀龍レスカリウス。
人知を超えた力を発現させる偉大なドラゴン。
目の前にあったはずの強力なプレッシャーが、不意に消失した事に、獣族のヨタとナキだけではなく、スレイプニルのグラーネまでもが唖然とした。
物音一つなく、静かさの中に包まれる大空洞の中、得体のしれぬ緊張が生じつつある。
――――――――――――――
同刻。
大荒野、ゴブリン迷宮の上空、数百メートル。
「何でしょう、あれは」
真っ暗な夜空に突如現れた、太陽のような明るさをみせる豪焔の球。
指さす認識者に答えが還る間もなく、炸裂する豪焔球。
眩い閃光が解放される。
網膜を焼くほどの光と熱線。
おどろおどろしいきのこ雲が、大荒野の上空へと上がり、問答無用の衝撃波が空と大陸を襲った。
爆風による衝撃波によって破壊され、死に至る者。
吹き飛ばされ、大地を転がりゆく者。
あわや、その衝撃から身を守りきった者。
訳も分からず巻き込まれ、大迷惑を負った者。
そんな災害を鬱陶しく感じた者。
大森林近くにその現象を知り得た者は、その光と雲に生物ならざる者の力を感じ恐れおののき、さらに遠くでその異変の力を疎んだ者は、己の力を脅かすその力の出所を突き詰めようと、無駄な魔法力を展開させた。
後世、西ゴブリンの過半数が死滅したと言われたゴブリン迷宮の大厄日。
『大荒野の衝撃』
歴史の表舞台に出た、そんな大災害とも呼べる事象で、運命までもが変わってしまった者達の話はまた別の話。
――――――――――――――
ゴブリン迷宮の最奥で、龍と龍、相対する二匹の巨体。
「だれ・だ」
白銀龍を前にして、鈍く光る、その顔の割に小さい眼を同族へ向ける冥界龍。
白銀龍は応えない。
「我の・宝を掠め取る・愚か者よ。宝珠を置いて・立ち去れ」
無言でタラスクを睨む白銀龍。
唯の一言もなく、タラスクへと近寄った。
開幕する戦い。
タラスクより幾筋ものポイズンレイが放たれ、白銀龍を襲う。
しかし、その体を貫こうとすれば、その前段階でことごとく歪曲し、弾かれて行く。
タラスク、怒りの大咆哮。
咆哮と共に、巨躯に纏われていた炎が一極に集まり、三つ四つの塊となって現れる。
白銀龍へ向け、勢いよく放たれる灼熱の球。
だが、その全てが当たらない。
当たる前に全て弾かれるのだ。
白銀龍が近寄るごとに、タラスクより発せられる攻撃。
普通の者であれば防ぎようのない時の波動。
それさえも発生させる前に抑え込まれてしまう。
追いつめられるタラスク。
バシューーー!
バシューー!
バシュー!
そのの背にある噴霧口から、漆黒の霧が勢いよく解き放たれた。
霧を吹きだす、首裏から背中、尾の先端にまで幾本も生えた、とげ状の噴霧口。
後方へ向かってなだらかに曲がり生える突起から、見事な勢いで噴射され、渦を巻きつつ一所に固まる黒い霧。
噴き出た霧は瞬時に闇黒の液体の球となり、タラスクの背後に浮かび上がった。
『悪素溜り』
キースがそのダークボールを見たならば、即座にそう言ったに違いない。
大森林の悪素溜りと言えば、冒険者の誰もが震え上がる恐ろしい悪害であったろう。
――悪素溜りを見ては生きてはいられない――
それは、冒険者に伝わる眉唾的な言い伝えでもあった。
大森林に踏み入る冒険者の前に突如として現れ、出会ってしまったら最後、防ぎようもなく命が奪われてしまうと言われている、忌むべき迷信。
眉唾だと思われていた、口に出すのもはばかれる悪素溜り。
その悪素溜りが目の前で創られる実態。
現実に見る悪素溜りは、漆黒の霧より出でて、漆黒よりもなお闇の色であった。
そしてその悪素の液体が、ぬるりとした動きをしつつ、白銀龍へめがけ流れ飛ぶ。
まるで、闇黒の液体が一本線の生物でもあるかのような、迷いのない動きであった。
レスカリウスはそれをも避けずに前へと進む。
体を覆う勢いの闇黒の液体。
白銀龍のアイデンティティでもある白い輝きが、悪素溜りの液体に飲み込まれ、完全に消え失せる。
だがそれでも、白銀龍は歩みを止めない。
タラスクの攻撃をものともしないレスカリウス。
白銀龍を覆っていた黒い液体はピシピシと音を立てながら固まって行き、大きくバキンと音を立てたかと思えば、タラスクの目の前でバラバラと砕け散る。
目と鼻の距離に対峙する二匹のドラゴン。
「何・者だ」
濁った瞳を白銀龍へ向け、冥界龍が戸惑いがちに尋ねた。
「冥界龍のルグランよ。まだ我が誰だか分からぬか。これでは、我らが王を殺めんとした事にも気づかぬ訳だ」
「王・だと……闇王国の王、グールの王か……」
「たわけが。いぎたなく寝ていただけのドラゴンよ、そのような事さえも忘れたか。我らが王はこの星の王なるぞ。ええい。埒が明かぬ、いい加減、目を覚ませ」
タラスクの目と鼻の先、イライラと告げる白銀龍。
途端、
バァアアアアーーーーーーン!!!!!
