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月の光に  作者: マン太


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3.子守唄

 朝、起きると目の前にサイアンの顔があった。マレは飛び上がるほど驚く。

 実際、ビクリと身体を揺らし後退り、ベッドからズリ落ちそうになったくらいだ。慌ててベッドのヘリを掴み事なきを得たが。

 そのまま落ちていたら、きっとサイアンを起こしてしまっただろう。


 ──昨日、そのまま眠ってしまったんだ。


 サイアンの歌ってくれた子守唄を思い出し、照れくささと同時に嬉しさが込み上げてくる。

 改めて眠るサイアンを見つめた。いつもこんな間近で顔を眺める事はない。チラッと視界に入れて、あとは俯いてしまうからだ。

 日の光を全て集めた様な、ゆるくウェーブを描く金色の髪。マレの家で一等、大切に扱われていた白磁の器より白い肌。


 ──綺麗だなぁ。


 他に言葉が見つからない。お伽噺にでてくる、お姫様や精霊、エルフ。それらをすべてかき集めたかのよう。童話の世界から飛び出してきたみたいだ。

 息をつめ見つめていると、かすかに瞼が動き長いまつ毛が揺れる。


 ──起きる。


 思わず身構えた。

 そうしている間に、澄んだ湖の様な色をした瞳がパチリと開き、こちらを認めた。何度か目を瞬かせてから。


「…ん、ここで一緒に眠ってしまったんだね…。マレ、おはよう。眠れなかったんじゃないのかい」


 童話の中の住人がこちらに話しかけてきた。


 ──すごい。


 子どもながら興奮する。目を見開いていると、サイアンが不安げな顔をして見せた。どうやら、肯定の意に取ったらしい。

 慌てて首をふる。精一杯の否定の意思表示だ。

 眠れないなんてもんじゃない。久しぶりに人の温もりを感じて、ぐっすりと眠りについたくらいだ。

 ラクテウス家に来てからと言うもの、寝付くまでかなり時間を要していて。

 父ルボルはいつも寝る前、おとぎ話を話したり、子守唄を歌ったりしてくれた。早くに亡くなった母エクラの代わりだ。

 流民だったルボルは、エクラと共にここへ移り住んだ。そのうちエクラは身ごもり出産したが、マレを生んだあと体調が戻らず、そのまま亡くなってしまったのだ。

 だから、どんなに記憶の奥底を探っても思い出はない。けれど、ルボルがその代わりを果たし、二人分の愛情を注いでくれた。

 おとぎ話も子守唄もその一つ。それでいつも眠気に誘われ眠りについていたのだが、それがルボルの死によってなくなって。

 ここへ来てからは、環境の変化も相まって寝付く事ができず、ようやく寝ても眠りが浅かった。

 困り果てている所で、ラーゴが知ってか知らずか、子守唄を歌ってくれたのだ。

 ラーゴの声は低く穏やかなテノールで、やや高かった父のアルトとは違ったが、とても耳に心地よかった。

 在りし日を思い出す。うかつにもその膝の上で眠ってしまったくらいだ。

 すると、なぜか次の日の夜。部屋を訪れたサイアンも同じ様に歌ってくれたのだ。しかも、偶然とは言え、サイアンは父と同じように一緒に寝てくれ。当人はマレがそうして父と眠っていたことなど知る由もないだろう。

