若い令嬢たちの、密かな憧れ
シャティヨン伯爵邸に、
奇妙な、来客が、
続いた。
—-
朝の、八時。
若いヴェリエール子爵令嬢——マルゴ。
「ティナ、宣言通り、来たわよ。切って、私を、第二号に、して、ちょうだい」
「ふふ、いいわよ、マルゴ」
セレスティーヌは、笑いながら、自分の鏡台の前に、マルゴを、座らせた。
「あの、お嬢様、私、まだ、お嬢様の、お髪、一度しか、揃えたことが、ございませんが——」
ロザリーが、震える指で、鋏を、持った。
「大丈夫よ、ロザリー、私が、隣で、指導するわ」
「は、はい」
—-
セレスティーヌは、緒方真理子の、二十年の、自己整髪の、経験を、思い出しながら、ロザリーを、指導した。
「まず、髪を、肩の長さで、揃える。前髪は、後で、別に、考える」
「は、はい」
「まっすぐに、引いて、まっすぐに、切る」
「は、はい」
「マルゴ、お顔の、輪郭、見せて」
「うん」
「お顔の、丸み、わかる? あなた、顎が、丸めね。だから、頬を、少し、隠す、長さに、しよう。あごの線、より、二本指、下まで、長く」
「うん」
「ロザリー、聞こえた?」
「は、はい、お嬢様、二本指、下まで、長く」
—-
二時間、後。
マルゴは、
栗色の、
きれいな、
ボブヘアに、
なっていた。
—-
「……、ティナ……」
「うん?」
「これ、私、いままで、髪結いに、毎日、一時間、かけていたのに——」
「うん?」
「これ、
「これ、
「これ、ティナ、私、いままでの、人生、何だったの」
「ふふ」
「めちゃくちゃ、楽。めちゃくちゃ、軽い。これ、寝起き、ぼさぼさに、ならない、感じが、する」
「そうよ、寝癖が、付いても、ロザリーが、ささっと、整えれば、すぐ、戻るのよ」
「……、ティナ、あなた、
「あなた、
「あなた、女性の、人生、変えるわよ、これ」
セレスティーヌは、扇の影で、軽く、笑った。
「ふふ、それ、私の、狙いの、ひとつよ」
—-
午後、二時。
オルレアン伯爵令嬢、シャルロット——マルゴの遠い従妹、十六歳。
「あの、私、ヴェリエール家の、お話を、聞いて、まいりましたの……、私も、お願い、できれば、と」
「もちろん、ですわ、シャルロット様」
—-
午後、四時。
モンメリエ侯爵家、第二令嬢、エメ——十五歳。
「シャティヨン家のお嬢様、私、母には、内緒で、参りました……、切って、いただけませんか?」
「ええ、もちろん」
—-
夕方、六時。
ヴァロワ家の、双子の令嬢、十四歳と、十二歳。
「私たち、双子で、お揃いの、ボブヘア、お願い、いたしますの」
「あら、可愛い、双子で、揃えるのね」
—-
その日の、夜には、
シャティヨン家には、
五名の、若い令嬢が、
新しい、
ボブヘアで、
帰っていった。
—-
ロザリーは、夕方、汗だくに、なって、座り込んだ。
「お、お嬢様、
「お、お嬢様、
「これ、これ、
「これ、ロザリーは、髪結いの、職人に、なる、ことが、できるのでしょうか」
「ふふ、もう、もう、立派な、髪結い、よ、ロザリー」
「お嬢様、
「お嬢様、
「お嬢様、
「私、これ、これで、自分の、人生、変わるのですか」
セレスティーヌは、軽く、ロザリーの、肩に、手を、置いた。
「ロザリー」
「は、はい」
「あなたの、人生、変えてあげる」
「お嬢様……?」
「あなたを、ベル・サンテの、隣に、女性専用の、新しい、お店の、店長に、する」
「お、お、お、お、お、お店?」
「ええ、髪結いと、美容と、女性の、健康相談を、一つにした、新しい、お店」
「お、お嬢様、私、平民じゃ、ありませんが、平民、なの?」
「ふふ、平民でも、貴族でも、関係ないわ。手先が、器用で、心の、優しい、女性が、店長に、なるのよ」
ロザリーは、しばらく、口を、開けたまま、固まった。
それから、ぽろり、と、涙を、こぼした。
「お、お嬢様……」
「ロザリー、これ、あなた、楽しい?」
「は、はい、お嬢様、楽しゅう、ございます、楽しゅう……」
「では、あなたの、人生、新しい、章、開きましょう」
「お、お嬢様……、お嬢様……」
—-
翌週。
シャティヨン家には、
十二名の、令嬢が、
訪れた。
