82.無自覚勇者は姫様と踊りたい!!
豊穣祭当日。
年に一度の収穫を祝う祭りで国中、特に王都バルアシアでは盛大に催される。公道沿いに並んだお店や露商、大道芸人に王都演奏隊などとにかく皆が羽目を外し楽しめる祭り。
更に今年は数百年ぶりに現れた勇者が魔王を倒したと言う話が公表され、皆の盛り上がりは近年にないほどのものとなっていた。
「勇者様って全然姿を現してくれないんだけど」
「何でも若くてとーってもハンサムなお方らしいわよ!!」
ほとんど人前に姿を現さないウィル。皆の理想とする勇者像が勝手に独り歩きを始めている。
「お、姫さん。いたいた」
王都上空、ドラゴン族の当主ハクがエルティアの姿を見つけ舞い降りる。
「ああ、これはハク殿」
護衛の兵と共に歩いていたエルティア。その前にハクが大きな翼を羽ばたかせ挨拶する。
「元気そうだな! 安心したぜ」
少し前までドラゴン族と言えば恐ろしい種族の代表格で、一般人ならばその名を聞いただけで震え上がるほどであった。だが今はウィルの活躍でその常識も消えつつある。
ハクは自分に注がれる視線を気にするわけでもなくエルティアに話しかける。エルティアが答える。
「ああ、お陰様でな!」
それににっこり笑い応えるハク。そこへ赤髪の若者が現れて言う。
「エルティア様、ハク殿!」
「お、アルじゃねえか」
赤髪の騎士アルベルト。ハクからはウィルと同じ愛称で呼ばれるほど親しくしている。エルティアが笑みを浮かべて言う。
「ご成婚、おめでとう。まだきちんと言えてなかったな」
「あ、いえ。どうもありがとうございます」
アルベルトは魔族であるリリスと正式に婚儀を結ぶ事となった。祝義の行事が立て続けにあり、エルティア自身きちんとまだお祝いができていなかった。ハクが言う。
「アルもようやくつがいになれたんだな。めでたいぜ!!」
嬉しそうなハク。そう言われて照れるアルベルトにエルティアが言う。
「それよりアルベルト殿、貴殿にお礼を言わなければならない」
「お礼? なんでしょう?」
エルティアが言う。
「我が父の仇敵である堕天使を討伐してくれたこと、心より感謝致す」
エルティアにとってほぼ縁のなかった父ガルシア。だがそれでも血の繋がった父親を殺されたことは彼女にとって辛い事実であった。
「もったいないお言葉。でもあれは私の大切な人の仇でもあったんですから」
「そうだな。これからのアルベルト殿の活躍に期待する」
それを見ていたハクが渋そうな表情になって言う。
「まったく姫さんは相変わらず硬いな。もっとウィルみたいに適当に……、そう言えばウィルは一緒じゃないのか?」
これまで穏やかだったエルティアの表情がその一言で一変する。
「し、知らぬ!! あのような不埒者。私の知ったところではない!!」
突然怒り始めたエルティアに戸惑うハク。
「何だ、ケンカでもしたのか? まあ、つがいにはよくあることだが仲良くした方がいいぜ」
「あ、あいつが悪いんだ!! 私は悪くない」
そう言いながら落ち込むエルティア。そこへ別の男がやって来て声を掛ける。
「ああ、これはこれはエルティアさーまではないですか??」
「……」
深いフードをかぶった男。一見して誰だか分からないが、その独特の口調でふたりともすぐに気付いた。ハクが言う。
「お前、ワータシじゃねえか? なんでそんなフードかぶってるんだ?」
ワータシことジェラード公子がフードの下からきょろきょろ周りを見ながら答える。
「お忍ーび、何ですよ! バルアシアのお祭りに興味がありまーして」
「ふーん、人間の偉い奴って大変なんだな」
自由奔放なハクには理解できない人間社会の慣習。ジェラードがエルティアに手を差し出して言う。
「エルティーア様、どうかこのワータシと一緒に篝火の前で踊って頂けませんでしょーか??」
「え?」
意外な申し出。ミント公国の人間である彼がなぜそれを知っているのか。戸惑うエルティアにジェラードが言う。