 サイアンは春の日差しのように柔らかい笑みを浮かべ。


「僕の歌、大丈夫だった?」


 こくこくと頷く。サイアンはまたくすりと笑んで、横になったまま枕に肘をつくと。


「マレはあったかくていいね。──ずっと一人で寝てきたから、こんなに温かいって知らなかった。マレはいままでずっと一人で寝てたの? それとも、お父さんと?」


「……」


 黙り込む。


 ──お父さん。


 その言葉に、ここに来るまでの事を思い返した。



 あの日。笑顔で家を出ていったルボル。ちゃんと帰って来るから、それまでいい子にしているんだよと言い残して。

 そして、それは果たされなかった。

 ラーゴの案内で向かった講堂で、ずらりと並んだ棺の中にその姿を見つけた。

 色とりどりの花に包まれた父は、そこだけ時が止まった様。もう二度と、自分を抱きしめはしないのだと、その時ようやく理解したのだ。

 あまりのショックで涙もでなかった。

 その後、ラクテウス家に迎えられ。道すがら、ラーゴから言われた。自身の息子として迎えたいと。これから、一緒に暮らそうと。

 ラーゴの事は知っていた。家に遊びに来たことも何度もある。そのたびに、父ルボルと朝まで飲んだくれて酔いつぶれていた。

 一緒に暮らそうと言われ、薄っすら記憶にあるラクテウス家を思い起こす。もっと幼い頃、ルボルと共に幾度か招かれた事があったのだ。

 自分の家と同は違う、立派な石造りのお屋敷。城と言ってもいい。

 執事や下僕、メイドも山のようにいる──とは言っても、実際は他の貴族の家を比べかなり質素ではあったのだが、当時のマレにはしる由もなく──ただただ、圧倒され。

 初めて見た時は、口を開けてぽかんと見上げるばかりだった。

 磨き上げられた黒檀の床に大理石の暖炉。壁を飾る重厚な絵画や、金の装飾がされた置き時計や陶器の人形、花瓶など。壁の書棚にぎっしりと詰められた書物たち。

 それまで、数十歩歩けば壁に突き当たるほどこじんまりとした、質素な木造の家に住んでいたのだ──ちなみに、その家もルボルが物置小屋を改装して建てたものだ──それを、幾ら歩いても先が見えないような、大きなお屋敷に連れてこられ。

 まるで、おとぎ話に出てくるお城のよう。空想の世界が目の前に現れたのだ。

 けれど、いざ住むとなると、どこにいても落ち付かず。唯一、見知ったラーゴの傍だけが、ほっと息のつける場所だった。

 忙しい公務の間、屋敷に帰ってきた僅かな時間、頭を撫でてくれたり、時には膝に抱き上げ、話し相手になってくれたり。その時だけ、緊張が解けたのだ。

 周囲のものたちが心配して、気遣ってくれるのは十分わかっていたが、緊張した上にどう接していいかわからず、ただ戸惑うばかりで。

 気遣われ、声をかけられれば、かけられるほど、さらに身動きがとれなくなる。

 野良ネコが突然、家ネコにされたようなもの。慣れるには相当に時間がかかる。甘えていいと言われても、甘え方も分からない。父にするように接することはできなかった。 

 結局、マレができたことと言えば、日がな一日、部屋の隅でちょこんと座り、固まっているこことだけで。

 マレは物語が好きで、家では一人の時、それらを読んでいた。

 だから、そう言った類の本を読みたかったが、ぱっと見、書棚に置かれた本はどれも難しそうなものばかり。それも自分が手を出していいかわからない。

 家から持ってきた本を何度も読み返したがそれも飽きてしまうと、何をしていいのかわからなかった。

 それに、前の家にいた時は、四六時中やることがあった。

 部屋の掃除に、洗濯、水を汲み食事の準備をし。時々、近所に住む老婆が世話を焼いてくれてもいたが、だいたいのことは一人でできていた。

 けれど、ここではやることがないのだ。今まで家でしてきたことは、すべて下僕やメイドがやってしまう。料理は専任のものがいた。


 ──居場所がない。


 ほとほと困り果てた。みな、人がいいのは分かっているが、どう接していいのか分からない。

 そして今に至る。

 父とはいつも一緒に眠りについた。ラーゴやサイアンが優しくしてくれる分、父との時間が懐しい。

 サイアンの言葉に、ついうち沈んだ表情を見せたマレに、サイアンは驚きすまなかったと詫びた。

 どうやら父親を思い出させ、哀しい思いをさせたと思ったらしい。それはあったが、もう仕方ないのだと理解はしている。ただ、寂しいだけだった。


「……大丈夫…」


 小さな声で返事をすると、サイアンは眉根を寄せ。


「本当に? ごめんね? うかつだった…。まだ、そんな日は経っていないのに…」


 そう言って視線を落とすサイアンに、マレは意を決して口をひらいた。

 こんな自分にここまでしてくれた相手に、ずっとだまったままなのはぶしつけだと思ったからだ。


「……父さんとは、ずっと一緒に寝てたから…。父さんと二人でいれば寒くても、平気だった…」


 ここと比べれば、ボロボロの家だったけれど、ルボルがいれば暖かかった。

 けれど、どんなに望んでも、あの暖かだった日々は帰って来ない。

 ただいまと、ルボルが明るい笑顔と共に帰ってくることはないのだ。


「──マレ」


 すると、サイアンは何を思ったのか、マレをぎゅっと抱き寄せると。


「これからは、一緒に寝よう? ね? 僕がずっと傍にいるから。──大丈夫だよ。マレ」


 抱きしめられると、ふわりと石鹸のような清潔な香りが漂った。

 思わずすんと嗅いでそれがサイアンから発せられているのだと気が付く。とても安らぐいい香りだった。

 そうやって抱き締められるのは気恥ずかしかったけれど、それ以上に心地よく。それを拒否することはなかった。


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