—-
翌々週。
二十二名。
—-
その、翌々週。
三十名。
—-
これ、もう、追いつかない、
と、
セレスティーヌが、
気付いた、ある日。
—-
「ロザリー」
「は、はい」
「もう一人、髪結いの、助手を、雇いましょう」
「は、はい、お嬢様」
「平民街で、探すわ。手先の、器用な、若い、女性」
「お嬢様、お屋敷の、外で、お探しに、なるのですか」
「ええ。これ、もう、屋敷の中で、こなせる、規模では、ない」
「お、お嬢様、お一人、私に、心当たり、ございます」
「あら、本当?」
「先日、お嬢様が、お助けに、なられた、貧民街の、
「家族で、お母さまを、亡くしかけた、ジャン少年、と、
「あの、母の妹さま、平民街の、理髪屋の、孫娘で、いらっしゃいます」
「……、と、いうと?」
「マチルダさん、と、お呼びしているそうで」
セレスティーヌの、目が、開かれた。
——、
——、マチルダ、
——、平民街の、
——、理髪屋の、
——、孫娘、
——、
——、
——、お母さまを、
——、産褥死で、
——、亡くした、
——、
——、
——、19歳の、
——、女性、
——、
——、
——、ああ、
——、これは、運命、
——、
——、
——、これは、
——、
——、これは、
——、
——、お父様、
——、
——、神様、
——、
——、ありがとう、
——、
——、
——、ぴったりの、人材を、
——、私の、隣に、
——、用意してくださって、
——、
——、ありがとう、
——、ございます。
「ロザリー、明日、マチルダさんに、お会いに、行きましょう」
「畏まりました」
—-
セレスティーヌは、その夜、
ベル・エトワール、
の、
仮の、
設計図を、
描き始めた。
—-
> 構想——美容、と、医療の、融合空間
>
> ・一階:ヘアサロン。ロザリー店長、マチルダ補佐。男性、入店不可、女性専用空間。
> ・二階:婦人科、相談ルーム。産婆ギルドの、若い、助産師、常駐。妊娠、月経、避妊、産後の、相談を、内密に、受ける。
> ・地下:薬局。婦人科専門薬を、配布。
> ・建物の名前:ベル・エトワール。「美しい星」。
> ・場所:ベル・サンテの、隣、徒歩、二分。
> ・利用料:ヘアカット、低価格。婦人科相談、無料。
—-
設計図の、隅に、
セレスティーヌは、
自分の、
サインを、
書き入れた。
そして、
その下に、
別の名前を、
書く、
ための、
空白を、
二つ、
開けた。
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ロザリーの、サインの、空白。
そして、
マチルダの、サインの、
空白。
—-
「明日、
「明日、
「あなた、たち、
「私の、隣に、立ってちょうだい」
呟いた。
「ベル・エトワール、
「これから、
「私たち、三人で、
「立てるのよ」
—-
セレスティーヌは、ペンを、置いた。
そして、ベッドに、もぐり込んだ。
短い髪が、頬を、かすめた。
——、
——、
——、ねえ、ヴィクトール様、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、私の、
——、
——、
——、
——、
——、
——、ボブヘア、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、似合っている、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、と、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、おっしゃって、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、嬉しかった、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、
——、です、
——、
—-
セレスティーヌは、
便箋を、
ぎゅっ、と、
胸に、
抱きしめて、
眠った。
—-
【次話、美容師、マチルダとの出会い】




