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6. バースデー

「お誕生日おめでとう!」


 セシルは誕生日を迎え、6歳になった。

 朝一番にハグをしながら言ったけれど、改めてもう一度言葉にする。


 いつも通りの固いパンとスープの夕食。

 それでも、スープにベーコンをプラスしただけ、いつもよりはほんの少し豪華なのである。


 例年ならこれでお終いだ。

 しかし、今年は違う。

 プレゼントを用意した。

 といっても、ローブに、制服に、鞄に、筆記具……

 入学を控えている魔法学校で使うための学用品ばかりであるが。


 にも拘らず、セシルは『わあ!』と、大きな笑顔を見せてくれた。


「僕、魔法の勉強がんばるね」


 それもこれも工場長のお陰だ。

 前借りさせてくれた給与を使って準備ができた。

 後日教科書を一式揃えなければならないが、そっちのほうも問題なく購入できそうだ。


 工場長はやはり小者ではあっても、悪い人ではないのだと思う。

 あのときは哀しかった嫌味も、今ではどうでもいいと感じる。

 セシルをとびきりの笑顔にすることができたのだから。


 大きなプレゼントに目を取られているセシルの前に、ジェシカは握った手を差し出す。


「プレゼントはもうひとつあるの」


 ジェシカはゆっくりと指を開いていく。


「何なに?」


 ジェシカがセシルに手渡したのは、冒険家の恰好をしたアヒルを象った木製のチャームだった。

 必需品以外にも何かプレゼントしてやりたくて、用意したものだ。

 ジェシカの手作りで、セシルに見つからないように、工場の休憩時間に魔法を使って少しずつ削った。


「これ! 図書館で読んでもらった本に出てきたアヒルみたい!」


 もちろんそれをイメージして作った。

 絵本の中で冒険に挑んだアヒル。

 これから魔法学校に入学するセシルに、いかにもぴったりだと思った。


 はじめての学校生活。

 戸惑う場面も少なからず出てくるはずだ。

 それでも、いろいろなことに挑戦して乗り越えてほしいという願いを込めた。


「裏返してみて」

「僕の名前がある!」

「鞄に付けたらいいと思って」

「ママ、ありがとう。大事にするね」


 喜ぶセシルの顔に安堵する。


(どうにか魔法学校の入学準備を整えてあげられて、本当によかった)


