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「くっはー疲れた」
「同じく」
二人は地べたに座りながら後ろを振り返った。
微かに見える時計台をみると5時になっていた。
「火事の時間だな」
「あぁ」
中心地は真っ赤に燃え上がり、微かに家の輪郭が見えるだけだった。轟音とともに崩れ落ちていくの家々をみながら、あそこにいた人たちは自分が死んだことに気付いているのだろうかとアウグストはふと思った。
「「……」」
二人は無言で燃え上がる町を見つめていると、逃げた魂に気づいたのか悪魔の雄叫びが町中に響いた。
「おぉ、怒り狂ってるな」
「俺には轟音しか聞こえない……あーーやべぇーな」
洋平には燃え上がる炎の中で妖刀を振り回す鎧武者が見え、慌てて立ち上がった。
「ん?」
「妖刀がこっちに来てる」
「なんだって?! って Dio mio! 日本の侍だ! 見るなら観光地でみたかった!」
アウグストは天を仰いで祈りを捧げ始めてしまった。
洋平は腰に隠していた警棒を取り出し伸ばすと構えた。
「おーアウグストにも見えるってことは甲冑は物理ってことだな」
「なるほど」
数メートル先となった瞬間妖刀を構えた鎧武者は走り出した。
洋平は驚きつつも、振り下ろされた刃をすんで弾き返し、距離をとった。
「中身は空っぽだな」
アウグストはちゃっかり物陰に隠れながら鎧武者をしっかりと確認していた。
「アウグストには空っぽに見えるか、俺には鬼の形相の男が見えるっよっ!」
洋平が話し終わる前にまた刃が振り下ろされ、なんとか防ぐも重い一撃に手が痺れた。洋平自身は護身術を習っているが、本物の刃物でやり合うなんてことは初めてだ、しかも人を切ってきた妖刀と憶測だが戦場を生きた鎧武者では、経験値が違いすぎた。
なんとか防いでいたが、洋平の手から警棒が吹っ飛ばされてしまった。
「しまった!」
「洋平!」
慌ててアウグストが近くにあった木の枝を甲冑の顔目掛けて突き刺すも、簡単に折られてしまった。
だがその一瞬の隙をついて、洋平は警棒を取りに走り、アウグストに向かって振り下ろされた刃を防いだ。
「くっ! おもい」
「どうする! 洋平って、やばい。マシンガン男も来た!」
「はぁ?! マシンガンは防げないぞ! 逃げるぞ!」
二人は慌てて門の外へと飛び出そうとしたところ見えない壁に塞がれてしまった。
「は?!」
「くそっ!なんか阻まれた!」
洋平は慌てて地面にチョークで先ほどと同じ結界を急いで書き込み、顔を上げるとマシンガンを構えた男が発砲してきた。
「「ひぃ!」」
二人はその場で思わずしゃがみ込んだが、銃弾は体を貫通せず、洋平が描いた陣のうえで消え失せていた。
だがマシンガンの音は鳴り響き、住んでのところまで銃弾はきているので恐ろしさは変わらない。
「ひぃ、マシンガンの弾は防げたけど、どうする?!って侍が!」
アウグストが指差した先には鎧武者が刀を振り下ろしていた。
「かしこみかしこみ!」
洋平が慌てて、再度警棒で防ぐも指先が若干陣の上からでたために、マシンガン男の弾が擦り血が吹き出した。それでも洋平は祝詞を紡ぎながらなんとか鎧武者鎮めようとするも、じりじりと押されてきていた。
「あぁ、マリア!! 救護を頼む!!」
見えない壁越しにアウグストは叫んだ。二人には門の外は真っ暗に見えるが、外界とつながっているはずなのだ。
「くそ、繋がれよ」
スマフォを急いでだして緊急番号を押した。呼び出し音が聞こえた瞬間、門の方から勢いよく白い鳩が大量に飛び込み鎧武者押し返した。
羽音で何も聞こえない状態の二人は、何者かに首根っこが引っ張られ門の外へと連れ出されたのだった。
ぐるりと反転するような感覚とともに背中に鈍い痛みが走った。
真っ暗闇から突然、眩しい太陽の光をあびて二人は思わず目を覆った。
「うぉまぶしい!」
「た、たすかったのか!?」
「お帰りなさいませ。お二人とも、ご無事で何よりです」
地面に倒れている二人を覗き込む形で影を作ったのはマリアだ。手にはスマフォと開かれたアタッシュケース、そこからひらりと白い紙がおちた。
「助かったよ。マリア」
「相当危なかったご様子ですね、お二人とも煤だらけですよ」
「あぁ火事に巻き込まれた」
二人は煤を払い除けながら立ち上がって門を振り返った。
そこは入った時と同じ、火事で焼け落ちた門が佇んでいるだけだ。
「はぁ。まさか、もしもの時用の式神をつかうはめになるとはなー」
洋平は開かれたアタッシュケースを受け取りながら、一つだけ残った鬼の形に折られた紙を拾った。
「さっき俺たち引っ張り出してくれたのはこの、しきがみとかいう奴なのか?」
「あぁ、キリスト教の聖水で作った和紙だよ。神道の祈りとキリスト教の祈りを込めた紙でだよ」
「凄いな。じゃーさっき見た鳩はこの紙だったのか」
「あぁ。式神の鳩さ」
アウグストが関心してると、マリアが二人にペットボトルの水を手渡した。
「どうぞ」
「「ありがとう」」
二人は水を飲み干すと、アウグストは報告書を作るためにスマフォに入力をし始めた。
「とりあえず俺のほうは今日中に報告書をあげられそうだけど、洋介は?」
「俺は夜まとめて書くよ。それよりも一時的にも神道の結界を貼ったほうがよさげだからな。二体もあるなんて危険すぎる」
「なるほど」
洋平は門からではなく、崩れた壁から町の中へと入っていった。
その様子を見ながら、アウグストはしばし指が止まった。