「有名でございまーすよ。バルアシアのその云われ。去年もお誘いしましたが断られまーしたけど」
そんなことすっかり忘れていた。どうでも良いことだったので。エルティアが苦笑いしながら頭を下げて言う。
「わ、私は色々と忙しいのでこれでお暇する。では祭りを楽しんでくれ……」
「あ、エルティアさーま??」
情けない声を上げるジェラードにハクが言う。
「諦めな。姫さんはウィルとつがいになりたいそうだぜ」
ジェラードが肩を落としながら答える。
「分かってまーす。だけど一縷の望みをもってやって来たんですけーどね……」
ジェラードは人混みに消えて行くエルティアの背中を見てため息をついた。
「あ、ウィル君~!!」
人でごった返す王都のメイン通り、フードをかぶり変装して雑用係の仕事をしていたウィルに甘い女の声が掛けられる。
「げっ!? マリン?? なんで俺が分かったんだよ」
先日より更に完璧な変装。それがこんなに簡単に見破られるとは。マリンが甘い顔で答える。
「だって~、旦那様の匂いを忘れるわけないでしょ~」
「……」
大勢の人、露商から漂う食べ物の匂い。本当にそれで発見したのならもはやそれは人間の領域を超えている。
「お前マジで前世、犬とかだったんじゃねえか?」
「犬? う~ん、分からないけどぉ、前世もウィル君のお嫁さんかな~」
もはや何を言っても話が嚙み合わないマリン。ため息をつくウィルにマリンが言う。
「ねえ、ウィル君。最終日の篝火は一緒に踊ってくれるんだよね?」
「は? それは無理」
「えー!! なんで?? 夫婦が躍るって当たり前でしょ??」
「誰が夫婦だ。俺は姫様と踊るの」
マリンがむっとした表情で言う。
「それはダメ! 浮気だよ!!」
「何が浮気だ。どうしたらそう言う思考に……」
「ウィル。その踊りはこの私と踊りなさい」
「!!」
そんなふたりの前に小さな仮面をつけた色っぽい女が現れる。透け透けの赤の衣装。仮面をつけていようがすぐに分かる。ウィルが言う。
「お前も来ていたんか? ラフレイン」
エルフ族族長ラフレインがウィンクしながら答える。
「当然ですわ。ここには一緒に踊ると永遠の愛が得られると言う素敵なダンスがあると聞きましてね~」
そう言いながらウィルに擦り寄るラフレイン。ウィルが言う。
「どうでもいいけど、俺は姫様と踊る約束したんだって」
「いくら勇者だと言っても、ウィル君じゃ姫様に相手にされないよ~」
明らかに身分が違う。それに王族はこのような祭りは基本見学だけで参加はしない。ラフレインが言う。
「私はずっと相手して差し上げてよ~」
そう言ってウィルは腕に手を絡ませようとするラフレインから逃げようとする。だがそんな彼の目に決して映ってはいけないものが映り込んだ。
(あっ!! ひ、姫様……)
雑踏の奥、警備兵と共に佇立しこちらを睨むエルティア。真っ青になるウィル。何も言わないがはっきりと聞こえてくる『随分楽しそうじゃないか』と言う言葉。
「ひ、姫様……」
そう言って歩み寄ろうとしたウィルに気付き、エルティアがくるりと背を向けて立ち去っていく。
(最悪だ……)
どうしてこういつもタイミングが悪いのだろう。いつの間にかケンカを始めたマリンとラフレインを置いてウィルはひとり王城へと戻って行った。
豊穣祭最終日。大篝火も佳境に迫った夜更け。
ルーシアはようやく見つけたエルティアの元へ駆け寄り大きな声で言う。
「エ、エルティア様!! どうしてこんなところにいるのですか!!」
王城内の片隅、祭りの賑わいとは真逆の人ひとり来ない暗く寂しい場所。ひとり階段に座るエルティアが顔を上げて答える。
「もういいのだ……」
その顔は生気がない。ルーシアが尋ねる。
「いいのだって、踊りはどうされたのです!? ウィル様と一緒じゃないのですか!?」
その言葉を聞いたエルティアがむっとした顔をして答える。
「あいつは、あいつなんてもう知らぬ!! どうせ他の女と一緒に……」