強烈な閃光がタラスクの頭を貫いた。
吹き飛ぶ目玉。
爆ぜる喉袋。
裂けるこめかみ。
タラスクの頭部、目、鼻、口、耳、穴と言う穴からどす黒いタールが噴出する。
体液とはまた異なるようにも見える、ボタボタと流れ落ちる液体。
目覚ましにしては恐ろしく物騒な白銀龍の一撃を頭部に受けて、回復の兆しを見せないタラスク。
急激に力を散らしていき、そのまま大洞窟の地表へと落ちた。
タラスクの周りには、ドロドロと流れ出る黒い液体が地表を汚す。
その様子をしばしの間、見守っていた白銀龍。
すぐに起き上がって来るのだろうとの予想に反して、タラスクに変化は見られない。
まさかと思うが、死んでしまったのか冥界龍。
白銀龍、無慈悲にもプイとそっぽを向き、
「まあいい」
と、一言つぶやいてその場を離れた。
――――――――――――――
子供達の前へ、フワリと降り立つ白銀龍。
エルファイムらの状態を確認し、キースにヒーリングを掛け始める。
「お主ら、名は何と言う」
会話の出来る存在に、放心する獣族の子らを見とめた白銀龍。
巨躯に似合わぬ優しさで話しかけた。
「……ヨタです」
「ナキ」
「……こっちはグラーネ」
そう答える獣族の子らの潜在力を素早く感知し、舌を巻くドラゴン。
体が出来ていないにも関わらず、規格外の力を得ている二人の子供。
「お主らのその力、その力は我らが王より授かったのか?」
「王ってだれ?」
「この力は精霊さんのエンチャントです」
であろうなと、うなずいて見せたレスカリウス。
黄金則の力を感じる、エルフの左手を開けてみる。
エルファイムの手にキラリと埋まる精霊王の精霊晶。
「宝珠」
レスカリウスが所有するものと合わせれば、今ここに三つの宝珠がそろう事になる。
星の至宝、宝珠。
黄金則を内包する精霊晶。
白銀龍の知りうる過去、三つもの宝珠が一箇所に集まった事などあっただろうか。
レスカリウスは周りをチラと見、状況に変化が表れていない事を確認すると、己の空間より二つの宝珠を取り出した。
精霊箱より浮かび上がる、エルフの手に埋まる晶と同質の物。
そしてもう一つ、レスカリウスでさえ預かったばかりであった、箱にも入っていない裸の精霊晶。
取り出された精霊晶はピカリ、ピカリと輝きを放つ。
すると、裸の状態で現れた小さめの精霊晶が、解放される事を待っていたかのように、レスカリウスの支配下から離脱した。
「ん?」
鈍いながらも、力強く光りはじめた片方の宝珠。
レスカリウスの口より驚きの声が上がる。
「おお。王の元へ還らんとするか」
静かに輝きながら、ゆっくりと浮遊する8色の精霊晶。
宝珠はエルファイムに近づくと、小さな彼女の右手に入り込み、もう片方の手にあるもう一つの宝珠と同じように、掌の中心に沈み込む。
「おかあさん……」
呟くナキの目の前で、新たな精霊晶がエルファイムの手の掌に潜り込む。
ゆっくりとおさまる光。
掌にほんのり覗く宝珠の頭が、そこに埋まっていることを暗に語っているようだ。
荘厳な気配が満ちる中、ピクリと動いたエルファイムの瞼。
「お母さん?」
キースを気に掛けたままのヨタが声をかけた。
ふっ、と目を開いたエルファイム。
エルフの姫はそのまましばらく宙を視、瞬きをしながら上体を起こすと、ヨタとナキに安らかな顔を向けた。