「どうされましたか?」
「ん? あー門をくぐると怪異が作った町に連れて行かれるのが不思議で、あの門何かあるのか?」
「門は外界との区切りという考えもありますし」
マリアの言葉にアウグストはスマフォをポケットにしまい、門に近いた。煤けてしまったが横からみたり逆側から見たりしながら、レンガが崩れた隙間から文字が見えることに気付いた。
「なるほど、これが結界の一つなのか。……マリア、セメントってあるかな?」
「ありませんね。ここから1時間先に大きな街があるので、そこで購入は可能ですが」
「じゃー買ってきてもらえるかな? 門が壊れないように補強しておきたい」
「承知しました」
「それと、何か食べ物もよろしく」
「はい」
マリアは頷くと車に戻り、セメントと食料を買いに出発した。
その間、洋介は鎧武者が見えた場所で瓦礫の中にチョークで印をつけたり、紙垂をつけ、その場所を囲うように配置すると、手を叩き祝詞を唱えた。
呻くような風が洋平に襲いかかるも、空気中がばちばちと静電気のように鳴り響き、その風はおさまった。
「とりあえず、一時的には悪さできなくなるかな」
汗を拭いながら、洋平はアウグストが門にへばりついて調べていることに気付いた。
「アウグスト気を付けろよ」
「あぁ、そっちは終わったのか?」
「一時的にだけどね、怪異の外からであればある程度抑えられるようだよ」
「なるほど、こっちも少しわかったぞ。この町にある門が悪魔を外に出さずに閉じ込めているんだ。補強しとかないとまずい、だから今マリアにセメントを買ってきてもらってる」
「へー、この門が」
洋平は驚きながら崩れかけている門を見た。
「神に祈らなくていいのかい?」
「祈る?」
「結界を補強するために、神に祈るんだよ」
「なるほど、面白い考えだね」
そう返しながらもアウグストは門の前で神に祈りを捧げた。
風はおきなかったが、アウグストには魂を逃したことへの恨み辛みがこもった声が届いていたが、洋平の耳には不気味な風音だけが届いた。
祈りが終わると、アウグストはスマフォを手にした。
「学会には、早急に門は補強するように上に連絡しないとな。それと町はこのまま現状維持するようにって伝えてもらわないと」
「そうだな、退治担当者は優秀な人じゃないとダメだろうな、特に銃と刀の扱いに優れた人」
「そんな奴いるのかー?」
「こっちはいる。そっちは?」
「俺は知らないよ。銃は扱えるけど、優れてるかって聞かれたら、さぁ?って感じだね」
肩を竦めて答えたアウグストに洋平は頭をかいた。
「あのマシンガンやろうの対処が大変そうだ」
アウグストはそうだろうかと思いんがら、二人で雑談しているうちにマリアが戻ってきた。それから二人がかりで門の仮の補修をして、軽食を食べ終わると、夜が老ける前に町をあとにした。
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報告書
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・対象の町で怪異を確認。
門を潜ることで、火災の日の前日に連れて行かれる。町の住民の大半は、死んだことに気付いていない模様、また今回の調査で囚われていた一部魂は解放できたが、全てではない。
一人悪魔に手を貸していた古い魂がいたが、今回の調査時に除霊。他にも協力しているものがいる可能性は捨てきれない。
中では悪魔の意志で門の内側に結界が張られ出れなくなるため、外に補助の人員が必須。
・悪魔について
教会の下に封印されていた悪魔が復活したもよう。だが、まだ第二の結界が機能しているが、それが壊れるのも時間の問題である。
悪魔の名は現時点では不明。今回の調査ではマシンガンを持つ男に乗り移っている模様。
魂を集めている様子があり、魂を開放したところ怒り狂っていた。日本の妖刀と協力している様子があり、かなり知性が高い。
火災の日を再現しているようすから、捉えた魂の恐怖を集めている可能性あり。
・日本の悪魔について
妖刀だけではなく鎧武者もいるとのこと、詳しくは洋平の報告書を参照。
・結界の要は町の門、3カ所。応急処置をしたが、早急に補強したほうがよい。
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・妖刀について
本国の記録にない妖刀であることを確認。かなり禍々しく、他宗教であるアウグストも体調不良をおこした。
妖刀だけでなく、鎧武者の存在を確認。妖刀を使って攻撃をしてくるため、かなり危険。
・門の中の時間
火災日の日を再現しており、早めに対処をした方が良いと思われる。
前日までは妖刀は教会の地下に隠されていることを把握、近くと汚れがかなり濃く、この時までは何かしら封印を受けていたのではないかと推測。
そこから推測するに、時間を巻き戻しているのは悪魔の力のようである。
悪魔と妖刀と鎧武者がどのように協力しているかは不明。
・門を潜る前に見かけた影の場所に結界を張り行動を制限したが、いつまで持つかは不明。
・刀を振るうので、武道に長けた者で対処した方が良い
・学会が発表した三種混合結界陣は、悪魔には通用したが鎧武者と妖刀に効かないため、注意が必要
・学会で作成した二種混合の式神が今回脱出に有効。
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