絶対に、絶対に許さないんだから!
ソアールが喜んだまさにその時だった。
「うわぁ」という叫び声がしたと思ったら、不意をくらった護衛の騎士が転倒させられ、突然、見知らぬ男が席に乗り込んできた。
黒っぽい髪に細い目。薄汚れた感じの白いシャツに黒のズボンと、どう見てもただの町人にしか見えない。
だが「「え!」」とソアールと私が驚いている間にも、男は馬車を猛スピードで走らせ始めた。そうなるとソアールと私は、馬車から落ちないようにするしかない。
「ソアール、絶対に私から離れないで!」「うん!」
私は手すりを掴み、ソアールはガッシリ、私に抱きつく。
背後で叫び声などいろいろ聞こえたのは一瞬のことで、馬車はひたすら猛スピードで走った。
◇
襲歩で走行できる距離は限られている。
速度はあるが、馬の体力が消耗してしまう。
だがわずか数分で車の法定速度の倍近い速度で走るのだ。
相応の距離は移動していた。
そして移動した先は……。
どう見ても怪しい雰囲気のエリアだ。
二階建ての老朽化した建物が並んでいる。馬車道とは思えない程、道幅も狭く、しかも石畳は整備がされていないようだ。走っている最中、何度となく体が浮き上がる程の衝撃があった。
陽当たりも悪く、路上で寝そべっている人の姿も見える。
そこにフェートンが到着すると、どこからともなく、薄汚れた服を着た人たちが現れた。あまりにも数が多く、さらに馬車を取り囲むようにしているので、とても逃げられる状態ではない。
震えるソアールを抱きしめ、息を呑むしかない。
「金持ち女を捕らえたぞ!」
ソアールと私を攫った男が大声で叫ぶと、見るからに悪そうな顔をした大男がのしのしと前に出てきた。黒のスーツにマントと、なんだかダニエル同様、海賊みたいに見える。茶色の髪で目つきが悪く、値踏みするような目で見られ、背筋がゾクリとした。その大男の左右には、腰巾着らしい痩せた男と、猫背な男がニヤニヤしながらこちらを見ている。
「いい獲物だ。見るからに高そうな宝飾品と服を着ているぞ。この宝飾品も服も売れるな。全部外し、脱がして牢に入れて置け。今日の夜の競売に出そう。傷はつけるなよ」
服を脱がされる!? 冗談じゃない!
百歩譲り、私は我慢しよう。
でもソアールはダメだ。絶対にダメだわ。
しかも競売にかけるなんて!
ここは……正直に明かし、考えを改めさせるしかない。
「この子のことは、見逃してください。この子に何かあれば、外交問題に発展します。今ならまだ、間に合いますから。もし、この子に何かあれば、この辺り一帯が焼け野原になります」
「なんだと……?」
大男が眉をくいっと上げた。
「この子は、この国の者ではありません。ここではない国の高位な身分の子なのです。……もし彼女の身に何かあれば、彼女の国の人間は黙っていません。ここにいる全員、死の報いを受けることになるでしょう」
「はったりですよ、親方。いくらなんでもそんなこと」と腰巾着の痩せ男がいう。
「そうですよ。そんな高位な身分なら、こんな簡単に攫われるわけがないですよ」と猫背男も追随する。
だが大男は手で二人を制し、私を攫った男に尋ねる。
「こいつらのこと、どこでどう捕らえた? 護衛の騎士はいたか?」
尋ねられた男は見たままを話した。それを聞いた大男は……。
それは一瞬の出来事で、私はソアールをぎゅっと抱きしめることしかできなかった。
大男に殴られ、私達を攫った男は、数メートル先まで吹き飛んだ。
周囲に集まった人の群れに、男が吹き飛ばされたので、悲鳴が起きた。
「馬鹿野郎! そいつは王族か皇族だ。しかも隣国の! 護衛の騎士がいる女子供は狙うなって、あれほど言っただろうが!」
大男の大声が響き、腰巾着の男二人は青ざめ、周囲の人々も震撼している。殴られた男は気絶しており、反論不可能だった。
「今すぐ、このチビを警備隊の屯所の近くに放置してこい!」
大男が目配せすると、まだ若そうな女と青年がこちらへ近づいた。
怯えるソアールは私にしがみつき、離れる気配はない。
そこで私はソアールに耳打ちをする。
「ソアール皇女様、怖いわよね。でもあなたは皇女よ。凛として。悪に屈しないで。そして可能な限り、お兄様に伝えて頂戴。私のことを。そのためにも今は我慢して、従って欲しいの」
そう伝えるとソアールは、ブラックオリーブ色の瞳に涙を浮かべ、私を見た。まだ十二歳。怖いだろう。でもこう言うしかない。ソアールだけでも助けないと。
「できる? できるわよね、ソアール皇女様?」
「行くぞ」
ダークブラウンの髪の青年が、ソアールの肩を強引に掴んだ。
「痛いっ!」
ビシッという音と「ぎゃっ」という青年の声に、ソアールが悲鳴をあげた。
大男の手には鞭があり、それが青年の背に振り下ろされたようだ。
「怪我をさせたらただじゃすまないぞ!」
「わ、分かりました、親方……」
青年は震える声で返事をしている。
「お嬢ちゃん。大人しくおうちに帰んな。俺達のことを大人に話すなよ。余計なことを話したら、この姉ちゃんの命はないぞ」
大男がニタリと笑ってそう言った瞬間。
「シャルロンお姉さまにヒドイことをしたら、絶対に、絶対に許さないんだから! お父様に言いつけて」
そこで私達の背後にいつの間にか回っていた女が、ハンカチでソアールの口と鼻を押さえた。恐らく眠らせるために、薬品を嗅がせたのだ。私が女を止めようとすると、青年に腕を掴まれ、身動きを封じられた。
ソアールの体から力が抜け、地面に倒れ込みそうになるのを、女が支える。
「とっとと連れて行け」
親方と言われた大男の声に、青年が私から手を離す。別の男が私の肩を掴んだ。
青年がソアールを抱きかかえ、歩き出した。





















