「ナキ、ヨタ」
「……お、おかあさん?」
「はい」
「……おかあさん!」
「よく護ってくれましたね、ナキ」
抱きつくナキ。
「ありがとう、ヨタ」
「エル…お母さん」
深い色の目で、ヨタを見つめる女。
その優しい慈しみの瞳に包まれて、ヨタは泣きながらキースの惨状を告げる。
ヨタとナキの頭を撫でながら、キースを見つめるエルフ。
白銀龍が声をかけようとするのを制し、彼女はすっと立ち上がった。
「キース」
全身に、不思議な輝きを見せるエルファイム。
どこからともなく世界樹の葉が現れる。
「死ぬには早いわ。キース、私達には未来があるのよ」
グールの策略によって封印されてしまった、エルフの国の名をその身に冠する、伝説の力を持ったハイエルフ。
そう告げるや否や、世界樹の葉を口に噛み砕くと、キースの口に直に押し付けて、これ以上ないほどの丁寧さで流し込んだ。
エルフの国に於いても二つとない、ヒーリングの力を極限まで高められた霊薬、エリクシルが人間の男の喉に流れ込む。
ヨタ、ナキ、グラーネ、さらには白銀龍の回復魔法でようやくその命を取り留めていた人族の男。
二度、三度と繰り返し、夫となるはずの男へ送り込まれる霊薬。
エルファイムの口移しによる癒しの力が、壊れたキースの体を見る間に復元させていく。
エルファイムがキースの頭を抱え込んでの、長い、長い口づけ。
甘い香りが男の鼻孔をくすぐった。
夢見心地の男。
いつしかエルフのその腰に、男の腕が回され、細やかな首に手が添えられる。
目を閉じたまま舌と唇とが絡み合い、互いが互いを感じあう。
治療であるはずの行為を、より楽しみ、味わう人間の男。
かぐわしくも柔らかい女の体を抱きながら、これは夢か幻かと瞼を開けたキース。
ぼう、とした表情でこちらを見つめるエルフの顔。
「……」
言葉を交わす事もせず、見つめ合う。
美しい姫、エルファイムのキラキラとした瞳。
冒険者キースの、女を求める男の瞳。
その瞳に吸い寄せられるように再び唇を交し合う、男と女。
そんな二人に遠慮する、子供達と白銀龍。
二人の周りにはまるで、誰もいないかのようだった。
何時まで経っても飽きもせず、抱き合っている男と女。
二人の間に入って来たのはスレイプニルのグラーネ。
――いつまでやってんの――と言わんばかりに鼻っ面を当てて来た。
「あら、グラーネ、ごめんなさい」
「グラーネ……ってやっぱりコレ、夢じゃねえのか……あーあ、グラーネ、ジャマすんなよ」
ゲフン!って顔のグラーネ。
蹴飛ばしてやる!と思ったかどうかは知らない。
「おじちゃん。もう大丈夫なの?」
「おおナキ、お前らも無事だったかって、うわっ、何だこの白いドラゴン。何時の間にこうなった!」
ゲフン!って感じの白銀龍。
ソニックブラストをくれてやる!と思ったかどうかは知らない。
「あはは、あははははっ」
ヨタの嬉しそうな笑いが、大空洞に響き渡る。
「キース、続きは後で、迷宮の外で……ね」
エルファイムはキースの腕を優しく払い、白銀龍を仰ぎ見た。
次回サブタイトル予告です。
~真実の選択~
お楽しみに。
※ゲフンってゲフンゲフンですよね…こんな使い方する人いないよなあ。