 ふと、ジェシカ自身が魔法学校に入学するに当たって、両親から学用品を贈られた日のことを思い出す。

 真新しい学用品を順番に手に取り、大はしゃぎするジェシカのことを、両親はうれしそうに見ていた。

 ちょうど今セシルのことを見つめるジェシカと同じ眼差しで。


 そもそも魔法学校の受験を希望したのはジェシカ自身だった。

 両親はおろか親族の誰も魔法を使えなかったのに、ひょんなことにジェシカは魔法が使えてしまった。


 両親はジェシカが魔法学校と普通の学校のどちらに入学してもいいと思っていた。

 それでも、ジェシカの魔法学校入学が決まったときには大層喜び、誇りに思ってくれた。

 そして、学用品は立派で上等なものばかりで揃えてくれたのだった。

 魔法学校のことを知らない彼らは勝手が分からず、きっと苦労したことと思う。

 人に訊き、たくさん調べて選んでくれたに違いなかった。


 それらと比べると、ジェシカがセシルに用意したものはずいぶん見劣りしてしまう。

 実際、出費を最小限におさえたのだから、それも仕方がない。


 成長に伴い数年で買い替えないといけなくなるローブと制服は中古品だ。

 それでも欲が出てしまい、やや大き過ぎるサイズを購入してしまった。

 裾だけは詰めてあげられるが、肩やウエストはぶかぶかで、体が大きくなるまでは動きづらいかもしれない。


 鞄は長く使うものだから、と新品にしたが、それでも店で1番安い商品を選ぶほかなかった。

 機能性には不安を感じたが、目を瞑った。


 筆記具もそう。

 粗悪品で、文字を書きにくい。


 自分が両親に与えてもらえてもらったのと同等の品を用意してあげることはできない。

 セシルに対して申し訳なく思う。


 それと同時にそれだけのことをしてくれた両親の愛情を今さらながら痛感する。

 娘が将来生活に困ることがないように、教育の機会とそれに相応しい支援を惜しみなく与えてくれた。


 魔法学校はあくまで最初のステップで、卒業後はさらに魔法カレッジに進学して、将来は魔法で身を立てる──

 そんな娘の未来を信じてくれていたはずだ。


 しかし、実際はどうだ。

 現在、一応魔法を使った仕事をしてはいるが、金銭的な余裕は全くない。

 こうした大きなイベントに臨むには、給与を前借りしなければならないほどに。


 そして、両親に恩を返せないどころか、音信不通の状態にいる。

 何よりもこのことを情けなく、哀しく思った──



 翌日、職場の昼休み中に、マーサとリアナに誕生日祝いの報告をした。

 特にチャームについては、ジェシカが製作する過程をふたりは見守り続けていて、よく知っていた。


「力作だもんね。喜んでくれてよかったわね」

「いよいよ入学式かあ。その日は全休を取るの?」


 ジェシカは弱々しく微笑む。


「ううん、朝から出勤しようと思ってる」


 マーサとリアナは身を乗り出す。


「どうして⁉︎  セシルくん、ガッカリするわよ!」

「そうよ、そんなのダメよ!」


 ふたりの言うことも分かる。

 けれども……


「式典に出席できるような服をもってないの。セシルに恥をかかせたくないわ」


 それを聞いて、マーサは『そうね』と同情する。

 しかし、リアナのほうは瞳を輝かせた。


「ねえ、デザインが古くてもいい?」

「えっ、それってどういう……?」


 リアナはジェシカの疑問に答える。


「私の母さんが私の弟妹たちの学校行事に毎回着ていく服でよければ、たぶん貸せると思うの。弟妹たちは今年進級のみで入学式はないし。母さんとジェシカ、背もあんまり変わらないんじゃないかな」


 リアナの父親が事業に失敗する前に購入したワンピースで、質は悪くないという。


 リアナの家は、過去それなりに裕福だったそうだ。

 あくまで父親の事業が立ち行かなくなり、負債を背負うまでの話ではあるが。

 長子であるリアナは、その後カレッジへの進学を諦めてこの工場に就職し、両親とともに借金を返済しながら6人の弟妹を育てている──


 互いに魔道具工場で働くことになった経緯を打ち明け合ったときに、そんなふうに教えてくれた。


「でも、いいの? 大事な服なんじゃ……」

「母さんもジェシカになら、絶対『いい』って言うわよ。今日家に帰ったら早速訊いてみるわ」

「ありがとう!」


 リアナの母親と面識はない。

 それなのに、『絶対』とまで言い切った。

 常日頃からジェシカのことをよき同僚として話して聞かせてくれていることがうかがえる。

 リアナの母親だけでなく、リアナに対しても感謝の気持ちが湧いてくる。


(セシルの入学式に行けるかもしれない!)


 諦めていただけに、喜びはひとしおだ。


「ついでに、靴とショルダーバッグも訊いておくわ」

「それはとても助かるわ」

「よかったじゃないの。なら、私は前日に髪を整えてあげるわ」


 マーサの亡くなった父親は理髪師だった。

 幼い頃に父親の仕事を見て育ったマーサもまた、上手に髪を切れるのだ。

 本人は『見よう見まねの素人芸』だというが、センスがよく、流行も取り入れてくれる。

 その腕は、お金を取ってもよいと思うほどだ。


「マーサもありがとう!」

「その代わり、セシルくんのことを寂しがらせないでね」

「ジェシカも入学式を楽しんでくるのよ」


 ジェシカは何度も何度も大きく頷いたのだった。


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