そう答えるエルティアを見てルーシアがふうと息を吐いてから言う。
「私の愛する姫様。どうか、どうか素直になってください。ウィル様はずっと篝火の前で待っておられましたよ」
「そ、そうなのか!? ……いや、きっと他の女を待っていたのに違いない」
「どうしてそうご自身を卑下なされる? エルティア様ほど魅力的な女性はいないと私は思っております」
「そ、そんなことどうでも良いのだ。私は王族。そんな色恋沙汰にいちいち構ってなどおられぬ……」
そう話すエルティアの顔は決してそれが本心だと言っていない。ルーシアが言う。
「まだ今なら間に合います!! さ、早くウィル様の元へ!!」
「い、要らぬ!! 私はもういいのだ」
梃子でも動ないエルティアを見てルーシアが言う。
「分かりました。ではウィル様にお伝えします。では」
「あ、おい!! ルーシア……」
言い出したら聞かないルーシア。エルティアはどうしていいのか分からず目を赤くする。
「はあはあ……、い、いない!?」
全力で大篝火の広場へやって来たルーシア。先ほどまでひとりエルティアを待っていたウィルの姿が見当たらない。
(ど、どこへ行ったのだ!? ウィル様……)
焦りながら周りを見回すルーシア。たくさんの若いカップルが踊りを楽しむ中、その無情の声が辺りに響き渡った。
「ではこれにて豊穣祭を終わりとします!! 皆さん、来年も良い年にしましょう!!」
周りから湧き上がる歓声、拍手。バルアシア最高の祭りが大篝火の終わりをもって幕を閉じる。ルーシアが呆然と消化される篝火を見ながら思う。
(ま、間に合わなかった……)
ふたりの約束。豊穣祭最終日に一緒に踊る。大切な約束が守られなかった。がっくり肩を落とすルーシアがひとり王城へと歩き出す。
(私なんて、どうせ私なんて……)
豊穣祭の終わりを告げる歓声は、王城隅にいたエルティアにも聞こえた。
(これからはバルアシアの姫としてしっかり仕事だけ頑張っていく。そう、それでいい……)
仕事に邁進する。民の為に必死に働く。素晴らしい目標ではないか。ひとりで頑張る。そう決意したエルティアがゆっくりと立ち上がる。
「ふう……」
暗闇。松明の炎がゆらゆらと揺らめくだけの誰もいない暗闇。冷たい夜風がひとりでいるエルティアの体に流れていく。
(ひとりでも頑張れる。頑張らなきゃならないのだ……、そう決めたはず。なのに、なのにどうして……)
――涙が止まらないのだ
エルティアの頬を流れ落ちる涙。我慢すればするほど溢れ出す。
(ウィル……)
ルーシアの言う通りもっと素直になればよかった。バーサスとの戦いの時にできたあの素直さ。それがしがらみが体にまとわりつくこの環境だと上手くできない。
(私は馬鹿な女だ……)
壁にもたれ夜空を仰ぎ、涙を流すエルティア。そんな彼女の耳にその待ち遠しかった声が響く。
「姫様ーーーーーーっ!!」
(!!)
思わずその声の方へと振り返る。
「ウ、ウィル!?」
それは茶髪の勇者。ここずっと自分を苦しめて来た男。ウィルはエルティアの元へ来て言う。
「はあはあ、どうして姫様来てくれなかったんだよ……」
全身汗まみれ。どれだけ走ったのか想像もできない。エルティアが答える。
「だ、だってあれはお前が他の女と……」
「約束したじゃん。一緒に踊るって」
「そ、そうなんだが……」
確かに約束した。だがそれだけでは説明できない他の感情がある。ウィルがエルティアの手を取り笑顔で言う。
「今から踊ろうか」
「え?」
思わず顔を上げるエルティア。ウィルが壁に掛けられた松明を指さして言う。
「あそこに篝火もあるぜ。小さな篝火」
「ウィル……」
エルティアの体が嬉しさでぶるっと震える。ウィルが尋ねる。
「姫様、俺と踊ってくれるか?」
そう尋ねるウィルにエルティアが満面の笑みで答える。
「ああ、喜んで」
エルティアがウィルの手を取る。どうして素直になることが今はこんなに簡単なのだど、エルティアは今更ながら不思議でならなかった。




